この項目では、ニクズク属の一種について説明しています。香辛料については「ナツメグ 」をご覧ください。
ニクズク (肉荳蔲[ 8] 、学名 : Myristica fragrans )は、ニクズク科 ニクズク属 の常緑 高木 の1種であり、香辛料 のナツメグ およびメースの原料となる。インドネシア のモルッカ諸島 (香料諸島)原産であるが、現在では世界中の熱帯域で栽培されており、グアテマラ やインド 、インドネシアでの生産量が多い。雌雄異株 (雄花 と雌花 が別の個体につく)であり、花 は小さく、黄白色でつぼ形(図1)。果実 は熟すと縦に裂開し、赤い仮種皮 で包まれた種子 が露出する(図1)。この仮種皮がメースに、種子中の胚乳 がナツメグになる。胚乳は生薬 ともされ、肉荳蔲(ニクズク)とよばれる。
特徴
常緑 高木 であり、高さはふつう4–10メートル (m)、大きなものは 20 m ほどになる[ 9] [ 10] (図2a)。樹皮 はほぼ平滑で緑褐色[ 10] (図2b)。小枝は黄色、最初は微毛があるが、のちに無毛[ 9] [ 10] 。
葉 は互生 し、葉柄 は長さ6-12ミリメートル (mm)[ 9] (図3a)。葉身 は楕円形から楕円状披針形、長さ6–13センチメートル (cm)、幅 3.5–6.5 cm、基部は広くさび形またはほぼ円形、先端は短い尖鋭形、ほぼ革質、両面は無毛、葉脈 は羽状で側脈は6–12対[ 9] [ 10] (図3)。
雌雄異株 [ 10] [ 8] 。雄花 ・雌花 とも花被片 は1輪、3(–4)枚で合生してつぼ形、厚く肉質、黄白色、芳香がある[ 10] [ 8] [ 11] (図4)。雄花 は単生または4–8個(またはそれ以上)が集まった花序 を形成し、花柄 は長さ10–15mm、小苞 は早落性、花被は長さ 5–7 mm、雄しべ は9–20個で合生して柱状、花糸部は約 2 mm[ 9] [ 10] [ 11] 。雌花 は単生または数個が花序を形成し、雌花の花柄は長さ 8–12 mm、小苞は脱落後に輪状の跡が残り、雄花よりやや大きく花被は長さ約 1 cm、雌しべ は1個、子房 は上位、楕円形で毛が密生し、1室で胚珠 を1個含み基底胎座 、花柱 は非常に短く、柱頭 は2裂[ 9] [ 10] [ 11] 。
4 . 花
果実 は洋ナシ形から亜球形、3–6 × 2.5–4.5 cm、黄色からオレンジ色、開花後5–6ヶ月で縦裂開して種子がのぞく[ 9] [ 8] (図5a)。果柄は長さ 10–15 mm、先端はやや太くなる[ 9] [ 10] 。種子 は楕円形、長さ 2–3 cm、直径約 2 cm、赤く不規則に深く裂けた仮種皮 で包まていれる[ 9] (図5b)。種子が不稔で仮種皮のみが発達する栽培品種や、仮種皮が黄色い栽培品種も存在する[ 6] 。胚乳には、暗褐色の外乳が複雑に貫入している[ 12] (図5c)。
5c . 種皮を一部剥がした種子(左)と内部の胚乳(ナツメグ)(左)及びその断面(上)
種子には脂質(30–40%)と精油(約10%)が含まれ、独特の香りはテルペン(α-ピネン 、p-シメン 、サビネン 、カンフェン 、ミルセン 、γ-テルピネン )、テルペン誘導体(テルピノール 、ゲラニオール 、リナロール )、フェニルプロパン(ミリスチシン 、サフロール 、エレミシン )などの精油に由来する[ 12] [ 13] [ 14] 。
分布・生態
インドネシア のモルッカ諸島 (別名は香料諸島[ 15] )原産である[ 2] [ 16] 。現在では、アフリカ 、インド 、スリランカ 、ヒマラヤ 、中国 南部、台湾 、東南アジア 、西インド諸島 、中南米 など世界中の熱帯地域で栽培されている[ 9] [ 17] 。
人間との関わり
食用
種子 の胚乳 はナツメグ (nutmeg)とよばれる香辛料 とされ、スパイシーで甘い香りとまろやかなほろ苦さがある[ 8] [ 18] [ 19] (図6a)。ナツメグは、コショウ 、シナモン 、クローブ とともに、世界の四大香辛料の1つとされる[ 19] 。肉の生臭さを消す作用が強く、ハンバーグ 、ミートボール 、メンチカツ 、ミートソース など肉料理(特にひき肉料理)に広く用いられる[ 8] [ 18] [ 20] [ 19] 。また野菜の甘みを引き出す効果もあり、ジャガイモ 、キャベツ 、ホウレンソウ 、カブ などの野菜料理にも使われる[ 19] 。他に、ドーナツ 、プディング 、クッキー 、パイ などの菓子 、アレキサンダー やエッグノッグ などのカクテル にも用いられる[ 19] 。ふつう乾燥粉末として市販されているが、ホールのナツメグをその都度おろし金でおろした方が芳香を楽しむことができる[ 20] [ 19] (図6b)。ただし、ナツメグはミリスチシン など有害物質を含むため、大量に摂取すると有毒であり、幻覚作用や肝毒性を示すことがある[ 20] [ 13] 。
7 . メース
