ドウモイ酸
識別情報
JGlobalID
ChemSpider
ECHA InfoCard
100.159.099
O=C(O)[C@H]1NC[C@H](/C(=C\C=C\[C@H](C(=O)O)C)C)[C@@H]1CC(=O)O
特性
化学式
C15 H21 NO6
モル質量
311.33 g mol−1
外観
白色粉末
密度
1.273 g/cm3
沸点
607.2 °C at 760 mmHg (101.3 kPa )
蒸気圧
2.62×10−16 mmHg (34.9 fPa) at 25 °C
危険性
引火点
321 °C
致死量または濃度 (LD, LC)
3.6 mg/kg(マウス、腹腔)
出典
LD50[ 1]
特記なき場合、データは常温 (25 °C )・常圧 (100 kPa) におけるものである。
ドウモイ酸 (ドウモイさん、ドーモイ酸、domoic acid、略称DA)は、天然由来のアミノ酸 (正確にはイミノ酸 )の一種で記憶喪失性貝毒 (英語版 ) の原因物質。神経毒 であり、短期記憶の喪失や、脳障害を引き起こし、死に至る場合もある。
プセウドニッチア属 (Pseudo-nitzschia ) やNitzschia navis-varingica [ 2] の珪藻 が生産することが明らかになっている。
分子式は C15 H21 NO6 、分子量 は 311.33。IUPAC名 [2''S''-[2a,3b,4b(1''Z'',3''E'',5''R'')]]-2-カルボキシ-4-(5-カルボキシ-1-メチル-1,3-ヘキサジエニル)-3-ピロロリジン酢酸。CAS登録番号 は 14277-97-5。プロリン の誘導体でもある。構造的には神経伝達物質 のL -グルタミン酸 の固定アナログである。
単体は融点 213–217 °C で、無色の結晶性粉末。水 によく溶け、有機溶媒 に不溶。
解説
1958年、徳之島 で駆虫薬として用いられていた紅藻 ハナヤナギ (Chondria armata [ 3] 、現地名ドウモイ )から分離・命名され[ 4] 、1966年に構造決定された[ 5] 。発見者は醍醐皓二 。カイニン酸 と似た性質を示し、グルタミン酸 のアゴニスト としてグルタミン酸受容体 と強く結合して駆虫作用を示す。煮沸消毒を行っても毒性がなくならない特性を持つ。
ドウモイ酸が脳に侵入した場合、海馬、視床、扁桃体細胞を壊死させる[ 6] 。
ドウモイ酸は、異常繁殖した珪藻 が活動を停止する際に作り出される。
生物濃縮 によって貝類 やカニ 、アンチョビ などに取り込まれるため、現在では魚介類 の輸出入において検査が行われるようになって来ている。カナダのドウモイ酸規制値は 20 ppm である[ 7] 。日本の厚生労働省 のサイトに記載されている説明では、記憶喪失性貝毒(ドウモイ酸)については監視体制や規制値を定めていない。輸出する場合には外国の規制値(20 ppm)を準用している。
問題となった事例
1961年8月にカリフォルニア州で狂った海鳥が家に突っ込んだり、電線に引っかかって感電死したり、人が向けた光に向けて突進したりして、大量に怪死した[ 8] 。この事件は、ヒッチコック監督のパニック映画『鳥 』にインスピーレーションを与えた。この事件のサンプルから、大量のドウモイ酸が見つかっている[ 9] 。
1987年 の11月から12月にかけて、カナダ のプリンスエドワード島 で養殖のムラサキイガイ (ムール貝)による食中毒 が発生した[ 7] 。被害者107人中4人が死亡、12人が重度の記憶障害に陥った。中毒を起こしたムラサキイガイを調べたところ、貝 100 g 当たり 31–128 mg のドウモイ酸が検出され、中毒者の摂取量は 60–290 mg と推定された(駆虫薬として用いられる量は 30 mg 程度である)。検死解剖などから、海馬 に大量のドウモイ酸が取り込まれてグルタミン酸受容体と結合したために脳細胞 が興奮・死滅し、中枢神経 が侵されたことが分かった。その後、人の致死量は 300 mg/60 kg と割り出された。特に子供や高齢者は注意が必要。赤潮からも検出される。
2010年代 後半にはアメリカ合衆国 の沖合では潮流 の変化で珪藻が大量発生。カリフォルニア州 の主力水産資源の一つであるアメリカイチョウガニ からも高濃度のドウモイ酸が検出されるようになった。国によりドウモイ酸の濃度に応じた漁業規制が行われるようになり、州の漁業は不振を極めた[ 10] 。
