本項では、平衡状態の熱力学 について解説する。非平衡状態も含めた熱力学の概説は熱力学 の項目を参照されたい。
熱力学的な系
熱力学において、考察の対象とするマクロな物質を系 (英 : system )という。本節では、熱力学における系の特徴とその記述方法について説明する。
平衡状態
外部から孤立している系を十分長い時間放置しておくとマクロに見て変化がない状態に移行する。この状態を系の熱平衡状態 、あるいは単に平衡状態 (英 : equilibrium state )という。
一方、系が外部から孤立していない場合は、系のみを切り出してそのまま孤立させた状態が上述の意味での平衡状態と同じ状態になっているとき平衡状態 という。
平衡状態の定義において、外部との関係性を明確化するのは単にマクロに変化のない状態(定常状態 )との違いをはっきりさせるためである。たとえば抵抗に電池を繋いで放置すれば、マクロには変化がない定常状態になるが、外部から孤立していない(し、系を切りだした状態が孤立した状態と同一にはならない)ため、この状態を平衡状態とはみなさない。
なお上では平衡状態を定義する際「孤立している」としたが、系に静的な外場 がかかっている場合も許容する。
熱力学の第0法則
2つの系Γ 、Δ を接触させて熱のやりとり(熱接触 )をして平衡に達したら、Γ とΔ は熱平衡 にあると言うことにする。以下の性質を熱力学の第0法則 という。
性質 (熱力学の第0法則 (英 : the zeroth law of thermodynamics )) ― 系Γ と系Δ が熱平衡にあり、しかも系Δ と系Θ が熱平衡にあると、系Γ と系Θ は熱平衡にある。
具体的には例えば液体がガラスの容器に入れられているとき、空気(系Γ )とガラス(系Δ )が熱平衡に達し、ガラスと液体(系Θ )も熱平衡に達したとき、空気と液体も熱平衡にあるとするものである。
なお、上では「熱平衡」という概念で熱力学の第0法則を定式化したが、代わりに「温度」という概念で第0法則を定式化するものもある。
熱力学の第0法則により、系Γ と系Δ を介する事により、系Θ に直接接する事なく系Θ について知れる。こうした事から、(金川哲也 2021 , p. 23)は熱力学の第0法則は「熱力学の大前提」となる法則であるとしている[ 注 1] 。
系の種類
外界から孤立しており外部と熱、仕事、物質等のやりとりが発生しない系を孤立系 という。なお、熱力学では孤立系以外の系を考える事もある。(例えば熱浴 と接していて常に一定の温度に保たれている系など)。
系を閉じ込めている容器が内部で壁で区切られているなどしているものを複合系 (合成系 、複合状態 とも)、そうでないものを単純系 (単純状態 とも)という 。
壁には容器に固定されていて動かないものや自由に動くもの(不動壁 /可動壁 )もある。また熱を通すものや通さないもの(透熱壁 /断熱壁 )、物質も通すもの(断物壁 )や通さないものなど様々である。
なお、単純系には外力や磁場 などの外場はかかっていても良いが、これらが原因となって系に生じる空間的不均一が無視できるほど小さい事を仮定する[ 注 2] 。固定されていて、熱も物質も場 も通さない壁を完全な壁 [ 注 3] という。
与えられた系Γ を空間的に分割したとき、分割した各々をΓ の部分系 (英 : sub-system )という 。複合系を壁で分割して出来上がる単純系は部分系だが、壁がないところで仮想的に分割したものも部分系と呼ぶ 。熱力学はマクロな系が対象範囲なので、部分系もあくまでマクロな程度に分割したもののみを考える 。
状態空間
熱力学的な系Γ が与えられたとき、Γ の熱力学的な平衡状態 全体の集合を熱力学的状態空間 (英 : thermodynamic state space )あるいは単に状態空間 (英 : state space )という。紛れがなければ以下、系Γ の状態空間の事もΓ と表記する[ 注 4] 。
熱力学では物質を入れている容器の形状や(容器の中に複数の相 があるときの)相の空間的配置が違うだけの系は同一視する。これらの違いが系の熱力学的な性質に影響を与えないからである。
この結果、系の熱力学的な性質の記述に必須となる物理量の数は限定的になり、各平衡状態は内部エネルギー U (詳細後述)や体積 V 、物質量 N 、(磁場を考えている場合は)全磁化
M
{\displaystyle \mathbf {M} }
[ 注 5] などの有限個の物理量で記述可能である[ 注 6] 。
これは数学的には状態集合Γ を
R
n
=
{
(
U
,
V
,
N
,
⋯
)
}
{\displaystyle \mathbb {R} ^{n}=\{(U,V,N,\cdots )\}}
の部分集合とみなして議論できるという事である[ 注 7] 。
なお上では単純系を想定して記述する変数を
(
U
,
V
,
N
,
⋯
)
{\displaystyle (U,V,N,\cdots )}
としたが、系を入れる容器の内部が壁で仕切られていれば、「壁の左側」を記述する
(
U
1
,
V
1
,
N
1
,
⋯
)
{\displaystyle (U_{1},V_{1},N_{1},\cdots )}
と「壁の右側」を記述する
(
U
2
,
V
2
,
N
2
,
⋯
)
{\displaystyle (U_{2},V_{2},N_{2},\cdots )}
の両方を並べる必要がある。また壁により規定される「内部束縛条件」を満たすもののみを考える必要がある。詳細は後述する。
Γ をどの物理量で記述するのかは任意性があり、Γ を上述したU 、V 、N で記述する事をUVN 表示 という。他にもエントロピーS 、体積V 、 物質量N で記述するSVN 表示 や、温度T 、体積V 、 物質量N で記述するTVN 表示 などいくつかの表示方法がある(これらの変数の組が互いに独立ではないため)。これは数学的には状態空間Γ を多様体 とみなし、その局所座標としてどの変数を用いるかに相当する。
内部束縛
数学的には壁は系の平衡状態を記述する変数の束縛条件(内部束縛 、英 : internal constraint )となる。例えば体積が固定値
V
{\displaystyle V}
の容器が壁で左右に2つに区切られていて、(UVN 表示で)左側が平衡状態
A
1
=
(
U
1
,
V
1
,
N
1
,
…
)
{\displaystyle A_{1}=(U_{1},V_{1},N_{1},\ldots )}
、右側が平衡状態
A
2
=
(
U
2
,
V
2
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle A_{2}=(U_{2},V_{2},N_{2},\ldots )}
にあるとき、壁が容器に固定されていれば
条件
C
{\displaystyle C}
:
V
1
=
c
o
n
s
t
{\displaystyle V_{1}=\mathrm {const} }
条件
C
′
{\displaystyle C'}
:
V
2
=
V
−
V
1
{\displaystyle V_{2}=V-V_{1}}
という2つの内部束縛が課されるし、壁が左右に動けるようになっているときは
条件
C
′
{\displaystyle C'}
:
V
2
=
V
−
V
1
{\displaystyle V_{2}=V-V_{1}}
のみが課される。
内部束縛を課すという事は、数学的には部分空間を考える事を意味する。すなわち壁の左側の系を
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、右側の系を
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
とするとき、固定された壁に対する状態空間は
Γ
1
×
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{1}\times \Gamma _{2}}
の部分空間
Λ
=
{
(
A
1
,
A
2
)
∈
Γ
1
×
Γ
2
∣
(
A
1
,
A
2
)
{\displaystyle \Lambda =\{(A_{1},A_{2})\in \Gamma _{1}\times \Gamma _{2}\mid (A_{1},A_{2})}
は条件
C
{\displaystyle C}
、
C
′
{\displaystyle C'}
を両方満たす
}
{\displaystyle \}}
となる[ 注 8] 。
系の遷移
操作と遷移
系を入れる容器にピストン がついていればそれを押したり引いたりする事で体積を変えたりできるし、系をなんらかの熱源 と接触させれば系を温めたり冷やしたりできる。このように系にマクロな働きかけをする事を系への操作 (英 : operation )と呼ぶ。
容器への壁の挿入や取り出し、留め金を締めたり開けたりして壁の固定したり自由に動かしたりする作業も系への操作である。ピストンや壁など操作に用いる道具を理想化して考え、これらの道具の質量、摩擦、仕事 は無視できるものとする 。
平衡状態A にある系に何らかの操作を加えたあと放置すると、系は(一般にはA とは別の)平衡状態B に落ち着く。この事を操作により系の平衡状態がA からB に遷移 (英 : transition )したという 。
このように熱力学では平衡状態から別の平衡状態への遷移を考えるが、遷移の途中は平衡状態でなくともよく 、最終的にどの平衡状態に落ち着いたのかだけが重要になる 。状態空間Γ は平衡状態の空間なので、遷移の途中は必ずしもΓ の元としてはかけない。
準静的過程
系がある平衡状態から別の平衡状態へと遷移する道筋を過程 (英 : process )と呼ぶ[ 注 9] 。
定義 (準静的過程 ) ―
系が常に平衡状態にあるとみなせる過程を準静的過程 (英 : quasistatic process )という
[ 注 10] 。
例えばピストンを動かすとき、ピストンを速く動かしてしまうと(系を構成する物質が気体や液体であれば)系の中に密度の差や物質の複雑な流れが生じて非平衡な状態になってしまうが、ピストンを「十分ゆっくり」[ 注 11] 動かせばそのような事は抑えられる。
準静的過程はこれを理想化したものであり、系を変化させる速度が無限に小さい場合の極限(理想極限 )に相当する。
平衡状態A から平衡状態B への
準静的過程を考えると、この過程では系が変化する最中、常に平衡状態にあるので、変化の軌跡が状態空間上のA からB への曲線として描ける 。
