レクイエム変ロ長調 (ミヒャエル・ハイドン)レクイエム変ロ長調 MH 838は、ミヒャエル・ハイドンが作曲した4声の独唱、4声の合唱とオーケストラのための声楽曲である。 概要2曲あるミヒャエル・ハイドンのレクイエムのうち、その2番目のレクイエムである [注 1]。 作曲者の死去のため、未完成である。 モーツァルトのレクイエムは、シュラッテンバッハ・レクイエム [注 2] から影響を受けていることが 知られているが、このミヒャエル・ハイドンの未完成のレクイエムは、曲の構成面で、逆にモーツァルトのレクイエムから影響を受けている (例えば、キリエでの2重フーガの使用など)[1]。 グンター・クロネッカー(Gunther Kronecker 1803–1847)による補作版が存在する。 作曲の経緯マリア・テレジアの委嘱によりハプスブルク家のために作曲されたが、その委嘱理由についてはよくわかっていない [1]。 作曲者の手によって完成されたのは1曲目の「入祭唱とキリエ」までである。続唱はディエス・イレエの最初、 草稿の44ページ目まで書かれたところで中断されており、以降は作曲者の死により作曲されなかった[1]。 1806年8月13日に行われたミヒャエル・ハイドンの葬儀で初演された[1]。 この際、未完成部分はシュラッテンバッハ・レクイエムで補って 演奏されたが、後の1839年になって、グンター・クロネッカーが不足部分を補作した[1]。 グンター・クロネッカーによる補作版クロネッカーによる補作版はシュラッテンバッハ・レクイエムの影響を受けており、 リコルダーレとドミネ・イエズでは完全な引用が聞かれる[1]。 その他にも、モーツァルトのレクイエム、クレムスミュンスター(オーストリア南部の町)の ベネディクト会神父ゲオルク・パステルヴィッツ (Georg Pasterwiz, 1730-1803)作曲のレクイエム(1793年頃ヴィーンで完成。近年までミヒャエル・ハイドンの作品と考えられてきた)の引用も見られる[1]。 その他にも、「Cum sanctis tuis」で再びキリエの2重フーガを用いるなど、 モーツァルトの「レクイエム」からの影響が見られる[1]。 それ以外に、クロネッカーはシューベルトから影響を受けており、民謡風の旋律が特徴的である[1]。 編成
演奏時間クロネッカーによる補作版の場合、約50分。 初演1806年8月13日、作曲者の葬儀にて初演。 曲の構成用いられているテクストはモーツァルトのレクイエムと同じで、伝統的な構成によっている。 入祭唱とキリエイントロイトゥス(入祭唱) - アダージョ 変ロ長調 3/4 ソプラノ独唱と合唱 キリエ - ヴィヴァーチェ・モルト 2/2 - ラルゴ 2/2 合唱による2重フーガ セクエンツィア(続唱)ディエス・イレエ(怒りの日) - マエストーゾ 変ロ長調 4/4 ソプラノ独唱、アルト独唱と合唱 リベル・スクリプトゥス - アンダンテ 3/4 アルト独唱、テノール独唱、バス独唱 unde mundus judicetur(アンダンテの部分に入って21小節目)までが作曲者自身の筆によって残されている部分である[2]。 レクス・トレメンドゥス(畏き御稜威の大王) 合唱 リコルダーレ(思い出し給え) 4声の独唱と合唱 コンフュターティス(呪われしもの) 合唱 ラクリモーザ(涙の日) 合唱 オッフェルトリウム(奉献唱)ドミネ・イエズ(主イエス) 4声の独唱、合唱 ホスティアス(賛美のいけにえ) 4声の独唱、合唱 サンクトゥス(聖なるかな)ソプラノ独唱、アルト独唱、合唱 ベネディクトゥス4声の独唱、合唱 アニュス・デイと聖体拝領唱アニュス・デイ(神の子羊) ソプラノ独唱、アルト独唱、バス独唱、合唱 ルクス・エテルナ(永遠の光) ソプラノ独唱、合唱 クム・サンクティス・トゥイス(聖者たちとともに) 合唱 注
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