アシカの餌に含まれると、呼吸困難、昏睡、目を閉じた状態で頭を異常に長い間後ろにそらす発作の症状などがみられ、正気を失い攻撃的になったり、おぼれないよう水から離れる行動なども見られる。対策として、抗けいれん薬などが使用される[ 11] 。多量の場合は死亡する。2023年にドウモイ酸での大量死が確認されている[ 12] 。
イルカにおけるドウモイ酸中毒の場合は、漂着した時点では打つ手がなく、21世紀初め時点では安楽死させるしかない[ 11] 。また、2023年にアシカと共にドウモイ酸での大量死が確認されている[ 12] 。
カイニン酸 の構造
脚注
^ Grimmelt B, Nijjar MS, Brown J, Macnair N, Wagner S, Johnson GR, Amend JF (1990). “Relationship between domoic acid levels in the blue mussel (Mytilus edulis ) and toxicity in mice”. Toxicon 28 (5): 501-508. doi :10.1016/0041-0101(90)90294-H . PMID 2389251 .
^ Lundholm, N.; Moestrup, Ø. (2000). “Morphology of the marine diatom Nitzschia navis-varingica sp. nov., (Bacillariophyceae), another producer of the neurotoxin domoic acid”. J. Phycol. 36 (6): 1162-1174. doi :10.1046/j.1529-8817.2000.99210.x .
^ Algaebase. “Chondria armata (Kützing) Okamura ”. 2010年10月28日閲覧。
^ Takemoto, T.; Daigo, K. (1958). “Constituents of Chondria armata and their pharmacological effects”. Chem. Pharma. Bull. 6 : 578-580.
^ 竹本常松、醍醐皓二、近藤嘉和、近藤一恵 (1966). “ハナヤナギの成分研究(第8報) : Domoic Acidの構造論 その1” . 藥學雜誌 86 (10): 874-877. NAID 110003653083 . https://cir.nii.ac.jp/crid/1520572357384909952 .
^ Pulido, Olga M. (2008-05). “Domoic Acid Toxicologic Pathology: A Review” . Marine Drugs 6 (2): 180–219. doi :10.3390/md20080010 . PMC 2525487 . PMID 18728725 . http://www.mdpi.org/marinedrugs/list08.htm#10.3390_md20080010 .
^ a b 厚生労働省. “二枚貝:記憶喪失性貝毒 ”. 2010年10月28日閲覧。
^ “Santa Cruz Sentinel 18 August 1961 — California Digital Newspaper Collection ”. cdnc.ucr.edu . 2025年4月18日閲覧。
^ Bargu, Sibel; Silver, Mary W.; Ohman, Mark D.; Benitez-Nelson, Claudia R.; Garrison, David L. (2012-01). “Mystery behind Hitchcock's birds” (英語). Nature Geoscience 5 (1): 2–3. doi :10.1038/ngeo1360 . ISSN 1752-0908 . https://www.nature.com/articles/ngeo1360 .
^ “名物カニに異変、船も家も家族も失った 周期的な変化か、それとも… ”. 西日本新聞 (2022年1月12日). 2022年1月25日閲覧。
^ a b “人を次々に襲うアシカ 有毒な藻で発作、影響深刻化 米カリフォルニア州 ”. CNN.co.jp . 2025年4月18日閲覧。
^ a b “カリフォルニア南部でアシカ・イルカが大量死…地球温暖化が影響か、けいれんや脳障害 ”. 読売新聞オンライン (2023年7月17日). 2025年4月18日閲覧。