後述するように熱量や仕事量といった熱力学で登場する物理量は状態空間上の線積分により定式化されるが、これはすなわち系を準静的過程に従って変化させたときの曲線を積分経路としてこれらの概念が定式化される事を意味しており、これらの定式化は準静的過程以外には適用できない [ 注 12] 。
熱力学における物理量
本節では、熱力学に登場する物理量の分類について説明する。
状態量と非状態量
状態量
熱力学では系の圧力 P は状態空間の各元(すなわち各平衡状態)に実数を対応させる関数として定式化される:
P
:
Γ
→
R
{\displaystyle P~:~\Gamma \to \mathbb {R} }
このように
Γ
{\displaystyle \Gamma }
の元に実数を対応させる関数を状態関数 [ 41] [ 42] (英 : state function [ 41] )といい、状態関数として定式化できる物理量を状態量 (英 : state quantity [ 41] )と呼ぶ。状態量の例としては圧力P 以外に温度T 、体積 V 、物質量 N 、および後述する内部エネルギー U 、エントロピーS 、化学ポテンシャルμ といったものがある。
D を可微分な状態量とすると、D の全微分 を用いて
D
(
A
)
=
∫
A
0
A
d
D
+
c
o
n
s
t
{\displaystyle D(A)=\int _{A_{0}}^{A}\mathrm {d} D+\mathrm {const} }
のように記述できるので、D が状態量である事は(積分定数と可微分性の仮定とを除いて)完全微分
d
D
{\displaystyle \mathrm {d} D}
の積分として定義される事と等価である。なお、
d
D
{\displaystyle \mathrm {d} D}
は完全微分であるので、上記の線積分は基点
A
0
{\displaystyle A_{0}}
と終点
A
{\displaystyle A}
のみに依存し、積分経路によらない。
非状態量
一方、同じ熱力学に登場する物理量でも、熱量Q や仕事W は状態量ではなく、不完全微分 の線積分として定式化される(詳細後述)。一般にこのような線積分により定義される物理量D に対し、D を定義するのに用いた不完全微分を「
d
′
D
{\displaystyle \mathrm {d} 'D}
」と表記するので[ 注 13] 、熱量Q は
Q
=
∫
γ
d
′
Q
{\displaystyle Q=\int _{\gamma }\mathrm {d} 'Q}
のように記述できる[ 注 14] 。
d
′
Q
{\displaystyle \mathrm {d} 'Q}
は不完全微分であるので、Q の値は積分経路
γ
{\displaystyle \gamma }
に依存する。すなわちQ は
Γ
{\displaystyle \Gamma }
上の積分経路に実数を対応させる関数
Q
:
γ
↦
R
{\displaystyle Q~:~\gamma \mapsto \mathbb {R} }
として定式化される。
このように
Γ
{\displaystyle \Gamma }
上の積分経路に実数を対応させる関数を経路関数 [ 42] という。熱量Q や仕事W のように、不完全微分の線積分により経路関数として定式化される物理量を非状態量 [ 46] という。
相加変数、示量変数、示強変数
相加変数
系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
に対し、この2つを並べた系を
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
とし、
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
の平衡状態を
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
の平衡状態
A
{\displaystyle A}
と
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
の平衡状態
B
{\displaystyle B}
の組
(
A
,
B
)
{\displaystyle (A,B)}
で書き表すことにする。
相加変数の具体例としては系の体積V があり、系
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
の平衡状態における体積は部分系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
の平衡状態の体積を足し合わせたものになっている。その他の例としては物質量N や後述するエントロピーS がある。
示量変数
系Γ の平衡状態A に対し、A と同じ状態にあるが全体の大きさを
t
>
0
{\displaystyle t>0}
倍した平衡状態をtA と書く[ 注 16] 。
定義 (示量変数 ) ― D を状態量とする。任意の系Γ 、Γ の任意の平衡状態A 、および任意の実数
t
>
0
{\displaystyle t>0}
に対し、以下が成立するとき、D を示量変数 (英 : extensive variable )という[ 注 17] :
D
(
t
A
)
=
t
D
(
A
)
{\displaystyle D(tA)=tD(A)}
D が相加変数であれば、任意の有理数に対して
D
(
t
A
)
=
t
D
(
A
)
{\displaystyle D(tA)=tD(A)}
となる事を容易に示せる[ 注 18] 。したがってD の連続性を仮定すれば、相加変数は必ず示量変数になる。
こうした理由から、熱力学の範囲では相加変数と示量変数は区別する必要がない事が知られている。したがって以下本項でも両者を区別しない。
示強変数
示強変数とは、示量変数と違い、tA とA で値が変わらない状態量の事である[ 注 19] 。
定義 (示強変数 ) ― D を状態量とする。任意の系Γ 、Γ の任意の平衡状態A 、および任意の実数
t
>
0
{\displaystyle t>0}
に対し、以下が成立するとき、D を示強変数 (英 : intensive variable )という
D
(
t
A
)
=
D
(
A
)
{\displaystyle D(tA)=D(A)}
示強変数の単純な例として、示量変数を体積で割ったものがある。例えば後述するエントロピー
S
(
A
)
{\displaystyle S(A)}
を体積
V
(
A
)
{\displaystyle V(A)}
で割ったエントロピー密度
s
(
A
)
{\displaystyle s(A)}
は示強変数となる。
別の例として示量変数の示量変数による偏微分も示強変数になる。例えば内部エネルギーのエントロピー、体積、物質量による偏微分
∂
U
∂
S
{\displaystyle {\tfrac {\partial U}{\partial S}}}
、
∂
U
∂
V
{\displaystyle {\tfrac {\partial U}{\partial V}}}
、
∂
U
∂
N
{\displaystyle {\tfrac {\partial U}{\partial N}}}
はいずれも示強変数であり、後述するように実はこの3つはそれぞれ温度、圧力にマイナスを付けたもの、化学ポテンシャルに一致する。
熱力学において本質的なのは、こうした偏微分の形で表される示強変数なので、これらを狭義示強変数 (英 : intensive variable in a narrow sense )という。(清水明 2021a )では単に「示強変数」と呼んだ場合は「狭義示強変数」を意味するとしている。
内部エネルギーと熱
系がマクロには静止しているように見えても、系を構成するミクロな粒子は粒子の運動による運動エネルギーや粒子間に働く電磁力によるポテンシャルエネルギーを保有している。こうしたミクロな粒子の持つエネルギーの総和を内部エネルギー といい、記号
U
{\displaystyle U}
で表す。
平衡状態A にある系Γ が、系の外部と相互作用して平衡状態B に遷移した状況を考え、
Δ
U
=
{\displaystyle \Delta U=}
(外部から系に流れ込んだエネルギー量)
−
{\displaystyle -}
(系から外部に流れ出たエネルギー量)
とすると、(外場がない状況では[ 注 20] )
Δ
U
{\displaystyle \Delta U}
はB の内部エネルギー
U
B
{\displaystyle U_{B}}
とA の内部エネルギー
U
A
{\displaystyle U_{A}}
の差
Δ
U
=
U
B
−
U
A
{\displaystyle \Delta U=U_{B}-U_{A}}
に一致する。さらに
W
=
{\displaystyle W=}
(系が外部から受けたマクロな仕事)
−
{\displaystyle -}
(系が外部にしたマクロな仕事)
として[ 注 21] 、
Δ
U
{\displaystyle \Delta U}
との差
Q
=
Δ
U
−
W
{\displaystyle Q=\Delta U-W}
と定義すると、Q はマクロには捉えられないミクロなエネルギーの移動を表している事になる。Q を外部から系に流れ込んできた熱 (英 : heat )または熱量 という。
上記の事実を熱力学の第一法則という[ 注 22] :
性質 (熱力学の第一法則 ) ―
Δ
U
=
W
+
Q
{\displaystyle \Delta U=W+Q}
仕事と熱はいずれもエネルギーの移動 を表す物理量であり、両者を区別するのは移動の「仕方」である。
歴史的には熱は「熱素 」という粒子の量だと考えられていたが、今日ではこの仮説は否定されており、上記のように熱の概念を再解釈している。こうした歴史的経緯から、日常語の「熱」は上述の定義の枠からはみ出たものもあり、例えば「熱を持った物体」という言い方はエネルギーの移動を表していないので、上述の定義に当てはまらない。
第一法則の微分形
平衡状態A から平衡状態B に遷移する過程が準静的過程の場合、遷移する過程は状態空間上のA からB への曲線として表す事ができる ので、この曲線を
γ
{\displaystyle \gamma }
とすると、この遷移によって生じる力学的仕事
W
M
{\displaystyle W_{M}}
は圧力P と体積V を用いて
W
M
=
−
∫
γ
P
d
V
