ネフタリ・フェリス
ネフタリ・フェリス・アントニオ(Neftali Feliz Antonio, 1988年5月2日 - )は、ドミニカ共和国アスア州アスア出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのシアトル・マリナーズ傘下所属。 経歴プロ入りとブレーブス傘下時代2005年にアマチュア・フリーエージェントでアトランタ・ブレーブスと契約してプロ入り。 レンジャーズ時代2007年7月31日にマーク・テシェイラとロン・メイヘイとのトレードで、エルビス・アンドラスらと共にテキサス・レンジャーズへ移籍した。 ![]() (2009年9月1日) 2009年はオールスター・フューチャーズゲームに選出され、8月2日に右肘痛のためジェイソン・グリーリが故障者リスト入りしたのに伴ってメジャー昇格を果たし[1]、翌3日のオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビュー。同年、20試合の登板で防御率1.74を記録し、投球回数を上回る39三振を記録。シーズン終了後にはベースボール・アメリカからレンジャーズ傘下で最高評価を受けた[2]。球団社長のノーラン・ライアンは将来チームを背負って立つ逸材と評価した[3]。 2010年開幕直後から抑えのフランク・フランシスコが不調なため、フェリスが代わりに抑えを務めることになった[4]。最終的に40セーブを挙げ、シーズン終了後、ア・リーグのルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。 2011年は、ワールドシリーズでラスト1アウトでワールドシリーズ優勝という展開で、デビッド・フリースに同点打を打たれてしまい結果、チームは2連敗を喫しワールドシリーズ優勝にはならなかった。 2012年からは先発に転向した。4月22日のデトロイト・タイガース戦では、敗れはしたものの8回を1人で投げ抜き初完投を記録した。しかし、シーズン序盤に故障者リスト入りし、8月1日にトミー・ジョン手術を受けた。8試合(先発7試合)に登板にとどまった。 2013年は大半を前年の手術のリハビリに充てた。 2014年1月17日にレンジャーズと300万ドルの1年契約に合意した[5][6]。同年は8月より抑えに復帰し、最終的に13セーブを挙げた。 2015年1月15日にレンジャーズと412万5000ドルの1年契約に合意した[7][8]。7月4日にDFAとなり、マイナー契約を拒否したため10日に自由契約となる。レンジャーズでは18試合に投げて6セーブを記録したが、防御率は4.58だった。 タイガース時代2015年7月11日にタイガースとメジャー契約を結び、同日のミネソタ・ツインズ戦の8回裏から登板し1回を無失点で抑えた[9]。しかし、タイガース移籍後は炎上し、30試合に投げて防御率7.62だった。レンジャーズとの合算では48試合に登板して3勝4敗10セーブ、防御率6.38、39奪三振という内容だった。オフの12月2日にノンテンダーFAとなった[10]。 パイレーツ時代2016年1月6日にピッツバーグ・パイレーツと1年契約を結んだ[11]。この年は62試合に登板、4勝2敗2セーブ29ホールド、防御率3.52。11月3日にFAとなった[12]。 ブルワーズ時代2017年1月19日にミルウォーキー・ブルワーズと1年535万ドル、出来高最大150万ドルで契約を結んだ[13]。29試合の登板で1勝5敗8セーブ、防御率6.00と振るわず、6月14日にDFA、19日に自由契約となった[14][12]。 ロイヤルズ時代2017年6月23日にカンザスシティ・ロイヤルズとメジャー契約を結び、即日でアクティブ・ロースター入りした[15]。9月1日に自由契約となった[16]。 ダイヤモンドバックス傘下時代2018年1月29日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[17]。オフの11月3日にFAとなった。 マリナーズ傘下時代2019年4月10日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだが、登板することは無かった。オフには11月に開催された第2回WBSCプレミア12のドミニカ共和国代表に選出された[18]。 フィリーズ時代2020年はどの球団にも所属しなかった。同年12月17日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[19]。 2021年6月25日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[20]、28日のシンシナティ・レッズ戦で4年ぶりにメジャー登板を果たした[21]。だが、その試合と次の登板でも失点を喫して2試合で防御率36.00と振るわず、7月1日にDFAとなり、3日にFAとなった[22]。 ドジャース時代2021年7月6日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ[12]。8月16日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし、22日のニューヨーク・メッツ戦に登板して1回を無失点に抑えたが、24日にDFAとなり[12]、27日にAAA級オクラホマシティ・ドジャースに配属となった[12]。9月6日にメジャー再昇格。2試合に登板していずれも無失点に抑えたが、9日にDFAとなり[12]、11日にAAA級オクラホマシティに配属となった[12]。オフの10月14日にFAとなった[12]。 メキシカンリーグ時代2022年3月7日にメキシカンリーグのモンテレイ・サルタンズと契約した[12][23]。2023年2月17日にモンテレイを自由契約となって以降は、11月22日までどのチームにも所属しなかった[12]。 2023年11月23日にドゥランゴ・ジェネラルズと契約を結んだ[12]。7月5日にトレードでユカタン・ライオンズに移籍したが、9月20日に再びトレードでドゥランゴに復帰した[12]。 マリナーズ復帰2024年12月13日にマリナーズとマイナー契約を結び、翌2025年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[12][24]。 詳細情報年度別投手成績
ポストシーズン投手成績
年度別守備成績
表彰
記録
背番号
代表歴脚注
関連項目外部リンク
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