伊原正樹
伊原 正樹(いはら まさき 、1986年11月4日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 来歴・人物尼崎市立城内小学校(現:明城小学校)・尼崎市立城内中学校在学中に尼崎ボーイズに入団し、在団中に第10回南大阪大会優勝・ 第30回関西秋季大会県予選準優勝・第30回関西秋季大会出場・第31回春季大会県予選準優勝・第18回尼崎ボーイズリーグ大会準優勝を達成。 岡山共生高時代、3年時の夏は岡山県予選2回戦で敗退した。甲子園出場経験はない。 高校卒業後は、関西国際大学経営学部に進む。右の榊原諒と共に左右のエースとして活躍し、2007年の関西国際大学の明治神宮野球大会初出場に貢献した。最優秀投手2回、ベストナイン1回[1]、大学通算20勝。 2008年10月30日、プロ野球ドラフト会議でオリックス・バファローズから2位で指名を受け入団した。日本ハム2位指名の榊原と共に、関西国際大学からは創部11年目で初のプロ入り選手となった。 2009年は8月21日に初めて一軍に昇格し、その日の楽天戦でプロ初登板初先発を果たした。その後は抹消・登録を繰り返し、4試合に先発。9月17日のソフトバンク戦では7回2失点と好投したが白星には結びつかず、結局この年は未勝利に終わった。 2010年は初登板となった4月25日の西武戦では、敗戦投手ながら6回2失点と好投するも、次の登板では制球難を露呈して2回途中でKOされると二軍降格。その後、先発を務めた試合で打線の援護を貰ったにもかかわらず、投げきれば勝利投手の権利を得られる5回に相手打線に捕まりプロ初勝利を逃すことが二度もあるなど、この年も未勝利に終わった。 2011年は2試合の登板に留まり、2012年は左肘痛の影響もあってプロ入り後初の一軍未登板に終わった。同年11月30日に自由契約公示されたが、育成選手として再契約した[2]。 2014年、10月1日に球団から戦力外通告を受け[4]、12月2日、自由契約公示された[5]。 戦力外通告後は現役続行を目指し、12球団合同トライアウトを受験する予定だったが、トライアウト実施の4日前に球団からスタッフとして打診がある。トライアウトを受験しないことを条件としたもので、引退後も野球に携わりたかったこともあり、トライアウトを受験せずに、現役引退を決断し、打撃投手として球団に残ることになった[6]。しかし、打撃投手を務めたのは2015年の1シーズン限りで、その年で退任している。 現役引退まで公表していなかったが、2011年に結婚し、2015年時点で2男を儲けている[6]。 詳細情報年度別投手成績
記録
背番号
登場曲
脚注
関連項目外部リンク
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