{\displaystyle W_{M}=-\int _{\gamma }P\mathrm {d} V}
と表記できる。すなわち、
W
M
{\displaystyle W_{M}}
は
d
′
W
M
=
−
P
d
V
{\displaystyle \mathrm {d} 'W_{M}=-P\mathrm {d} V}
のように不完全微分で表記できる。なお、マイナスがついているのは仕事は系が外部から受けるのを正にしたのに対し、圧力は逆に系から外部へと向かう向きを正としているからである[ 注 23] 。
後述するように力学的ではない仕事も不完全微分で表記できる事が知られているので、系の遷移に伴う仕事
W
{\displaystyle W}
の微分形を不完全微分
d
′
W
{\displaystyle \mathrm {d} 'W}
で表せる。一方
U
{\displaystyle U}
は定義より状態量であったので、その微分形は完全微分
d
U
{\displaystyle \mathrm {d} U}
である。
以上のことから熱力学の第一法則より、熱量
Q
{\displaystyle Q}
も不完全微分で表せる事がわかる[ 注 24] :
性質 (熱力学の第一法則の微分形) ―
d
U
=
d
′
W
+
d
′
Q
{\displaystyle \mathrm {d} U=\mathrm {d} 'W+\mathrm {d} 'Q}
U の相加性
本節では
U
{\displaystyle U}
が相加変数であるか否かについて論じる。系
Γ
{\displaystyle \Gamma }
が2つの部分系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
からなっており、それぞれ平衡状態
A
1
{\displaystyle A_{1}}
、
A
2
{\displaystyle A_{2}}
にあるとする。
Γ
{\displaystyle \Gamma }
の
U
{\displaystyle U}
は
U
=
U
1
+
U
2
+
U
12
{\displaystyle U=U_{1}+U_{2}+U_{12}}
のように部分系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
の
U
1
{\displaystyle U_{1}}
、
U
2
{\displaystyle U_{2}}
の他に、両者の間に生じる相互作用
U
12
{\displaystyle U_{12}}
をも加えたものと一致する。
U
12
{\displaystyle U_{12}}
は具体的には
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
を構成する粒子と
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
を構成する粒子との間に生じる重力、クーロン力、双極子、磁気モーメント等による相互作用のエネルギーの総和である。
このうち重力は他の2つより遥かに小さいので無視でき、クーロン力によるエネルギーは正負の電化が釣り合っていれば小さく、双極子や磁気モーメントも粒子間で向きが揃っていなければ小さいため、このようなケースでは
U
12
≈
0
{\displaystyle U_{12}\approx 0}
が言えるので、
U
≈
U
1
+
U
2
{\displaystyle U\approx U_{1}+U_{2}}
となり
U
{\displaystyle U}
は相加変数となる。
しかし系
Γ
{\displaystyle \Gamma }
を構成する物質が強磁性体 である場合は磁気モーメントの向きが揃っているため
U
12
{\displaystyle U_{12}}
が無視できず、
U
{\displaystyle U}
が相加変数にならない 。
本項では、特に断りがない限りこのようなケースは扱わず、以下、
U
{\displaystyle U}
が相加変数の場合のみを扱う。
エントロピー
エントロピー は断熱過程 の不可逆性 を特徴付ける状態量であり、熱力学において基本的な役割を果たす。しかし状態量が実際に存在する事を示すのは容易ではないため、多くの教科書と同様、まずは上述の性質を満たす状態量が存在する事を認めたうえで議論を進め、次にエントロピーとそれ以外の状態量との関係について述べ、最後にエントロピーの存在について説明する。
具体的にはエントロピーの以下の性質について述べる:
示量変数である事
エントロピー原理
エントロピー最大の原理
これらのうち、「示量変数」とは何かの説明は前述したので、本章では残りの2つについて述べる。
なお、本項ではあくまで(平衡状態に対する)熱力学のエントロピーを解説する。統計力学などそれ以外の分野におけるエントロピーはエントロピー の項目を参照されたい。
エントロピー原理
エントロピーは熱力学的な系の各平衡状態 A に対して非負の実数
S
(
A
)
{\displaystyle S(A)}
を対応させる状態量 [ 注 25] であり、以下を満たす:
性質 (エントロピー原理 [ 注 28] ) ― 系の2つの平衡状態A 、B に対し、A からB に断熱的に遷移 [ 注 26] できれば
S
(
A
)
≤
S
(
B
)
{\displaystyle S(A)\leq S(B)}
が成立するし、その逆も成立する[ 注 27] 。
すなわち、系の平衡状態A からB に断熱的に遷移できるときに「
A
≺
B
{\displaystyle A\prec B}
」と書くことにすると、
A
≺
B
⟺
S
(
A
)
≤
S
(
B
)
{\displaystyle A\prec B\iff S(A)\leq S(B)}
が成立するという事である。
上記の性質から特に、
S
(
A
)
=
S
(
B
)
{\displaystyle S(A)=S(B)}
の場合はA からB にも断熱的に遷移でき、逆にB からA にも遷移できる事になるが、これは準静的過程で遷移させる事で実現できる:
性質 ― 準静的な断熱過程で系のエントロピーは変化しない。また内部制約が課せられていない[ 注 29] 系の2つの平衡状態がA 、B が
S
(
A
)
=
S
(
B
)
{\displaystyle S(A)=S(B)}
を満たせば、A からB に準静的な断熱過程で遷移できる。
断熱的な遷移過程が、逆向きにも断熱的にたどれるとき、その過程は可逆過程 (英 : reversible process )であるという。上述した事から、可逆過程はエントロピーを変化させない準静的過程と一致する。
エントロピー増大の法則
エントロピー原理において
S
(
A
)
=
S
(
B
)
{\displaystyle S(A)=S(B)}
のときにA からB に遷移するには準静的に行う必要があり、これはあくまで理想化された過程なので無視すると、以下のエントロピー増大の法則 がエントロピー原理から従う:
性質 (エントロピー増大の法則 ) ― 断熱[ 注 30] された系に様々な操作を行うと、エントロピーは増大し続けていく。
なお、断熱されていない系の場合はエントロピーを減少させる事も可能である[ 注 31] 。一方、熱ではなく仕事の形で外部とエネルギーをやりとりした場合は、エントロピーを減少させる事はできない。
エントロピー増大則に対していくつか注釈を述べる。第一に、熱力学においてエントロピーは平衡状態に対して定義された量であり、したがって(少なくとも通常の熱力学におけるエントロピー概念を用いている限りは)エントロピー増大則も平衡状態以外に対しては意味を持たない。
ただし、平衡状態から別の平衡状態へ遷移する過程は非平衡でもよいので、断熱された系が、平衡状態→非平衡な遷移→平衡状態、と移り変わった場合にはエントロピー増大の法則を適用できる。
第二に(清水明 2021a )は上述したエントロピー増大則の「様々な操作」の部分に対して、より慎重な姿勢を見せている。(清水明 2021a )では外部からの操作が「どの相加変数の値も直接には変えないよう内部束縛をオン・オフすることだけ」の場合に対してのみ、エントロピー増大則を記述している。このような内部束縛のオン・オフとしては例えば「(系に対して無視できるほどの大きさの)留め金で固定された壁の留め金を外す」といった操作がある。
第三に、エントロピー増大則を宇宙全体に適用して、宇宙全体が遠い将来エントロピー最大の平衡状態である「熱的死 」を迎えるとする説もあるが、(田崎晴明 2000 , p. 112)によれば、過去に一度も平衡状態に達していない系である宇宙にこの法則を適用するのは危険である。田崎は「われわれが生きている世界が本質的に非平衡系であることを考えると、エントロピー増大則を軽々しく現実世界に適用する事はできない」としている。
また地球全体にこの法則を適用して生命が進化した事がこの法則の反例であるかのような記述が通俗書で見受けられるが、地球は外部から断熱されておらず、この法則は適用できないので、(田崎晴明 2000 , p. 112)によれば、こうした記述は「初歩的な知識不足からくる誤りにすぎない」。
エントロピー最大の原理
ある複合系
Γ
{\displaystyle \Gamma }
をいれる容器の内部が壁などで仕切られていて、内部束縛条件の
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
および
C
′
{\displaystyle C'}
が課せられているとする。この状態から壁に何らかの処理を施す(例:固定されていた壁を自由に動かせるようにする)などして内部束縛条件
C
′
{\displaystyle C'}
を外すと、系は現在の平衡状態から遷移し、(一般には)別の平衡状態
A
{\displaystyle A}
に落ち着く。この
A
{\displaystyle A}
が具体的にどの平衡状態なのかを決定するのがエントロピー最大の原理である:
性質 (エントロピー最大の原理 ) ― 内部束縛条件
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
および
C
′
{\displaystyle C'}
が課せられている系
Γ
{\displaystyle \Gamma }
から
C
′
{\displaystyle C'}
を外したとき、系は
max
{
S
(
A
)
|
A
∈
Γ
{\displaystyle \max\{S(A)|A\in \Gamma }
s.t.
