ポート加工
ポート加工とは、シリンダーヘッドの吸気及び排気ポートの形状を何らかの方法で変更し、シリンダーヘッドに流れる混合気と排気ガスの流れを流体力学的観点からの改善を図る作業である。一般的にはポート研磨の作業がこれに該当するが、シリンダーヘッドの流用や社外品への交換によるものや、鋳造などで新たな形状のポートを作り出す事も広義の意味でのポート加工に含まれる。 ポート加工は通常のエンジンでカタログ通りのスペックを維持する上ではまず不要な作業であるが、チューニングの過程でそのエンジンの出力の限界を目指す際には避けては通れない作業でもある。モータースポーツで極限のハイパワーを目指す場合、極端に低回転域のトルクを強くしたいような特定の用途に適合するようにエンジンの出力特性を変更したい場合、あるいは市販状態のシリンダーヘッドではこれ以上のパワー増大が見込めない場合などに、様々な手法でポート加工は行われる。ポート加工をすることで、ガス流動を向上させ、エンジンをパワーアップすることが出来る。 エンジンをポンプだと仮定した場合、そこに混合気が入って排気ガスが排出される。問題は、ガスの流れがエンジン内のチューブに制限されることである。しかしポート加工(吸気・排気・掃気の出入口を大きくする)することにより、液体・気体・燃料がより多くエンジンに送られパワーが増す。しかし大きくし過ぎるとシリンダーヘッドが損傷してしまうので注意が必要である。 ポート研磨ポート研磨は吸排気ポートを何らかの方法で削り、混合気や排気ガスの流入・流出特性の改善を図る作業であり、ポート加工では最も基本的な作業とも言える。広義の意味ではシリンダーヘッドを製造する際の鋳物製造過程で生じる大小のバリを単純に削り落とすだけの作業から、ポート全体を拡大加工する作業まで含まれるが、一般的にはポート内部の段付きを修正加工する作業がこれに該当する。 吸排気ポート内にはポペットバルブのバルブガイドが挿入されており、時にはバルブガイド周辺に大きな段が形成されている場合がある。これはバルブガイド周辺部の機械的強度を確保するためのやむを得ない措置であるが、極限のハイパワーを目指す場合にはバルブガイドやシリンダーヘッドの強度が低下することを覚悟した上でこの部分を削り込み、ポートの形状をバルブガイドが無いことを前提にした本来の形状に仕上げ直す。場合によってはより強度の高い材質で新規に製作した短いバルブガイドに打ち替え直し、ガイドの長さが減った分の強度を稼ぐ場合もある。また、ストリートユースなどある程度バルブガイドの強度を残しておきたい場合には、一旦バルブガイドを抜いてから段付きを修正し、再度バルブガイドを打ち直し、ガイドそのものには手を付けない場合もある。 ポート鏡面加工の是非吸気ポートの内部表面はインテークマニホールド同様に、吸入空気が層流とならないよう、あえて荒く仕上げられていることが多い。これは乱流を引き起こして燃料の霧化を促進させ、燃焼効率を高めるための措置であり、モータースポーツなど極限の高性能を目指す用途を除いては、鏡面加工などの仕上げは行わないのが普通である。 逆に、排気ポートの場合には吸気のように乱流の形成を考慮する必要がないこと、カーボンの堆積を出来るだけ避け、付着したカーボンの剥離を促進させる意味で吸気ポートに比べて表面が平滑に製作されることが多い。吸気ポートと比較して平滑仕上げによるデメリットが少ないため、ストリートユースでも鏡面加工が行われる場合がある。 なお、後述の「ポートの再構築」の項で登場するエアフロー試験の結果によると、鏡面加工を施したポートと元の荒仕上げのポートの間には流速の変化は1%程度しか現れないという。これは流体力学の見地から説明可能な事項である。流体力学では、管内を通る流体の速度は管の中央程速く、壁面に近づくに従って次第に速度が低下していく。そして分子レベルまで壁面と流体が接近すると、最終的には壁面直前では気体の速度はほぼゼロになる。このため、壁面からの突起が管の中央付近まで突き出ているような事例[注釈 1]でもない限りは、壁面の仕上げが管内の流体の流速に与える影響はごく僅かである。極限の高回転域しか使わないモータースポーツ用途においては、この1%は無視出来ない要素であるために鏡面加工が行われるが、低速域を多用するストリートユースやごく普通の街乗りでは1%の違いのためにポート内部に層流が発生し、混合気の燃料が再度液体化して空燃比が狂い、低回転域のトルクが悪化するリスクは犯せないため、現在でも吸気ポートはあえて荒仕上げのままにされるのである。 ポート拡大加工ポートの形状そのものは、流体力学が深く理解された近年のエンジンでは、そのエンジンのカタログ出力特性に最適な形状で製作されているため、ポート内部の段付きを除去する以外に手を加えるところは少ない。しかし、流体力学的な設計が現在ほど考慮されていない時代に製作された旧車のエンジンをボアアップやビッグバルブなどを用いて高度にメカチューンする場合、あるいは自然吸気エンジンに過給機を取り付ける場合等、カタログ出力特性から大きく特性を変更したい場合にはポート自体の径を拡大する作業を行う場合もある。この場合はポートの段付き修正よりもさらに難易度が高く、場合によっては不適切な拡大でポートのベンチュリ効果が無くなるなどで、出力特性が極端に変化して扱いにくいエンジンになったり、拡大加工の過程でウォータージャケットなどに穴を貫通させ、そのシリンダーヘッドが使い物にならなくなる危険性も孕んでいる。 