ある数 がほとんど整数 (ほとんどせいすう、英 : almost integer )であるとは、整数 ではないが、整数に非常に近いことを意味する。どれほど近ければ十分であるのか明確な決まりはないが、一見して整数に近いとは分からないのに、近似値を計算すると驚くほど整数に近い数で、小数点 以下の部分が「.000… 」または「.999… 」のように、0か9が数個連続する場合、このように表現される。例えば、「インドの魔術師」の異名をもつシュリニヴァーサ・ラマヌジャン は
22
π
4
=
2143.000002748
…
{\displaystyle 22\pi ^{4}=2143.000002748\dots }
など、整数に近い数の例をいくつか与えた[ 1] 。また、黄金比 φ = 1.618… の累乗 、例えば
φ
17
=
3571.000280
…
{\displaystyle \varphi ^{17}=3571.000280\dots }
φ
18
=
5777.999826
…
{\displaystyle \varphi ^{18}=5777.999826\dots }
φ
19
=
9349.000106
…
{\displaystyle \varphi ^{19}=9349.000106\dots }
は整数に近い。整数に近い数を与えることは、単なる趣味の範疇であることが多いが、意義深い数学的な理論が背景にあることも少なくはない。
整数に近い理由
整数に近い値となることについては、理由を説明すれば自明なもの、単純な説明が与えられるもの、あるいは(現在のところ)数学的な説明が与えられていないものなど、様々である。例えば、冒頭に挙げた黄金比
φ
=
1
+
5
2
{\displaystyle \varphi ={\frac {1+{\sqrt {5}}}{2}}}
の累乗が整数に近い理由は、次のように説明される。
φ は二次方程式 x 2 − x − 1 = 0 の根である。この方程式のもうひとつの根を
φ
¯
=
1
−
5
2
{\displaystyle {\overline {\varphi }}={\frac {1-{\sqrt {5}}}{2}}}
とおくと、根と係数の関係 より φ + φ = 1, φ φ = −1 であるから、これらの整数係数多項式で表せる対称式 φ n + φ n は整数である。しかるに、φ の絶対値は 1 より小さいため、n を大きくすると φ n は 0 に近付く。したがって、n が大きくなるほど φn は整数に近くなる(あるいは単に、フィボナッチ数列 の一般項と黄金比の関係から説明されることもある)。一般に、同様の理由で(整数ではない)ピゾ数 の累乗は限りなく整数に近付く。
他の例として、
sin
11
=
−
0.99999020655
…
{\displaystyle \sin 11=-0.99999020655\dots }
が整数に近い[ 2] 。その理由は、半角の公式
sin
2
11
=
1
2
(
1
−
cos
22
)
{\displaystyle \sin ^{2}11={\frac {1}{2}}(1-\cos 22)}
および、22 / 7 が π の近似分数であるために cos 22 が cos 7π = −1 に近いことによる、と説明できる。なお、リンデマンの定理 より、この数は超越数 である。こういった数によく使われる円周率の近似としては、他に 3 + 0.1×√2 = 3.141421356... や 355÷113 = 3.1415929203539825... などがある[ 3] 。
一方、なぜ整数に近いのか、合理的な理由が与えられていないものもある。ゲルフォントの定数 と円周率 との差
e
π
−
π
=
19.999099979
…
{\displaystyle e^{\pi }-\pi =19.999099979\dots }
がほとんど整数であることは、1988年 頃にニール・スローン 、ジョン・ホートン・コンウェイ 、サイモン・プラウフ によって相次いで指摘されたが、その理由は長らく知られていなかった[ 1] 。
しかし、2023年9月にA. Domanによって、この一見不思議な一致の説明が与えられた。それは、ヤコビのテータ関数 に関連する以下の無限和の結果である。
∑
k
=
1
∞
(
8
π
k
2
−
2
)
e
−
π
k
2
=
1.
{\displaystyle \sum _{k=1}^{\infty }\left(8\pi k^{2}-2\right)e^{-\pi k^{2}}=1.}
この和では、第1項が支配的であり、
k
≥
2
{\displaystyle k\geq 2}
の項の和は合計で
∼
0.0003436
{\displaystyle \sim 0.0003436}
程度である。そのため、この和は次のように近似できる。
(
8
π
−
2
)
e
−
π
≈
1
,
{\displaystyle \left(8\pi -2\right)e^{-\pi }\approx 1,}
ここで、
e
π
{\displaystyle e^{\pi }}
について解くと、
e
π
≈
8
π
−
2.
{\displaystyle e^{\pi }\approx 8\pi -2.}
となる。
e
π
{\displaystyle e^{\pi }}
の近似式を書き換え、
7
π
≈
22
{\displaystyle 7\pi \approx 22}
の近似を用いると、
e
π
≈
π
+
7
π
−
2
≈
π
+
22
−
2
=
π
+
20.