A
{\displaystyle A}
は
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
をすべて満たす
}
{\displaystyle \}}
を達成する平衡状態
A
{\displaystyle A}
に遷移する[ 注 32] 。
複合系
Γ
{\displaystyle \Gamma }
が単純系
Γ
1
,
…
,
Γ
k
{\displaystyle \Gamma _{1},\ldots ,\Gamma _{k}}
から構成されていて、各単純系
Γ
i
{\displaystyle \Gamma _{i}}
のエントロピーを
S
i
{\displaystyle S_{i}}
とすると、エントロピー最大の原理はより具体的に
max
{
∑
i
S
(
A
i
)
|
A
=
(
A
1
,
…
,
A
k
)
∈
Γ
1
×
⋯
×
Γ
k
{\displaystyle \max\{\sum _{i}S(A_{i})|A=(A_{1},\ldots ,A_{k})\in \Gamma _{1}\times \cdots \times \Gamma _{k}}
s.t
A
{\displaystyle A}
は
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
をすべて満たす
}
{\displaystyle \}}
を最大化する
A
=
(
A
1
,
…
,
A
k
)
{\displaystyle A=(A_{1},\ldots ,A_{k})}
を達成すると書ける[ 注 33] 。
エントロピー最大の原理に関して3つ注釈を述べる。第一に、最大値を達成する平衡状態
A
{\displaystyle A}
は数学的には一意とは限らない。しかし2つの平衡状態
A
{\displaystyle A}
、
A
′
{\displaystyle A'}
で最大値
S
0
=
S
(
A
)
=
S
(
A
′
)
{\displaystyle S_{0}=S(A)=S(A')}
を達成したとすると、エントロピー原理から
A
{\displaystyle A}
から
A
′
{\displaystyle A'}
に互いに断熱的に推移でき、その逆も可能である事がわかる[ 注 34] 。
第二に、後述するようにエントロピー関数
S
{\displaystyle S}
は(適切な座標系で)凸関数であるが、この事がエントロピー最大の原理を支える事実の一つとなっている。実際、
S
{\displaystyle S}
が凸ではなければ、エントロピーが増える過程で最大点ではない極大点に達してしまうかもしれないが、凸関数はそのような極大点を持たないので、確実に最大点が達成される。
第三に、エントロピー最大の原理を使えば、壁のある系から壁を取り去った後どの平衡状態が達成されるのかを決定できるが、壁の右側と左側で異なる物質 が入っている場合は注意が必要である。なぜなら、壁の右側に物質
B
{\displaystyle {\mathcal {B}}}
、壁の左側に物質
C
{\displaystyle {\mathcal {C}}}
が入っていて、それぞれのエントロピー関数(のSVN 表示)
S
B
(
U
,
V
,
N
B
)
{\displaystyle S_{\mathcal {B}}(U,V,N_{\mathcal {B}})}
、
S
C
(
U
,
V
,
N
C
)
{\displaystyle S_{\mathcal {C}}(U,V,N_{\mathcal {C}})}
がわかっていたとしても、両方の物質が入っている系のエントロピー関数
S
(
U
,
V
,
N
B
,
N
C
)
{\displaystyle S(U,V,N_{\mathcal {B}},N_{\mathcal {C}})}
がどのようになるのかは一般にはわからないからである。そこで実用上は適切な近似のもと、
S
{\displaystyle S}
を
S
B
{\displaystyle S_{\mathcal {B}}}
、
S
C
{\displaystyle S_{\mathcal {C}}}
を使って表した上でエントロピー最大の原理を用いる。
基本関係式
前述したように熱力学では状態空間の各平衡状態は有限個の状態量で記述できるが、平衡状態を内部エネルギーU や体積V で記述するのか、それとも圧力P や温度T で記述するのかといった、記述に用いる状態量には選択肢がある(これらの状態量は変数として独立ではないから)。どの変数で系の平衡状態を記述するかにより、エントロピーの変数が
S
(
U
,
V
,
…
)
{\displaystyle S(U,V,\ldots )}
、
S
(
P
,
T
,
…
)
{\displaystyle S(P,T,\ldots )}
などと変わる。
しかしエントロピーの場合は、下記のような状態量で系の平衡状態を記述することが後述する「完全な熱力学関数」であるという事実を導くうえで必須である:
内部エネルギー自身も示量変数である。
X
{\displaystyle \mathbf {X} }
に入る示量変数としては以下がある:
系を閉じ込めている容器の体積
V
{\displaystyle V}
容器に閉じ込められている物質の物質量
N
{\displaystyle N}
(複数の物質や複数の相 が閉じ込められている場合は各物質・相の物質量を並べた
N
1
,
N
2
,
…
{\displaystyle N_{1},N_{2},\ldots }
)
(磁場を考えている場合は)全磁化
M
{\displaystyle \mathbf {M} }
[ 注 36] 。
これらはすべて独立変数である。上記のように
U
{\displaystyle U}
、
V
{\displaystyle V}
、
N
{\displaystyle N}
、
…
{\displaystyle \ldots }
で系の平衡状態を記述することをUVN 表示 という。
次の事実が知られている:
性質 ― 自然な変数で記述されている単純系のエントロピー
S
=
S
(
U
,
X
)
{\displaystyle S=S(U,\mathbf {X} )}
は連続微分可能[ 注 37] である。
エントロピーの凸性
エントロピー関数は以下を満たす:
実際、平衡状態
t
A
1
=
(
t
U
1
,
t
X
1
)
{\displaystyle tA_{1}=(tU_{1},t\mathbf {X} _{1})}
にある物質と平衡状態
(
1
−
t
)
A
2
=
(
(
1
−
t
)
U
2
,
(
1
−
t
)
X
2
)
{\displaystyle (1-t)A_{2}=((1-t)U_{2},(1-t)\mathbf {X} _{2})}
にある物質を完全な壁で仕切って並べた状態「
t
A
1
|
(
1
−
t
)
A
2
{\displaystyle tA_{1}|(1-t)A_{2}}
」を考え、次にその壁を外すと、平衡状態「
t
A
1
+
(
1
−
t
)
A
2
{\displaystyle tA_{1}+(1-t)A_{2}}
」が達成される[ 注 39] 。よって
S
(
t
A
1
+
(
1
−
t
)
A
2
)
≥
S
(
t
A
1
|
(
1
−
t
)
A
2
)
{\displaystyle S(tA_{1}+(1-t)A_{2})\geq S(tA_{1}|(1-t)A_{2})}
=
S
(
t
A
1
)
+
S
(
(
1
−
t
)
A
2
)
=
t
S
(
A
1
)
+
(
1
−
t
)
S
(
A
2
)
{\displaystyle =S(tA_{1})+S((1-t)A_{2})=tS(A_{1})+(1-t)S(A_{2})}
が成立する。ここで1つ目、2つ目、3つ目の不等号はそれぞれエントロピー増大の法則、さらにエントロピーの加法性 、および示量性 から従う。
上では単純系に関するエントロピーの凸性について述べたが、複合系の場合はより複雑である。複合系を構成する各単純系がどれも系としては同一であり(すなわち、量が違うだけで同一の物質からなる系であり)、しかも個々の単純系の間を仕切る壁が完全な壁であれば、やはり凸性が成り立つ:
性質 ― 系としては同一な複数の単純系からなる複合系で、個々の単純系の間が完全な壁で区切られている複合系におけるエントロピーは(自然な変数で表されていれば)上に凸である。
実際、系としては同一という条件からエントロピーの加法性が使えるので、完全な壁で区切った
A
(
1
)
|
A
(
2
)
{\displaystyle A^{(1)}|A^{(2)}}
のエントロピーは
S
(
A
(
1
)
|
A
(
2
)
)
{\displaystyle S(A^{(1)}|A^{(2)})}
=
S
(
A
(
1
)
)
+
S
(
A
(
2
)
)
{\displaystyle =S(A^{(1)})+S(A^{(2)})}
であり、凸関数の和は凸関数なので上記の性質が示される。3つ以上の単純系の複合系も同様である。
一方、系として異なる単純系からなる複合系では*****
一方、不完全な壁を授けることは数学的には状態空間を内部束縛を満たす部分空間に制限する事を意味するが、部分空間上では凸にならないような内部束縛を数学的には構築可能である[ 注 40] 。しかし熱力学で頻出する内部束縛は、
V
(
1
)
+
V
(
2
)
=
V
{\displaystyle V^{(1)}+V^{(2)}=V}
などのように変数の一次式 でかけている事が多く、凸関数を一次式で書ける部分空間に制約したものは凸関数なので、この場合には凸関数である事が保証される。
他の状態量との関係
「熱力学的な系の平衡状態の性質と、種々の操作による平衡状態の移り変わりについての完全な情報を持って」いる関数を完全な熱力学的関数 と呼ぶが、自然な変数で記述されたエントロピー関数
S
(
U
,
X
)
{\displaystyle S(U,\mathbf {X} )}
は完全な熱力学的関数の一つである事が知られている。したがって温度や圧力といった熱力学に関する状態量はいずれも
S
(
U
,
X
)
{\displaystyle S(U,\mathbf {X} )}
を用いて記述できる。
***単純系だけなのか、N_1の意味とか
本節ではまず
S
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle S(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
をU に関して解いた
U
=
U
(
S
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle U=U(S,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
を用いて温度や圧力といった状態量を記述し、次に
S
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle S(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
でこれらを表記する。なお、以下の事実が知られているので、S をU に関して解く事が可能である:
性質 ― 単純系のエントロピーを自然な変数で表示した
S
=
S
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle S=S(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
は任意の平衡状態
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle (U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
に対し、以下を満たす:
∂
S
∂
U
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
>
0
{\displaystyle {\partial S \over \partial U}(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )>0}
U
=
U
(
S
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle U=U(S,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
を用いると、系の温度T 、圧力P 、化学ポテンシャル
μ
i
{\displaystyle \mu _{i}}