ポートの拡大加工を行う場合の一般論としては、拡大する箇所はインテークマニホールドのランナーが接続される箇所を始点に、ポペットバルブに向かってテーパー状に径を絞り込んでいくようにすることが基本となる。これはポート自体にベンチュリ効果を持たせるために必要になる。また、バルブの出口付近には、スロートと呼ばれる、バルブより数mm程度径を絞る部分を必ず設けることも必要となる。ビッグバルブを組む場合にはこのスロートの径の決定が極めて重要な要素となる。 ターンフロー式シリンダーヘッドのエンジンでは、隣接するシリンダー同士の吸排気ポートの隔壁を取り去るように拡大加工し、巨大な吸排気ポートを2つのシリンダーで共有するサイアミーズ・ポートと呼ばれる構造を採用する場合もある。 シリンダーヘッドの交換純正シリンダーヘッドのポート形状が多少の研磨程度では改善の余地が少なく、なおかつ拡大加工や後述のポート再構築と言った大掛かりな改造を施す費用や手間が採れない場合などに、シリンダーヘッドを丸ごと他の車種やグレードのもの、あるいは社外品のシリンダーヘッドに交換して対処する場合がある。 場合によってはカムシャフトなどを元のシリンダーヘッドと交換する手間などがかかるが、自然吸気エンジンを過給機仕様とする場合や、日産・L型エンジンのように2Lエンジンをベースに3L越えの大きなボアアップを施す場合などに、事前にそのエンジンのターボ仕様やボアアップ後の排気量に近い仕様で販売されていたエンジンのヘッドを流用することで、流用対象のエンジンのカタログ出力特性に合わせて作られた吸排気ポートや吸排気バルブ、燃焼室を容易に手に入れることが出来るというメリットがある。 社外品のシリンダーヘッドを購入するという手段は、モータースポーツの世界ではポピュラーであり、古くは日産・L型エンジン用のDOHC・クロスフロー燃焼室のLZヘッドなどが存在した。トヨタは長年、自社製のエンジンブロックにヤマハ発動機製のシリンダーヘッドを組み合わせてスポーティエンジンに仕上げる手法を行っている。 市場に出回っている社外品ヘッドをオーナー自身が購入しての改造は、主にアメリカ車やオーストラリア車のOHVのV型8気筒エンジン等で行われており、エーデルブロック社のような専門メーカーも存在する。日本においてはホンダ・モンキー等の横型エンジンを手がけるキタコやSP武川、キジマがボアアップ仕様専用ヘッドやDOHCヘッドなどの製造販売を手がけており、最も身近な社外品ヘッドの事例ともなっている。 ポートの再構築→「インテークマニホールド § ヘルムホルツ共鳴」、および「エキゾーストマニホールド § 排気干渉」も参照
極めて高度な技術や大規模な加工施設が必要とされる作業であるが、元のシリンダーヘッドのポートを一度アルゴン溶接などで埋め、エアフロー試験などで流量などを慎重に検討した新しい形状のポートを、NCフライス盤やグラインダーなどで再度開け直す手法が存在する。 これは、主に社外品ヘッドがまだ存在しなかった時代の海外のフォーミュラカーレース用のスペシャルエンジンに用いられていた手法であり、一般の市販車のチューニングではこれほど手間と費用がかかる改造を施す例は稀である。 なお、今日の自動車メーカーではこうしたエアフロー試験を重ねた結果を元に純正ポートの形状を決定している事は言うまでもない。
2ストロークエンジンの場合
2ストロークエンジンはシリンダー内壁のポートの位置や形状によりエンジンの出力特性が大きく左右されるため、ポート加工は4ストロークエンジンにおけるポート加工で述べられた全ての課題に加え、次の事項について個別に検討を行わねばならない。
可変式排気ポート(排気デバイス)2ストロークエンジンでは、上記の通り機械的なポート加工には熱対策やピストン・シリンダーの耐久性確保の面での課題や難問が多いことから、各エンジンメーカーは特に排気ポートにおいて可動式の排気ポートにより、回転数に応じて排気特性を変化させる機構を開発した。これによりシリンダーの耐久性を損なうことなく回転域の全域で良好な出力特性を確保し、パワーバンドを可変させる事にも成功した。 一般にはこれらの機構は排気デバイスと呼ばれ、代表的なものとしてヤマハ発動機のYPVSや川崎重工業のKIPS、スズキのAETC、本田技研工業のRCバルブなどが挙げられ、各メーカーの2ストロークエンジン車が廃盤となる直前まで採用され続けた。 排気ポートを用いたデコンプレッション近年の草刈り機やチェーンソー向けの小型汎用2ストロークエンジンでは、特殊な形状の排気ポートを用いる事で、エンジン始動時のクランキングなどの低速回転時にのみデコンプレッション効果を発揮する排気デコンプ[1][2]と呼ばれる構造が広く採用されている。 ロータリーエンジンの場合→「ロータリーエンジン § 吸排気ポート」も参照
ロータリーエンジンの場合も2ストロークエンジン同様、ハウジング内でのポートの位置や形状によりエンジンの出力特性が大きく左右される為、場合によっては元のハウジングのポートを一度埋めてしまったり、無加工の新品ハウジングに新たにポートを開け直して出力特性の改善を図る事になる。 脚注注釈
出典関連項目外部リンク
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