スペンサー家![]() スペンサー家(Spencer family)は、イギリスの貴族の家系。現在もイギリスで爵位を持つスペンサー家はマールバラ公爵家とスペンサー伯爵家とチャーチル男爵家の3つがある[1]。 歴史もともとスペンサー家は羊飼いであり、羊を飼って蓄財して1508年にオールソープの荘園を購入した。16世紀中にはスペンサー家はナイト爵を受ける者や庶民院議員や州長官を務める者を多数輩出する平民の名門家になっていた[2]。 1603年にロバート・スペンサーがイングランド王ジェームズ1世によってスペンサー男爵(Baron Spencer)に叙されたのが貴族としてのスペンサー家の始まりである[3]。 1643年にロバートの孫に当たる第3代スペンサー男爵ヘンリー・スペンサーが国王チャールズ1世からサンダーランド伯爵に叙せられた[4]。ヘンリーは同年イングランド内戦で戦死したが、息子の第2代サンダーランド伯爵ロバート・スペンサーはウィリアム3世に重用され、孫の第3代サンダーランド伯爵チャールズ・スペンサーは初代マールバラ公爵ジョン・チャーチルとサラ・ジェニングス夫妻の娘アンと結婚、ホイッグ党政権の中枢として第一大蔵卿を務めたこともある[5]。この2人の子である第5代サンダーランド伯爵チャールズ・スペンサーはチャーチル家が絶えた後、第3代マールバラ公爵位を継承した[6]。 以降スペンサー本家はサンダーランド伯爵とともにマールバラ公爵位を継承していき、第5代マールバラ公爵ジョージ・スペンサーの代の1817年には「チャーチル」の家名を復活させ、以降「スペンサー=チャーチル」の二重姓となった[7]。第二次世界大戦期のイギリス首相として知られるウィンストン・スペンサー=チャーチルは第7代マールバラ公爵ジョン・スペンサー=チャーチルの三男ランドルフ・スペンサー=チャーチル卿の息子である[8]。 また、第3代サンダーランド伯の次男ジョン・スペンサーの息子ジョン・スペンサーにも1765年にスペンサー伯爵が与えられ、以降マールバラ公爵家の分家の貴族として現代まで続いている。チャールズ3世(当時皇太子)と結婚したダイアナ・スペンサーは第8代スペンサー伯爵エドワード・スペンサーの三女である[9]。さらに第4代マールバラ公爵ジョージ・スペンサーの次男フランシス・スペンサーも1815年にチャーチル男爵(Baron Churchill)の爵位を与えられ、マールバラ公爵家の分家の貴族がもう一つ出来た。さらに第3代チャーチル男爵ヴィクター・スペンサーが1902年にチャーチル子爵位を与えられた。チャーチル子爵位は2017年に廃絶しているが、チャーチル男爵位は現在まで続いている。 家系図
脚注注釈出典参考文献
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