パレスチナの音楽

ラマッラー・アンダーグラウンドのプロデューサー・ラッパーであるMuqata'a
伝統的な衣装を着たパレスチナの羊飼いフルートを演奏しているところ(1910–1920年頃)

本項目ではアラブ音楽の一部としての現代のパレスチナの音楽アラビア語: الموسيقى الفلسطينية)について述べる。構造の点でも使用楽器の点でもアラブ音楽との共通点が多いが、パレスチナ特有の音楽形式や主題もある[1]

ここでは、主にイギリスによる委任統治が終わり、イスラエルができた1948年以降の音楽を扱う。

1948年以降

民族音楽

イギリスに移住したパレスチナ移民であるリーム・ケラーニ英語版はパレスチナの語りや文化的伝統を受け継いだ音楽の研究者・演奏家として活動している[2]。 2006年のデビューソロアルバムであるSprinting Gazelle – Palestinian Songs from the Motherland and the Diaspora はケラーニの研究に基づき、パレスチナの伝統的な楽曲5曲を編曲したものを含んでいる一方、他の5曲はマフムード・ダルウィーシュ、サルマ・カードラ・ジャユースィー、ラシード・フセイン、マフムード・サリム・アル=フートなどによる、よく知られた抵抗の詩に自ら音楽をつけたものである[3]

戦争歌

パレスチナの戦争歌はパレスチナの占領に対する抵抗に対する言及を含んでおり、パレスチナ人に、占領と闘って自らの住む土地にとどまることを呼びかけたり、歴史的な出来事を描写したりしている[4][5][6]

ポピュラー音楽

パレスチナからはアラブ圏でよく知られているポピュラー歌手も輩出されている。2013年にガザ難民キャンプで育った歌手であるムハンマド・アッサーフ英語版が「アラブ・アイドル英語版」で優勝している[7]。パレスチナのキリスト教徒であるヤクーブ・シャヒーンも2017年に「アラブ・アイドル」で優勝している[8]

ヒップホップ

MCアブドゥル

1970年代にロサンゼルスニューヨークで生まれたラップが、今世紀初めにパレスチナに伝来し[9]、「若いパレスチナ人のミュージシャンは自身が暮らし、働く社会的・政治的環境の中で怒りを表現するためのスタイルを作り上げた[10]」と言われている。

パレスチナの政治的ラップの先駆者であるDa Arabian Mc's(DAM)は、メンバーの3人がアラブ系イスラエル市民であり「1948年パレスチナ人」をアイデンティティとして活動している[注釈 1][11]

地政学的な特徴

イスラエルの占領下で、パレスチナはガザ地区ヨルダン川西岸地区東エルサレム、イスラエル領内、その他の国々の5つの地理的エリアに分かれており、それぞれのエリアに住むパレスチナ人はその間の移動が制限されている[12]。この分断がコミュニティ形成の障害となり、それぞれのエリアで特有のアンダーグラウンド・シーンが形成されている[13]。また、1948年のナクバ以来、多くの人がパレスチナ難民として様々な国で暮らしていることから、アラビア語だけでなく、複数の言語が使われることも多い。また、パレスチナのヒップホップでは、地理的な分断のためSoundcloudなどインターネットを通したコラボレーションやネットワーキングが非常に重要な役割を果たしている[14]

音楽とアイデンティティ

パレスチナの音楽はパレスチナ人の経験を反映している[15]。多くはイスラエル占領下で生きるための葛藤、平和への希求、パレスチナへの愛を歌っている。その典型例と言える楽曲は Baladi, Baladi (『我が国、我が国』)であり、この曲はパレスチナの非公式な国歌となっている[16]

ハマースによる抑圧

芸術の自由を守ることを目的とする人権団体であるフリーミューズによると、パレスチナの音楽家は2005年のパレスチナ地方選挙で好戦的なハマースの一派が政治的に躍進して以来、イスラーム原理主義者がますます攻撃的になっているパレスチナ地域で今後何が起こるかについて懸念している[17]。2005年、カールキリーヤにおいてハマースが率いる地方自治体当局により、そうしたイベントはイスラームが禁じているという理由で屋外での音楽とダンスが突然禁止された。地方自治体当局はカールキリーヤ動物園でもこれ以降音楽が演奏されないように命令を出し、イスラーム法学者のアクラメ・サブリは地方自治体の決定を支持するファトワーを出した[17][18]。これに対してパレスチナの国民的詩人であるマフムード・ダルウィーシュは「我々の社会にはターリバーンのような要素があり、これは非常に危険な兆候だ」と警告した[17][18][19][20]

パレスチナのコラムニストでラマッラーの住人であるモハメド・アブド・アル=ハミドは、こうした宗教的な強制のせいでアーティストの移民が起こるかもしれないと警告し、「アルジェリアの狂信者はあらゆる文化的シンボルを破壊し、像や稀少価値のある芸術作品を壊し、知識人、アーティスト、記者、作家、バレエダンサー、歌手を一掃した。アルジェリアやアフガニスタンの例に我々は倣うつもりなのか?[18]」と問うた。