種子を覆う仮種皮 はメース (mace)とよばれ、ナツメグよりも穏やかな風味の香辛料であり、より高価で取引される[ 8] [ 18] [ 19] (図7)。
種子を圧搾または溶剤抽出して得られた油脂はニクズクバターまたはナツメグバター(nutmeg butter)とよばれ、料理用、薬用とされる[ 8] [ 21] [ 22] 。また、種子を水蒸気蒸留して得られる精油は、ニクズク油またはナツメグ油(nutmeg oil, myristica oil)とよばれ、香料などにも使われる[ 21] [ 23] [ 24] 。果皮 を渋抜きしたものは、砂糖漬け、ジャム、ゼリー、カレーの具などにされることがある[ 8] [ 25] 。
薬用
ニクズクの胚乳 は生薬 としても利用され、生薬名は「ニクズク(肉荳蔲)」である[ 12] [ 26] 。健胃 、駆風 、止瀉 、解熱 、血行促進 、催淫 、興奮 などの作用があるとされ、食欲不振 、胃腸炎 、腹部膨満 、腹痛 、下痢 、吐き気 、頭痛 などに対して使われる[ 20] 。漢方 では下痢、腹痛に用い、母乳促進、消化促進に効果があるとして二神丹 (食欲増進)、六君子湯 (下痢止め)、草荳蔲散 (口臭止め)、通泉散 (母乳促進)などに配合される[ 19] 。インド では、粉末を糊状に練ったものが、湿疹や疥癬の外用薬とされることがある[ 20] 。また、薬用の軟膏 やシロップ の原料とされることがある[ 13] 。
ニクズクに含まれる物質からは、抗酸化作用、抗微生物作用、抗発がん作用、抗肝毒作用、抗炎症作用、免疫調節作用などが報告されており、これらの観点からも研究されている[ 13] 。
その他の利用
ニクズクは、シャンプー 、石鹸 、シェービングクリーム 、化粧品 、香水 などに利用されることがある[ 13] 。
栽培
世界中の熱帯 域から亜熱帯 域で栽培されている。ふつう実生 によって増やし、高さ 30 cm ほどになったら定植する[ 25] [ 27] 。8–9年目から果実をつけ、盛期には1本あたり4,000個結実し、60年間ほど収穫できる[ 27] [ 25] 。水はけの良い、肥沃な土壌を好む[ 13] 。最適な日中気温は22–34°Cだが、12–38°Cにも耐えることができる[ 13] 。年間降雨量 2,000–3,500 mm ほどの湿潤な環境を好む[ 13] 。年2回の収穫があり、収量は1ヘクタール あたりナツメグが400–500キログラム (kg)、メースが 80–120 kg である[ 25] 。
2023年におけるナツメグ・メース・カルダモン 生産量上位国は、グアテマラ (95,210トン )、インド (54,000トン)、インドネシア (43,790トン)、ラオス (9,142トン)、ネパール (8,674トン)、スリランカ (4,059トン)であった[ 17] 。
歴史
インド では紀元前から知られていた[ 28] 。その後、中国や中東に伝わり、アラブ人によってヨーロッパにも持ち込まれた[ 28] 。ヨーロッパ に初めて記録が現れるのは1195年である[ 25] 。当初は極めて高価であり、1284年に1ポンド (450 g)がヒツジ3頭または雄ウシ半頭分したとの記録がある[ 25] 。その後、16世紀以降には、ヨーロッパ諸国が海外進出に伴ってニクズクの貿易権を争った[ 8] [ 25] [ 29] 。当初はポルトガル が、17世紀にはオランダ が独占したが、18世紀にはフランス やイギリス によってモルッカ諸島から持ち出され、世界各地の熱帯域で栽培されるようになった[ 8] [ 25] 。日本には、1848年に生きた植物が長崎に持ち込まれたが、商業的栽培はされていない[ 8] [ 21] 。
名称
「ニクズク」の名は、漢名の「肉荳蔲」に由来する。日本に伝わった当初は、「シシズク」とよばれていた[ 21] 。肉豆蔲の「豆蔲」は、小豆蔲(カルダモン )、草豆蔲、白豆蔲などショウガ科 の果実に由来する生薬に使われ、ニクズクはこれらとは遠縁である[ 29] 。肉豆蔲の初出は宋 代の『開宝本草』であるが、このような初期の「肉豆蔲」は現在ニクズクと呼ばれる植物ではなく、ショウガ科の植物であったと考えられている[ 29] 。
「ナツメグ(nutmeg)」の名は、古オック語 の noz muscada または ラテン語 の nux muscatus (いずれも「麝香 のナッツ 」の意味)に由来する[ 30] [ 13] 。
分類
ニクズクは、1774年にオランダの植物学者マールテン・ホッタイン によって記載された[ 2] 。種小名の fregrans は、「良い香りの」という意味である[ 31] 。
脚注
出典
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外部リンク
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