は以下により求められる[ 注 41] 。こここで
N
=
(
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle N=(N_{1},N_{2},\ldots )}
である:
T
=
(
∂
U
∂
S
)
V
,
N
{\displaystyle T=\left({\partial U \over \partial S}\right)_{V,N}}
、
P
=
−
(
∂
U
∂
V
)
S
,
N
{\displaystyle P=-\left({\partial U \over \partial V}\right)_{S,N}}
、
μ
i
=
(
∂
U
∂
N
i
)
S
,
V
,
(
N
j
)
j
≠
i
{\displaystyle \mu _{i}=\left({\partial U \over \partial N_{i}}\right)_{S,V,(N_{j})_{j\neq i}}}
これは(全磁化を考慮しないケースに対する)U の全微分
d
U
=
∂
U
∂
S
d
S
+
∂
U
∂
V
d
V
+
∑
i
∂
U
∂
N
i
d
N
i
{\displaystyle \textstyle \mathrm {d} U={\tfrac {\partial U}{\partial S}}\mathrm {d} S+{\tfrac {\partial U}{\partial V}}\mathrm {d} V+\sum _{i}{\tfrac {\partial U}{\partial N_{i}}}\mathrm {d} N_{i}}
を使えば以下のように整理できる:
d
U
=
T
d
S
−
P
d
V
+
∑
i
μ
i
d
N
i
{\displaystyle \mathrm {d} U=T\mathrm {d} S-P\mathrm {d} V+\sum _{i}\mu _{i}\mathrm {d} N_{i}}
...(Eq. 1 )
**化学的仕事
S
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle S(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
は
U
(
S
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle U(S,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
と逆関数の関係にあった事を利用すると以下が成立する事も示せる:
1
T
=
(
∂
S
∂
U
)
V
,
N
{\displaystyle {1 \over T}=\left({\partial S \over \partial U}\right)_{V,N}}
、
P
T
=
−
(
∂
S
∂
V
)
U
,
N
{\displaystyle {P \over T}=-\left({\partial S \over \partial V}\right)_{U,N}}
、
μ
i
T
=
(
∂
S
∂
N
i
)
U
,
V
,
(
N
j
)
j
≠
i
{\displaystyle {\mu _{i} \over T}=\left({\partial S \over \partial N_{i}}\right)_{U,V,(N_{j})_{j\neq i}}}
これらは(Eq. 1 )を
d
S
{\displaystyle \mathrm {d} S}
について解いたものの
d
U
{\displaystyle \mathrm {d} U}
、
d
V
{\displaystyle \mathrm {d} V}
、
d
N
i
{\displaystyle \mathrm {d} N_{i}}
の係数に一致している。
なお、全磁化
M
=
(
M
x
,
M
y
,
M
z
)
{\displaystyle \mathbf {M} =(M_{x},M_{y},M_{z})}
が
S
{\displaystyle S}
の(したがって
U
{\displaystyle U}
の)変数にある場合、
α
=
x
,
y
,
z
{\displaystyle \alpha =x,y,z}
に対し、以下が成立する[ 注 42] :
H
α
=
(
∂
U
∂
M
α
)
S
,
V
,
N
,
(
M
β
)
β
≠
α
{\displaystyle H_{\alpha }=\left({\partial U \over \partial M_{\alpha }}\right)_{S,V,N,(M_{\beta })_{\beta \neq \alpha }}}
ここで
H
=
(
H
x
,
H
y
,
H
z
)
{\displaystyle \mathbf {H} =(H_{x},H_{y},H_{z})}
は磁場である。他の自然な変数と同様、以下も成立する:
H
α
T
=
(
∂
S
∂
M
α
)
U
,
V
,
N
,
(
M
β
)
β
≠
α
{\displaystyle {H_{\alpha } \over T}=\left({\partial S \over \partial M_{\alpha }}\right)_{U,V,N,(M_{\beta })_{\beta \neq \alpha }}}
S
(
U
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle S(U,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
や
U
(
S
,
V
,
N
1
,
N
2
,
…
)
{\displaystyle U(S,V,N_{1},N_{2},\ldots )}
をルジャンドル変換 する事により、自由エネルギー やエンタルピー といった他の完全な熱力学関数を求めることもできる。詳細は熱力学ポテンシャル の項目を参照されたい。
熱との関係
前述した微分形の関係式(Eq. 1 )より
U
=
∫
d
U
=
∫
T
d
S
−
∫
P
d
V
+
∫
∑
i
μ
i
d
N
i
{\displaystyle \textstyle U=\int \mathrm {d} U=\int T\mathrm {d} S-\int P\mathrm {d} V+\int \sum _{i}\mu _{i}\mathrm {d} N_{i}}
である。右辺第二項は圧力が外部に対して行った仕事であり、第三項も外部との物質のやり取りにより受け取った仕事と解釈できる[ 注 43] 。
この事実を内部エネルギーU 、熱量Q 、および仕事W の関係を示した熱力学の第一法則
d
U
=
d
′
Q
+
d
′
W
{\displaystyle \mathrm {d} U=\mathrm {d} 'Q+\mathrm {d} 'W}
と比較する事で、次の結論を得る:
d
′
Q
=
T
d
S
{\displaystyle \mathrm {d} 'Q=T\mathrm {d} S}
ここで「
d
′
{\displaystyle \mathrm {d} '}
」は不完全微分 を表す。
***上記は可逆過程の場合。不可逆過程であれば右辺のほうが大きい。金川p.309の注
d
′
Q
{\displaystyle \mathrm {d} 'Q}
は不完全微分であり、したがって熱量
Q
{\displaystyle Q}
は状態量ではなく、積分経路に依存するが、
d
′
Q
{\displaystyle \mathrm {d} 'Q}
を温度T で割った
d
S
=
d
′
Q
/
T
{\displaystyle dS=\mathrm {d} 'Q/T}
は完全微分であり、その積分は状態量であるエントロピーとなる。歴史的には
S
=
∫
d
′
Q
T
{\displaystyle \textstyle S=\int {\tfrac {d'Q}{T}}}
が状態量となる事からエントロピーの概念が発見された。
エントロピーの存在一意性
エリオット・リーブ とヤコブ・イングヴァソン は、エントロピーの基本的性質として以下の3つを挙げた:
そして彼らは各々の系Γ に対し、Γ における熱力学的な平衡状態全体の集合(状態空間 )に断熱的に遷移できるか否か で順序関係[ 注 46] を入れ、そこに熱現象に関する素朴な直観を反映した公理 を入れて次の事実を数学的に導いた:
上記の定理ではエントロピーの選び方には定数
c
Γ
,
d
Γ
{\displaystyle c_{\Gamma },d_{\Gamma }}
分の自由度があるが、実際の熱力学では後述する
∂
S
∂
U
=
1
T
{\displaystyle {\tfrac {\partial S}{\partial U}}={\tfrac {1}{T}}}
という関係式を用いて、内部エネルギーU の単位である「J 」と温度
T
{\displaystyle T}
の単位である「K 」から定数
c
Γ
{\displaystyle c_{\Gamma }}
を決める。一方
d
Γ
{\displaystyle d_{\Gamma }}
は、どの平衡状態A を
S
(
A
)
=
0
{\displaystyle S(A)=0}
とするかという基点の選び方の自由度であるが、絶対零度 でエントロピーが0 になるとする熱力学の第三法則 を要請する事により
d
Γ
{\displaystyle d_{\Gamma }}
を決める。
さらに次を示した:
定理 ― 単純系の場合、エントロピー
S
{\displaystyle S}
は連続微分可能である。
状態空間上でエントロピーをはじめとした熱力学的関数 が(エントロピーの自然な変数(後述)に対して)不連続であったりk 回微分可能でなかったりする箇所は物理的には相転移 が生じている事を意味している。上記の定理は単純系の場合エントロピーに関しては1階以下の微分に関する相転移は存在しない事を意味する。
これまで純粋に数学的な議論のみをしてきたが、以降は物理的な議論も含める。
熱力学の第二法則
熱エントロピーの説明用の図。
この節の
加筆 が望まれています。
(2025年3月 )
熱力学の第三法則
この節の
加筆 が望まれています。
(2025年3月 )
エントロピーのその他の導出
上ではリーブとイングヴァソンによる数学的な導出を見たが、より物理的な考察によりエントロピーを導出する手法として以下のものがある:
なお教科書によっては、
最初にエントロピーの存在と完全な熱力学関数 としてのエントロピーが満たすべき性質を認め、熱力学を出発させる
というスタイルで記述されているものもある。
以下のエントロピーの説明は、クラウジウスが1865年 の論文の中で行ったものを基にしている。クラウジウスは熱 を用いてエントロピーを定義した。この方法による説明は多くの文献で採用されている。
簡単な状況下での説明
熱機関(中央の円)。温度
T
H
{\displaystyle T_{H}}
の高熱源(右の四角)から熱量
Q
H
{\displaystyle Q_{H}}
を受け取り、低熱源(左の四角)温度
T
C
{\displaystyle T_{C}}
のに熱量
Q
C
{\displaystyle Q_{C}}
を渡す。
温度 T 1 の吸熱源から Q 1 の熱 を得て、温度 T 2 の排熱源に Q 2 の熱を捨てる熱機関 (サイクル)を考える。この熱機関が外部に行う仕事 はエネルギー保存則 から W = Q 1 − Q 2 であり、熱機関の熱効率 η は
η
=
W
Q
1
=
1
−
Q
2
Q
1
{\displaystyle \eta ={\frac {W}{Q_{1}}}=1-{\frac {Q_{2}}{Q_{1}}}}
で与えられる。
カルノーの定理 によれば、熱機関の熱効率には二つの熱源の温度によって決まる上限の存在が導かれ、その上限は
η
≤
η
m
a
x
=
1
−
T
2
T
1
{\displaystyle \eta \leq \eta _{\mathrm {max} }=1-{\frac {T_{2}}{T_{1}}}}
で表される[ 注 47] 。
これら2本の式を整理することで、
Q
1
T
1
≤
Q
2
T
2
{\displaystyle {\frac {Q_{1}}{T_{1}}}\leq {\frac {Q_{2}}{T_{2}}}}
(*
)
が成立することが分かる。
可逆な熱機関の熱効率は η max と等しく、このため可逆な熱機関では(*) 式 は等号
Q
1
T
1
=
Q
2
T
2
{\displaystyle {\frac {Q_{1}}{T_{1}}}={\frac {Q_{2}}{T_{2}}}}
(†
)