関連作品

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ アラブ系イスラエル市民でパレスチナ人としてのアイデンティティを持つ人々は、「内側のパレスチナ人」や「1948年パレスチナ人」(1948年にイスラエルに占領された土地に住む」という意味)と呼ばれる[11]

出典

  1. ^ Rima Tarazi (2007年4月). “The Palestinian National Song:A Personal Testimony”. This Week in Palestine. 2012年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月30日閲覧。
  2. ^ Middle East & North Africa Reem Kelani World Music at Global Rhythm - the Destination for World Music”. 2014年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月1日閲覧。
  3. ^ Reem Kelani”. 2013年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月3日閲覧。
  4. ^ New Hamas music video threatens to rain down rockets on Israel” (英語). The Jerusalem Post | JPost.com (2017年2月8日). 2023年10月25日閲覧。
  5. ^ Brehony, Louis (2023-03-23). “Exile Songwriters of the Palestinian Revolution (and the Problem with Sugar Man)”. Arab Studies Quarterly 45: 34–60. doi:10.13169/arabstudquar.45.1.0034. ISSN 0271-3519. https://www.scienceopen.com/hosted-document?doi=10.13169/arabstudquar.45.1.0034. 
  6. ^ Benari, Elad (2011年12月26日). “PA Glorifies Terror Group that Murdered Minister”. israelnationalnews.com. 2023年10月25日閲覧。
  7. ^ ガザの歌手、オーディション番組で優勝 パレスチナに歓喜の声”. www.afpbb.com (2013年6月24日). 2023年11月25日閲覧。
  8. ^ Booth, William (2021年12月1日). “Palestinian Christian from Bethlehem wins wildly popular ‘Arab Idol’ song contest” (英語). Washington Post. ISSN 0190-8286. https://www.washingtonpost.com/news/worldviews/wp/2017/02/26/palestinian-christian-from-bethlehem-wins-wildly-popular-arab-idol-song-contest/ 2023年11月25日閲覧。 
  9. ^ 安田浩一 (2024年10月26日). “「辺境のラッパーたち」書評 世界各地で叫ぶ抵抗の自己表現”. 好書好日. 朝日新聞社. 2025年7月27日閲覧。
  10. ^ Amelia Thomas (21 July 2005). “Israeli-Arab rap: an outlet for youth protest”. Christian Science Monitor. http://www.csmonitor.com/2005/0721/p11s01-wome.html?s=widep. 
  11. ^ a b 山本 2013.
  12. ^ waterandmoon (2025年4月26日). “Israel rules over half of all Palestinians, none with full equality to Jewish Israelis” (英語). Palestine FAQ. 2025年7月30日閲覧。
  13. ^ バッシャール・ムラードは歌う。占領、家父長制、ホモフォビアからの解放のビジョン | me and you little magazine & club”. meandyou.net. 2025年7月30日閲覧。
  14. ^ “Episode 02 - 『ラマッラー・スペシャル』”. Setten | AIWA! (Podcast). 19 August 2024. 2025年7月30日閲覧.
  15. ^ Regev Motti (1993), Oud and Guitar: The Musical Culture of the Arabs in Israel (Institute for Israeli Arab Studies, Beit Berl), ISBN 965-454-002-9, p. 4.
  16. ^ Babnik; Golani, eds (2006). Musical View on the Conflict in the Middle East. Jerusalem: Minerva Instruction and Consultation Group. ISBN 978-965-7397-03-9 Lyrics by Ali Ismayel.
  17. ^ a b c Palestine: Taliban-like attempts to censor music”. Freemuse – The World Forum On Music And Censorship. (2005年8月17日). 2011年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月7日閲覧。
  18. ^ a b c “Afghanistan in Palestine” (英語). Haaretz. https://www.haaretz.com/israel-news/culture/2005-07-26/ty-article/afghanistan-in-palestine/0000017f-e160-d7b2-a77f-e367c0930000 2023年11月25日閲覧。 
  19. ^ "Palestinians Debate Whether Future State Will be Theocracy or Democracy". Associated press, July 13, 2005.
  20. ^ Gaza Taliban? by Editorial Staff, The New Humanist, Volume 121 Issue 1, January/February 2006
  21. ^ 自由と壁とヒップホップ : 作品情報”. 映画.com. 2023年11月25日閲覧。

参考文献

関連文献

  • Morgan, Andy and Mu'tasem Adileh. "The Sounds of Struggle". 2000. In Broughton, Simon and Ellingham, Mark with McConnachie, James and Duane, Orla (ed.), World Music, Vol. 1: Africa, Europe and the Middle East, pp. 385–390. Rough Guides Ltd, Penguin Books. ISBN 1-85828-636-0
  • 山本薫 著「パレスチナ・ガザに響くラップ」、島村一平 編『辺境のラッパーたち 立ち上がる「声の民族誌」』青土社、2024年6月。ISBN 978-4-7917-7654-2 

外部リンク

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