ロジャース=ラマヌジャン恒等式は、イギリスの数学者ロジャースによって最初に導出され、その証明付きの結果は論文として1894年に出版された[4]。しかし、その結果は長らく注目を浴びずに忘れ去られていた。一方で、インドに生まれて、貧しい生活ながら、数学の才能に溢れていたラマヌジャンは、彼が独自に発見した数学の公式や定理をノートブックに書き記していた。ハーディによると、ラマヌジャンは1913年以前のどこかの時点でロジャース=ラマヌジャン恒等式を得ていた[5]。但し、ラマヌジャンの数学的な結果を導く方法は、厳密な意味での証明ではなく、得られた結果についての証明は書かれなかった。1913年にラマヌジャンは自分の発見した公式をいくつか添えて、ハーディに手紙を送った。ハーディはラマヌジャンの才能を認めて、1914年にイギリスに呼び寄せた。ラマヌジャンが得たロジャース=ラマヌジャン恒等式の結果を知ったハーディ自身や、ハーディがこれを知らせた数学者たちはその証明を見つけだすことができなかった。そこで、イギリスの数学者であり、イギリス軍少佐でもあったパーシー・アレクサンダー・マクマホンは、1916年にその著書"Combinatory Analysis"の第二巻の中に、証明抜きでラマヌジャンの結果として載せた[7]。1917年に、ラマヌジャンは Proceeding of the London Mathematical Society誌の古い巻で、ロジャースの論文を偶然に見つけた。ラマヌジャンはロジャースの結果に感嘆し、ラマヌジャンはロジャースと手紙でやり取りを行なった。その結果、ロジャースは定理の証明の簡略化に至り、それをラマヌジャンとの共著論文として発表した[8]。一方、同時期に第一次世界大戦によりイギリスとの交流が断たれていたドイツにおいて、数学者イサイ・シューアは、組合せ論的な議論から、独立にロジャース=ラマヌジャン恒等式を導いた[9]。なお、ロジャースやラマヌジャンは組合せ論的な議論を行ってはおらず、組合せ論的な解釈を与えたのは、シューアとマクマホンである。
組合せ論的な解釈
組合せ論において、ロジャース=ラマヌジャン恒等式は、整数分割の母関数に関する関係式を与えている[10]。すなわち、両辺を q のベキ乗の形で展開したときに現れる qn の係数は、正の整数 n をある一定の条件を満たす形で分割したときの分割数p(n) に対応している。
q のベキ乗の形で展開すると、第1恒等式の両辺は
また、ロドニー・バクスターとジョージ・アンドリューズによって1980年代前半に2次元三角格子上の統計力学模型である hard hexagon model が厳密に解かれ[18][19]、その自由エネルギーや粒子密度がやの簡潔な組み合わせで表現できることが示された。これは hard hexagon model や3状態Potts模型が共有する2次元共形場理論の臨界指数などの情報が、ロジャース=ラマヌジャン恒等式に登場する無限積に埋め込まれていることを意味する。
Chan, Hei-chi (2011). An Invitation to q-Series: From Jacobi's Triple Product Identity to Ramanujan's "Most Beautiful Identity". World Scientific. ISBN978-9814343848
Hardy, G. H. (1940). Ramanujan: Twelve Lectures on Subjects Suggested by His Life and Work. Cambridge University Press, Reiisued AMS Chelsea (1999); G.H. ハーディ『ラマヌジャン その生涯と業績に想起された主題による十二の講義』髙瀬幸一(訳)、丸善出版〈数学クラシックス〉、2016年。ISBN978-4621065297。
Ramanujan, Srinivasa (1927). G H Hardy, P V Seshu Aiyar, B M Wilson. ed. Collected Papers of Srinivasa Ramanujan. Cambridge University Press, Reiisued AMS Chelsea (2000)
Sills, Andrew V. (2017). An Invitation to the Rogers-Ramanujan Identities. CRC Press. ISBN978-1498745253
Bressoud, David M.; Zeilberger, Doron (1982), “A short Rogers-Ramanujan bijection”, Discrete Math.38: 313-315, doi:10.1016/0012-365X(82)90298-9
Garsia, A. M.; Milne, S. C. (1981), “A Rogers-Ramanujan bijection”, J. Combin. Theory, Series A31: 289-339, doi:10.1016/0097-3165(81)90062-5
Lepowsky, J.; Milne, S. (1978), “Lie algebraic approaches to classical partition identities”, Adv. Math.29: 15-59, doi:10.1016/0001-8708(78)90004-X
Rogers, L. J. (1894), “Second Memoir on the Expansion of certain Infinite Products”, Proc. London Math. Soc.25 (1): 318-343, doi:10.1112/plms/s1-25.1.318
Rogers, L. J.; Ramanujan, Srinivasa (1919), “Proof of certain identities in combinatory analysis.”, Cambr. Phil. Soc. Proc.19: 211-216, Reprinted in Ramanujan's collected papers
Schur, Issai (1917), “Ein Beitrag zur additiven Zahlentheorie und zur Theorie der Kettenbruche”, Sitzungsberichte der Berliner Akademie: 302-321