が成り立つ。すなわち、可逆な過程で高熱源に接している状態から低熱源に接している状態に変化させたとしても Q /T という量は不変となる。クラウジウスはこの不変量をエントロピー と呼んだ。
可逆でない熱機関は熱効率が η max よりも悪いことが知られており、このため可逆でない熱機関では(*) 式 は等号ではなく不等式
Q
1
T
1
<
Q
2
T
2
{\displaystyle {\frac {Q_{1}}{T_{1}}}<{\frac {Q_{2}}{T_{2}}}}
が成り立つ。すなわち、可逆でない過程で高熱源で熱を得た後、低熱源でその熱を捨てるとエントロピーは増大する(エントロピー増大則 )。
一般の場合
上では話を簡単にするため、高熱源と低熱源の2つしか熱源がない場合を考えたが、より一般にn 個の熱源がある状況を考えると(*) 式 は
∑
i
=
1
n
Q
i
T
i
≤
0
{\displaystyle \sum _{i=1}^{n}{\frac {Q_{i}}{T_{i}}}\leq 0}
となる(クラウジウスの不等式 )。ただし上の不等式では(*) 式 と違いQi は全て温度Ti の熱源から得る 熱であり、熱を捨てる場合は負の値としている。
可逆なサイクルでは等号
∑
i
=
1
n
Q
i
T
i
=
0
{\displaystyle \sum _{i=1}^{n}{\frac {Q_{i}}{T_{i}}}=0}
が成り立ち、この式でn →∞ とすると、
∮
d
′
Q
T
=
0
{\displaystyle \oint {\frac {d'Q}{T}}=0}
となる[ 注 48] 。状態A から状態B へと移る任意の可逆過程C ,C' を考え、−C をC の逆過程とする。このとき、C' と−C を連結させた過程C' −C は可逆なサイクルとなり
∮
C
′
−
C
d
′
Q
T
=
∫
C
′
d
′
Q
T
+
∫
−
C
d
′
Q
T
=
∫
C
′
d
′
Q
T
−
∫
C
d
′
Q
T
=
0
{\displaystyle \oint _{C'-C}{\frac {d'Q}{T}}=\int _{C'}{\frac {d'Q}{T}}+\int _{-C}{\frac {d'Q}{T}}=\int _{C'}{\frac {d'Q}{T}}-\int _{C}{\frac {d'Q}{T}}=0}
∫
C
′
d
′
Q
T
=
∫
C
d
′
Q
T
{\displaystyle \int _{C'}{\frac {d'Q}{T}}=\int _{C}{\frac {d'Q}{T}}}
(**
)
が成り立つ。つまり、この積分の値は始状態と終状態が同じならば可逆過程の選び方によらない。
そこで、適当に基準となる状態O と、そのときの基準値S 0 を決めると、状態A におけるエントロピー S (A) を
S
(
A
)
=
S
0
+
∫
Γ
(
A
)
d
′
Q
T
{\displaystyle S({\text{A}})=S_{0}+\int _{\Gamma ({\text{A}})}{\frac {d'Q}{T}}}
と定義することができる。ここでΓ(A) は基準状態O から状態A へと変化する可逆な 過程である。(**) 式 からエントロピーの定義は可逆過程Γ(A) の選び方によらない。
基準状態O から状態A へと移る可逆過程Γ(A) と、状態A から状態B へと移るある可逆過程C を連結させた過程Γ(A)+C は基準状態O から状態B へと移る可逆過程である。したがって、
∫
Γ
(
A
)
d
′
Q
T
+
∫
C
d
′
Q
T
=
∫
Γ
(
A
)
+
C
d
′
Q
T
=
∫
Γ
(
B
)
d
′
Q
T
{\displaystyle \int _{\Gamma ({\text{A}})}{\frac {d'Q}{T}}+\int _{C}{\frac {d'Q}{T}}=\int _{\Gamma (A)+C}{\frac {d'Q}{T}}=\int _{\Gamma ({\text{B}})}{\frac {d'Q}{T}}}
あるいは
Δ
S
=
S
(
B
)
−
S
(
A
)
=
∫
C
d
′
Q
T
{\displaystyle \Delta S=S({\text{B}})-S({\text{A}})=\int _{C}{\frac {d'Q}{T}}}
となる。
エントロピー増大則
状態A から状態B へと移る任意の過程X と、同じく状態A から状態B へと移る可逆過程C を考え、−C をC の逆過程とする。このときX と−C を連結させた過程X −C はサイクルとなる。
このサイクルについて、導出 と同様にクラウジウスの不等式から
∮
X
−
C
d
′
Q
T
ex
=
∫
X
d
′
Q
T
ex
+
∫
−
C
d
′
Q
T
ex
=
∫
X
d
′
Q
T
ex
−
∫
C
d
′
Q
T
ex
≤
0
{\displaystyle \oint _{X-C}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}=\int _{X}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}+\int _{-C}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}=\int _{X}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}-\int _{C}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}\leq 0}
∫
X
d
′
Q
T
ex
≤
∫
C
d
′
Q
T
ex
{\displaystyle \int _{X}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}\leq \int _{C}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}}
が導かれる。ここでT ex は熱源の温度であり、一般には系の温度T とは一致しない。しかし、可逆過程C の間においては、系は常に平衡状態にあるとみなされるから、熱源の温度T ex は系の温度T に一致する。したがって
∫
X
d
′
Q
T
ex
≤
∫
C
d
′
Q
T
=
Δ
S
{\displaystyle \int _{X}{\frac {d'Q}{T_{\text{ex}}}}\leq \int _{C}{\frac {d'Q}{T}}=\Delta S}
となる。
特に断熱系(外から仕事が加えられても良い)においてはd' Q = 0 なので、
Δ
S
≥
0
{\displaystyle \Delta S\geq 0}
という結果が得られる。これがエントロピー増大則 である。熱力学第二法則 と同値なクラウジウスの不等式からこれが求められたことにより、熱力学第一法則 がエネルギー保存則 と対応するのになぞらえて熱力学第二法則とエントロピー増大則を対応させることもある。なお、この導出から明らかなように、熱の出入りがある系ではエントロピーが減少することも当然起こり得る。
エントロピーが増加するために、熱エネルギーのすべてを他のエネルギーに変換することはできない。したがって、熱エネルギーは低品質のエネルギーとも呼ばれる。
温度による表示
エントロピーを完全な熱力学関数として用いる場合の系の平衡状態を表す変数は内部エネルギーと体積などの示量性変数である。しかし、温度は測定が容易なため、系の平衡状態を表す変数として温度を選ぶ場合がある。
閉鎖系で物質量の変化を考えない場合に、温度 T と体積 V の関数としてのエントロピー S (T ,V ) の温度 T による偏微分は
(
∂
S
∂
T
)
V
=
1
T
(
∂
U
∂
T
)
V
=
C
V
(
T
,
V
)
T
{\displaystyle \left({\frac {\partial S}{\partial T}}\right)_{V}={\frac {1}{T}}\left({\frac {\partial U}{\partial T}}\right)_{V}={\frac {C_{V}(T,V)}{T}}}
で与えられる。ここで CV 定積熱容量 である。
また、エントロピー S (T ,V ) の体積 V による偏微分はMaxwellの関係式より
(
∂
S
∂
V
)
T
=
(
∂
p
∂
T
)
V
{\displaystyle \left({\frac {\partial S}{\partial V}}\right)_{T}=\left({\frac {\partial p}{\partial T}}\right)_{V}}
で与えられる。これは熱膨張係数 α と等温圧縮率 κT で表せば
(
∂
S
∂
V
)
T
=
α
κ
T
{\displaystyle \left({\frac {\partial S}{\partial V}}\right)_{T}={\frac {\alpha }{\kappa _{T}}}}
となる。
従って、T -V 表示によるエントロピーの全微分は
d
S
=
C
V
T
d
T
+
(
∂
p
∂
T
)
V
d
V
=
C
V
T
d
T
+
α
κ
T
d
V
{\displaystyle {\begin{aligned}dS&={\frac {C_{V}}{T}}\,dT+\left({\frac {\partial p}{\partial T}}\right)_{V}dV\\&={\frac {C_{V}}{T}}\,dT+{\frac {\alpha }{\kappa _{T}}}\,dV\\\end{aligned}}}
となる。
さらに体積に変えて圧力 p を変数に用いれば、体積 V (T ,p ) の全微分が
d
V
=
V
(
α
d
T
−
κ
T
d
p
)
{\displaystyle dV=V(\alpha \,dT-\kappa _{T}dp)}
であることを用いれば、T -p 表示によるエントロピーの全微分は
d
S
=
C
p
T
d
T
−
V
α
d
p
{\displaystyle dS={\frac {C_{p}}{T}}\,dT-V\alpha \,dp}
となる。
気体のエントロピー
低圧領域において実在気体 の状態方程式をビリアル展開
V
m
(
T
,
p
)
=
R
T
p
+
B
V
(
T
)
+
O
(
p
1
)
{\displaystyle V_{\text{m}}(T,p)={\frac {RT}{p}}+B_{V}(T)+O(p^{1})}
の形で書くと、モルエントロピー S m の圧力による偏微分は、マクスウェルの関係式 より
(
∂
S
m
∂
p
)
T
=
−
(
∂
V
m
∂
T
)
p
=
−
R
p
−
d
B
V
d
T
+
O
(
p
1
)
{\displaystyle \left({\frac {\partial S_{\text{m}}}{\partial p}}\right)_{T}=-\left({\frac {\partial V_{\text{m}}}{\partial T}}\right)_{p}=-{\frac {R}{p}}-{\frac {dB_{V}}{dT}}+O(p^{1})}
となる。従って、低圧領域においてモルエントロピーは
S
m
(
T
,
p
)
=
S
m
∘
(
T
)
−
R
ln
p
p
∘
−
p
d
B
V
d
T
+
O
(
p
2
)
{\displaystyle S_{\text{m}}(T,p)=S_{\text{m}}^{\circ }(T)-R\ln {\frac {p}{p^{\circ }}}-p\,{\frac {dB_{V}}{dT}}+O(p^{2})}
で表される。ここで
S
m
∘
(
T
)
=
lim
p
→
0
{
S
m
(
T
,
p
)
+
R
ln
p
p
∘
}
{\displaystyle S_{\text{m}}^{\circ }(T)=\lim _{p\to 0}\left\{S_{\text{m}}(T,p)+R\ln {\frac {p}{p^{\circ }}}\right\}}
で定義される S °m (T ) は、温度 T における標準モルエントロピー であり、この実在気体が理想気体の状態方程式に従うと仮定した時の、圧力 p °におけるモルエントロピーに相当する。
脚注
出典
注釈
^ それに対し、(清水明 2021a )は第0法則を要請していないが、代わりに平衡状態にある系の部分系も平衡状態にあるという趣旨の要請をしている。
^ 外場や外場以外が原因となる不均一性は許容する。例えば固相と液相が共存するなど。
^ 「完全な壁」という名称は(清水明 2021a , pp. 28–29)によるが、同書の同ページによると必ずしも一般的な名称ではない。