{\displaystyle e^{\pi }\approx \pi +7\pi -2\approx \pi +22-2=\pi +20.}
となる。したがって、項を並び替えると、
e
π
−
π
≈
20
{\displaystyle e^{\pi }-\pi \approx 20}
が得られる。皮肉なことに、
7
π
{\displaystyle 7\pi }
の大雑把な近似を用いることで、さらに1桁の精度が上がっている[ 1] 。
なお、π + 20 が eπ に近いため、
cos
{
log
(
π
+
20
)
}
=
−
0.99999999924368
…
{\displaystyle \cos\{\log(\pi +20)\}=-0.99999999924368\dots }
という変形も与えられる。
図形における例
d の値は非常に整数に近い
エドワード・ペグ・ジュニア (英語版 ) は、三角形 にほとんど整数である数が隠れていることを指摘した[ 1] 。AB = 27, BC = 30, CA = 22 である三角形の内部に点 O を、OB = 23, OC = 16 となるようにとると、OA はいくらになるだろうか。実際に作図 してみると、ほぼ 7 と測定される。しかし、正確には
1
2
1
30
(
61421
−
23
5831385
)
{\displaystyle {\frac {1}{2}}{\sqrt {{\frac {1}{30}}(61421-23{\sqrt {5831385}})}}}
であって、およそ 7.00000008573675… である。
物理学における例
微細構造定数 α はディラック定数 ħ 、真空 中の光速度 c 、電気素量 e 、真空の誘電率 ε 0 の組み合わせによって
α
=
e
2
4
π
ϵ
0
ℏ
c
=
7.297
352
5664
(
17
)
×
10
−
3
{\displaystyle \alpha ={\frac {e^{2}}{4\pi \epsilon _{0}\,\hbar c}}=7.297\,352\,5664(17)\times 10^{-3}}
で与えられる単位の次元を持たない無次元量 であり[ 4] 、その逆数 α −1 は
α
−
1
=
137.035
999
139
(
31
)
{\displaystyle \alpha ^{-1}=137.035\,999\,139(31)}
と[ 5] 、非常に 137 に近い値を取る。イギリスの天体物理学者アーサー・エディントン をはじめとする何人かの物理学者は何故、この値が 137 に近いのか、説明を与えようと試みてきているが、それらについては数遊びに過ぎないという批判もある[ 6] 。
ラマヌジャンの定数
1975年 のエイプリルフール に、マーティン・ガードナー はサイエンティフィック・アメリカン 誌のコラム「数学ゲーム」(Mathematical Games) において、次のようなジョークを発表した。一見してとても整数とは思われない数
e
π
163
{\displaystyle e^{\pi {\sqrt {163}}}}
が整数 262537412640768744 に等しいということは、かのラマヌジャンも予想していたことだという。実際には、ゲルフォント=シュナイダーの定理 から超越数であることが分かり、近似値は 262537412640768743.99999999999925007… である。この数が整数に近い理由は、保型関数 の理論を用いて説明される。背景には、虚二次体
Q
(
−
163
)
{\displaystyle \scriptstyle \mathbb {Q} ({\sqrt {-163}})}
の類数 が 1 であるという事実がある。類数が 1 であるような虚二次体
Q
(
−
d
)
{\displaystyle \scriptstyle \mathbb {Q} ({\sqrt {-d}})}
は、d が
1, 2, 3, 7, 11, 19, 43, 67, 163 (オンライン整数列大辞典 の数列 A3173 )
のいずれかのものに限ることが知られており、これらの数から整数に近い一連の数
e
π
19
≈
12
3
(
3
2
−
1
)
3
+
744
−
0.22
e
π
43
≈
12
3
(
9
2
−
1
)
3
+
744
−
0.00022
e
π
67
≈
12
3
(
21
2
−
1
)
3
+
744
−
0.0000013
e
π
163
≈
12
3
(
231
2
−
1
)
3
+
744
−
0.00000000000075
{\displaystyle {\begin{aligned}e^{\pi {\sqrt {19}}}&\approx 12^{3}(3^{2}-1)^{3}+744-0.22\\e^{\pi {\sqrt {43}}}&\approx 12^{3}(9^{2}-1)^{3}+744-0.00022\\e^{\pi {\sqrt {67}}}&\approx 12^{3}(21^{2}-1)^{3}+744-0.0000013\\e^{\pi {\sqrt {163}}}&\approx 12^{3}(231^{2}-1)^{3}+744-0.00000000000075\end{aligned}}}
が得られる。このうち、最後のものをラマヌジャンの定数という。これはサイモン・プラウフによって名付けられたものであり、前述のジョークに由来している[ 7] 。ラマヌジャン自身は類似の数に言及しているものの、直接に関与したという事実は知られていない。
その他の例
その他にも、数多くの整数に近い数の例が与えられている。以下、単純なものを列挙する。
e 6 − π 4 − π 5 = 0.000017673…[ 1] (ほとんど0)
π 9 / e 8 = 9.9998387978…[ 1] (ほとんど10)
163 (π − e ) = 68.9996644963… [ 1] (ほとんど69)
5φe / 7π = 1.0000097…[ 1] (ほとんど1)
脚注
出典
関連項目