^ ここでは(Lieb & Yngvason1999 , p. 14)に従い系とその状態空間を同一の記号で書いたが(Higa 2010 , p. 4)のように系Γ の状態空間を
S
t
(
Γ
)
{\displaystyle \mathrm {St} (\Gamma )}
と表記する文献もある。
^ 磁場がかかっていない場合は全磁化は定数なので自然な変数に入れなくても問題は生じない。
^ 相が複数ある場合は、各相ごとにこれらの物理量を並べたもので記述
^ 「部分集合」なのは上述したU 、V 、N がいずれも正の値しか取れないため。また後述する内部束縛があれば、さらに小さな部分集合となる。
^
上記の通り、
Γ
1
×
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{1}\times \Gamma _{2}}
のうち物理的に取りうる平衡状態は条件
C
{\displaystyle C}
、
C
′
{\displaystyle C'}
を両方満たす
Λ
{\displaystyle \Lambda }
の元のみなので、
Γ
1
×
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{1}\times \Gamma _{2}}
の元で
Λ
{\displaystyle \Lambda }
に属さないものは物理的には実現されない「仮想的な平衡状態」に過ぎない。そこで(清水明 2021a , p. 66-67)では、そのような元を局所平衡状態 (英 : local equilibrium state )と呼んで通常の平衡状態と区別している。
「局所平衡状態」と呼ぶのは、左側の系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、右側の系
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
に制限して考えればそれぞれは平衡状態なのに全体では平衡状態にはなっていないからである。
^ ここで挙げた「過程」の定義は(金川哲也 2021 , p. 30)を参考にしたが、「過程」(英 : process )、「操作」(英 : operation )、「変化」(英 : change )といった単語の関係性は書籍によって異なる。例えば(金川哲也 2021 , p. 30)は「過程」と「変化」を使い分けているが、「書物によっては同義とみなす」としている。また(田崎晴明 2000 , p. 36)では他の書籍では「準静的過程」と呼ぶところを「準静的操作」と呼んでいる。
^ ここでは(清水明 2021a , pp. 126)、(田崎晴明 2000 , pp. 36)の定義を採用したが、書籍によって定義が異なっており、(清水明 2021a , pp. 150)によれば可逆過程の事を準静的過程と呼んでいる書籍もある。
^ 実用的には有効数字の範囲内で誤差が起きない程度にゆっくり動かせば良く、そのために系が平衡に達する時間に比べて十分ゆっくり動かす。
この際「どの」系が平衡に達する時間に比べてじゅうぶんゆっくりなのかに応じて準静的過程の定義が変わる事に注意されたい。議論の対象になっている系(着目系)が平衡に達する時間なのか、その部分系のみが平衡に達する時間なのか、それとも外部系も平衡に達する時間なのかによって定義が変わる。
なお、準静的過程の定義として、これらのうちどれを採用するのかは書籍によって異なる。
^ たとえば仕事と熱量はそれぞれ
−
∫
γ
P
d
V
{\displaystyle \textstyle -\int _{\gamma }P\mathrm {d} V}
、
∫
γ
T
d
S
{\displaystyle \textstyle \int _{\gamma }T\mathrm {d} S}
と定式化されるが、これらの物理量がこのように書けるのは準静的過程のみである。
^ 教科書によっては「
d
−
−
B
{\displaystyle d\!\!\!{}^{-\!\!-}B}
」、「
δ
B
{\displaystyle \delta B}
」と表記するものもある。
^ 前述 のようにこのように定式化できるのは準静的過程の場合のみ。
^ 定義に関する注釈は以下の通り:
記法は(Lieb & Yngvason1999 , p. 18)に倣った。
ここでは(清水明 2021a , pp. 27)と(Lieb & Yngvason1999 , p. 18)にしたがって「任意の系」および「任意の平衡状態」としたが、(田崎晴明 2000 , p. 24)では平衡状態に関して明確な記述はない。
(清水明 2021a , pp. 27)ではより一般に3つ以上の分割も考えているが、2つの分割に対する定義から3つ以上の分割も認める定義が容易に導けるので、定義は同値である。
2つの系
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
を並べて
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
を作るとき、
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
と
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
の間に壁を挟むかどうかは文献により異なる。
(田崎晴明 2000 , p. 24)は
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
を並べたあと
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
と
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
の間の壁を取り去る事を想定している。
(Lieb & Yngvason1999 , p. 18)では壁を取り去らないが、完全な壁とは限らない任意の壁を想定している(ので物質や熱などすべてを通す壁もあり得る)ため、(田崎晴明 2000 , p. 24)よりも一般的な状況を想定している。
(清水明 2021a , pp. 27)では逆に
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
からスタートし、
Γ
0
{\displaystyle \Gamma _{0}}
を
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
と
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
に「仮想的に分割」したものとしている。
^ 「tA 」という記号だが、これはベクトルとしてt 倍する、という意味ではない。「tA 」がベクトルとしてのt 倍と一致するか否かは、状態空間の座標系により、TVN 表示している場合は
A
=
(
T
,
V
,
N
,
…
)
{\displaystyle A=(T,V,N,\ldots )}
とすると
t
A
=
(
T
,
t
V
,
t
N
,
…
)
{\displaystyle tA=(T,tV,tN,\ldots )}
となり、ベクトルとしてのt 倍とは一致しない。これは温度T が後述する示強変数だからである。UVN 表示やSVN 表示のように全ての変数が示量変数である座標系では「tA 」はベクトルとしてのt 倍と一致する。
なお、(田崎晴明 2000 , p. 32)では示強変数と資料変数の違いを明確化するため、
(
T
;
V
,
N
,
…
)
{\displaystyle (T;V,N,\ldots )}
のようにセミコロンで区切った表記にしている。
^
(清水明 2021a , pp. 27)における示量変数の定義はここであげたものとは異なり、Γ の各(マクロに見て均一な)部分系でD の値がその部分系の体積V に比例する事をもって示量変数の定義としている。(清水明 2021a , pp. 27)の意味で示量変数であれば
D
(
t
A
)
:
D
(
A
)
=
V
(
t
A
)
:
V
(
A
)
{\displaystyle D(tA):D(A)=V(tA):V(A)}
であるが、体積は(本項の意味での)示量変数の定義
V
(
t
A
)
=
t
V
(
A
)
{\displaystyle V(tA)=tV(A)}
を満たすので、これはD が本項の意味での示量変数の定義
D
(
t
A
)
=
t
D
(
A
)
{\displaystyle D(tA)=tD(A)}
を満たす事を意味する。
^ 実際、
B
=
1
m
A
{\displaystyle B={1 \over m}A}
とし、B をn 個並べた状態
n
B
{\displaystyle nB}
を考えると、D の相加性から
D
(
n
B
)
=
D
(
(
n
−
1
)
B
,
B
)
=
D
(
(
n
−
1
)
B
)
+
D
(
B
)
=
⋯
=
n
D
(
B
)
{\displaystyle D(nB)=D((n-1)B,B)=D((n-1)B)+D(B)=\cdots =nD(B)}
。同様の議論により
D
(
A
)
=
D
(
m
⋅
1
m
A
)
=
m
D
(
1
m
A
)
{\displaystyle \textstyle D(A)=D(m\cdot {1 \over m}A)=mD({1 \over m}A)}
なので
D
(
1
m
A
)
=
1
m
D
(
A
)
{\displaystyle \textstyle D({1 \over m}A)={1 \over m}D(A)}
。よって
D
(
n
m
A
)
=
n
D
(
1
m
A
)
=
n
m
D
(
A
)
{\displaystyle \textstyle D({n \over m}A)=nD({1 \over m}A)={n \over m}D(A)}
。
なお、(Lieb & Yngvason1999 )ではD がエントロピーS の場合に対し、S の連続性を仮定せず、むしろ示量性からS の連続性を示している。
^ (清水明 2021a , pp. 28)では「どの部分系においても体積に依らず同じ値を持つ」状態量を示強変数と呼んでいる。この意味での示強変数が本項の意味での示強変数を含意する事の証明は、示量変数の場合と同様なので省略する。
^ 外場がある場合は
Δ
U
{\displaystyle \Delta U}
は内部エネルギーの差に一致するとは限らない。例えば重力場を考慮しなければならない状況として、上下に壁で仕切られた容器の上半分のみに気体を入れ、その後壁を取り去る実験を考える。すると容器を外部から絶縁しておけば
Δ
U
=
0
{\displaystyle \Delta U=0}
であるので系の全エネルギーは保存するが、系の全エネルギーは系の全体の位置エネルギーE 全体位置 と内部エネルギーE 内部 をあわせた
E 全体位置 +E 内部
であり、E 内部 ではないため、壁を取り去る前後でのE 内部 の差ΔE 内部 は
Δ
U
=
0
{\displaystyle \Delta U=0}
とは一致しない。
そこで(清水明 2021a )では「内部エネルギー」という用語を用いるのを避け、E 全体位置 +E 内部 の事を「熱力学の対象とするエネルギー」と呼んでこの値に
U
{\displaystyle U}
という文字を用いている。
ただし外場がない状況など、E 全体位置 が変化しない実験のみを考えるのであれば、E 全体位置 は定数なので無視してE 内部 を「熱力学の対象とするエネルギー」
U
{\displaystyle U}
としてもよいとしている。
本項では主に外場がない状況を考えるので、他の教科書と同様「内部エネルギー」という言葉を用いるが、外場を考える場合は
U
{\displaystyle U}
を上述の意味に読み替える必要がある。
^ (清水明 2021a , pp. 117–120)では力学的仕事に限定しているが、(清水明 2021a , pp. 151–152)で化学的仕事をも含めた形に話を拡張しているので、ここでは単に「仕事」とした。
^ 熱力学の第一法則の解釈は何を議論のスタートラインと置くかで異なり、ここでは(清水明 2021a , pp. 117–120)や(キャレン 1998 , p. 26)と同じく第一法則はU とW から熱Q を定義する定義式であるという解釈を取った。(なお、(キャレン 1998 , p. 26)は第一法則を微分形で与えているので準静的過程の場合のみ)。
一方(田崎晴明 2000 , p. 59,71)は(「断熱」という言葉を無定義に使ったうえで)「断熱過程で系が外部に対して行う仕事量は、仕事の具体的な方法に依存しない」という趣旨の事を「第一法則」と呼び、これがエネルギー保存則であるという解釈をしたうえで、断熱とは限らない状況下で
Q
=
Δ
U
−
W
{\displaystyle Q=\Delta U-W}
により熱を定義する。
また(田崎晴明 2000 , p. 65-66)によれば、本節で述べたような第一法則に関する議論ではマクロな系を構成するミクロな粒子がニュートン力学(ないし量子力学)の基礎方程式に従う事を前提としているが、歴史的にはむしろ逆で、第一法則が成立している事により、ミクロな粒子がこれらの基礎方程式に従うという(直接的には検証できない)信念が得られたのだとしている。
^ 符号の規約は書籍によって異なり、我々は(キャレン 1998 , p. 25)に従ったが(金川哲也 2021 , p. 35-36)では仕事の符号に関して我々と反対の規約を採用している。
^ (キャレン 1998 , p. 26)は準静的過程である事を強調してこの場合の熱を準静的熱 と呼んでいる。
^ 物理的な系の熱力学的な状態に実数を対応させる関数として定式化される物理量の事。
^ ここでは(田崎晴明 2000 , pp. 101–102)に従って単に「断熱」としたが、暗黙の前提として「断物」も仮定しているものと思われる。実際エントロピー原理から従うエントロピー増大則に対し、(清水明 2021a , p. 177)では断物も仮定している。以下、特に断りがなければ、本節の記述は断物も仮定しているものとする。
^ a b 厳密にはエントロピー原理が成り立つには下記の仮定(Comparison Hypothesis, 直訳:比較仮定)を置く必要がある,:任意の平衡状態A 、B に対し、
A
≺
B
{\displaystyle A\prec B}
、
B
≺
A
{\displaystyle B\prec A}
の少なくとも1つが成立する。ここで「
A
≺
B
{\displaystyle A\prec B}
」はA からB に断熱的に遷移可能である事を意味する。
^ a b 「エントロピー原理」という名称は(田崎晴明 2000 , pp. 101–102)により、(Lieb & Yngvason1999 , p. 18)はこの原理の事をエントロピーの単調性 (英 : monotonisity )と呼んでいる。
^ (田崎晴明 2000 , p. 95)では暗黙の前提として、内部制約が課せられていない状態空間を考えている。実際例えば
Γ
⊂
R
n
{\displaystyle \Gamma \subset \mathbb {R} ^{n}}
が内部制約で
Γ
=
Γ
1
⊔
Γ
2
{\displaystyle \Gamma =\Gamma _{1}\sqcup \Gamma _{2}}
と2つの部分領域
Γ
1
{\displaystyle \Gamma _{1}}
、
Γ
2
{\displaystyle \Gamma _{2}}
に分断されていれば、そもそも状態空間内で
A
∈
Γ
1
{\displaystyle A\in \Gamma _{1}}
から
B
∈
Γ
2
{\displaystyle B\in \Gamma _{2}}
に遷移する方法がないので、「A からB に準静的な断熱過程で遷移できる」は成立しない。
^ 前節同様、暗に断物も仮定している。実際(清水明 2021a , p. 177)には「断熱かつ断物」と明記されている。
^ 後述するようにエントロピーは内部エネルギーに対して単調増加であるので、系の内部エネルギーを外部から吸熱して減らせばエントロピーが減る。
^ わかりやすさのために内部束縛
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
を明示したが、本項では
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
を満たすものだけを状態空間の元とみなしていたので、単に
max
{
S
(
A
)
|
A
∈
Γ
}
{\displaystyle \max\{S(A)|A\in \Gamma \}}
と書いても同じである。
^
上記の性質において関数
∑
i
S
(
A
i
)
{\displaystyle \textstyle \sum _{i}S(A_{i})}
は数学的には
Γ
1
×
⋯
×
Γ
k
{\displaystyle \Gamma _{1}\times \cdots \times \Gamma _{k}}
上で定義可能であるが、
Λ
=
{
(
A
1
,
…
,
A
k
)
∈
Γ
1
×
⋯
×
Γ
k
∣
(
A
1
,
…
,
A
k
)
{\displaystyle \Lambda =\{(A_{1},\ldots ,A_{k})\in \Gamma _{1}\times \cdots \times \Gamma _{k}\mid (A_{1},\ldots ,A_{k})}
は
C
1
,
C
2
,
…
,
C
m
{\displaystyle C_{1},C_{2},\ldots ,C_{m}}
をすべて満たす
}
{\displaystyle \}}
が実際に物理的に取れる状態空間である。よって物理的議論の際には関数
S
(
A
1
,
…
,
A
k
)
=
∑
i
S
(
A
i
)
{\displaystyle S(A_{1},\ldots ,A_{k})=\textstyle \sum _{i}S(A_{i})}
を
Λ
{\displaystyle \Lambda }
上に制限した制限写像
S
|
Λ
:
Λ
→
R
{\displaystyle S|_{\Lambda }~:~\Lambda \to \mathbb {R} }
を考える事になる。(清水明 2021a , p. 66-67)では
Λ
{\displaystyle \Lambda }
に制限する前の
S
(
⋅
,
⋅
)
{\displaystyle S(\cdot ,\cdot )}
を局所平衡エントロピー と呼んで通常のエントロピーと区別している。
^ [ 注 27] で述べたように、厳密にはComparison Hypothesisが成立するときのみこの事実が言える。
^ (清水明 2021a , pp. 47–48)のみ「示量変数」ではなく「相加変数」となっているが熱力学では示量変数と相加変数を区別する必要がないので、ここでは「示量変数」とした。
^ 磁場がかかっていない場合は全磁化は定数なので自然な変数に入れなくても問題は生じない。
^ 微分可能であり、かつ微分が連続であるという事。「
C
1
{\displaystyle C^{1}}
級の関数」とも。
^ 厳密に言うと、状態空間をΓ とするとき、2つの平衡状態
A
,
B
∈
Γ
⊂
R
n
{\displaystyle A,B\in \Gamma \subset \mathbb {R} ^{n}}
に対し、
t
A
+
(
1
−
t
)
B
{\displaystyle tA+(1-t)B}
が状態空間
Γ
⊂
R
n
{\displaystyle \Gamma \subset \mathbb {R} ^{n}}
に属しているという保証がない。そこでリーブとイングヴァソンはこの値が必ずΓ に属しているという仮定(すなわちΓ が
R
n
{\displaystyle \mathbb {R} ^{n}}
の凸部分集合 であるという仮定)を状態空間においている。
なお、通常の熱力学では状態空間が正の値の集合
{
(
x
1
,
…
,
x
n
)
∈
R
n
∣
∀
i
:
x
i
>
0
}
{\displaystyle \{(x_{1},\ldots ,x_{n})\in \mathbb {R} ^{n}\mid \forall i~:~x_{i}>0\}}
の場合を扱うので、この仮定は自動的に満たされる。
^ 壁を外したときに
t
A
1
+
(
1
−
t
)
A
2
{\displaystyle tA_{1}+(1-t)A_{2}}
が平衡状態に達する、という事実をしめすのにエントロピーが自然な変数で表示されている(ので示量変数である)という事実を利用している。実際自然な変数以外、例えば温度で表示されている場合は壁を外したときの温度は
t
T
1
+
(
1
−
t
)
T
2
{\displaystyle tT_{1}+(1-t)T_{2}}
になるとは限らない。これは温度が示強変数であるためである。
^
S
(
U
,
V
)
{\displaystyle S(U,V)}
が上に凸であっても、例えば
U
=
sin
V
{\displaystyle U=\sin V}
という束縛条件を課した
f
(
U
)
=
S
(
U
,
sin
U
)
{\displaystyle f(U)=S(U,\sin U)}
は凸であるとは限らない。もちろんこれはあくまで数学的な話であり、物理的に意味のある束縛条件ではない。
^ ここで記号
(
∂
A
∂
B
)
C
,
D
{\displaystyle \left({\partial A \over \partial B}\right)_{C,D}}
は「物理量
A
{\displaystyle A}
を
A
=
A
(
B
,
C
,
D
)
{\displaystyle A=A(B,C,D)}
と変数
(
B
,
C
,
D
)
{\displaystyle (B,C,D)}
で書き表したときの(
C
{\displaystyle C}
、
D
{\displaystyle D}
を固定した状況における)
B
{\displaystyle B}
による
A
{\displaystyle A}
の偏微分」の意味である。前述のように平衡状態をどの状態量で記述するかには任意性があるので、
(
B
,
C
,
D
)
{\displaystyle (B,C,D)}
で記述している事を強調してこのように表記する。
^
U
{\displaystyle U}
を
S
{\displaystyle S}
に関してルジャンドル変換したヘルムホルツの自由エネルギー
F
{\displaystyle F}
は
H
α
=
∂
F
∂
M
α
{\displaystyle H_{\alpha }={\partial F \over \partial M_{\alpha }}}
を満たし、変換した変数以外の変数に対しては、ルジャンドル変換で偏微分は変わらないため。
^ より一般に
S
=
S
(
U
,
X
1
,
X
2
,
…
)
{\displaystyle S=S(U,X_{1},X_{2},\ldots )}
のとき、
∫
∂
U
∂
X
i
d
X
i
{\displaystyle \int {\tfrac {\partial U}{\partial X_{i}}}dX_{i}}
も仕事だと解釈できるので、全磁化を考える場合も結論である
d
′
Q
=
T
d
S
{\displaystyle \mathrm {d} 'Q=T\mathrm {d} S}
は変わらない。
^ 記号「
S
(
A
|
B
)
{\displaystyle S(A|B)}
」は(田崎晴明 2000 , pp. 114)によった。(Lieb & Yngvason1999 , p. 18)では「
S
(
A
,
B
)
{\displaystyle S(A,B)}
」。
^ 示量性は任意の実数
t
>
0
{\displaystyle t>0}
に対して
S
(
t
A
)
=
t
S
(
A
)
{\displaystyle S(tA)=tS(A)}
を成立する事を要請している点が重要である。
S
(
A
,
A
)
=
2
S
(
A
)
{\displaystyle S(A,A)=2S(A)}
な事(を公理から示せる事)を利用する事で、加法性から任意の有理数
t
>
0
{\displaystyle t>0}
に対して
S
(
t
A
)
=
t
S
(
A
)
{\displaystyle S(tA)=tS(A)}
が容易に成立する事が従うが、S は連続だと仮定していないので有理数ではない実数に対して
S
(
t
A
)
=
t
S
(
A
)
{\displaystyle S(tA)=tS(A)}
となる事は加法性からは従わない。むしろ(Lieb & Yngvason1999 )では示量性からS の連続性を示している。
^ 歪対称性を満たさないので正確には前順序 (英語版 ) 。
^ カルノーの定理においては一般には熱効率の上限は η max = f (T 1 , T 2 ) の形で証明されている。この表式が成り立つように、熱力学温度 (絶対温度 )T を定義する。たとえば、セルシウス度 やファーレンハイト度 を使った場合には、熱効率の式はやや複雑な形になる。
^ d' は状態量でない量の微小量ないし微小変化量を表す。文献によってしばしば同様の意味でδ が用いられる。
参考文献
論文
書籍
関連項目
外部リンク