同時履行の抗弁権
同時履行の抗弁権(どうじりこうのこうべんけん)とは、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができるとする権利(抗弁権)(民法第533条)。双務契約には、当事者の公平を図るという観点から、一方の債務の履行と他方の債務の履行は互いに同時履行の関係に立つという履行上の牽連関係(けんれんかんけい)が認められるという点に根拠をもつ。
概説売買契約の売主と買主のように双務契約では当事者が相互に依存する債務を負担しているが、いずれが先に履行すべきか約定がない場合がある[1]。このような場合に相手方から履行の請求を受けても、相手方が債務を履行するまでは、自己の債務の履行を拒絶できる権利(履行拒絶権)が同時履行の抗弁権である[1]。同時履行の抗弁権に基いて履行を拒絶している場合には履行遅滞の責任も生じない[1]。 同時履行の抗弁権は当事者間の衡平や取引の簡易・迅速な処理などを考慮した制度で、双方の両債務の履行上の牽連関係に基づく[1]。 同時履行の抗弁権と類似の機能を持つ権利に留置権がある[2]。物に関する債権の場合には、留置権の要件も満たせば、いずれでも主張できるが、留置権と異なり、同時履行の抗弁権には第三者への対抗力、不可分性、競売の申立権、代担保の提供による消滅請求はない。 同時履行の抗弁権の要件同時履行の抗弁権が成立するには以下の要件が必要となる(533条)。
同時履行の抗弁権が認められる場合判例で同時履行の抗弁権が成立するとされる法律関係には以下のような場合がある。
同時履行の抗弁権が認められない場合判例で同時履行の抗弁権の成立が否定される法律関係には以下のような場合がある。
不安の抗弁の問題同時履行の抗弁権の要件として、双方の債務が弁済期にあることが必要であるが、契約上の一方当事者の弁済期が先に到来する場合に、相手方の資産の状態が著しく悪くなるなど履行が不確実な状況にある場合にも公平の観点から履行の抗弁を認めるべきかが問題となる。これが不安の抗弁の問題であり、多くの学説は先に履行する義務を負担させることが信義誠実の原則に反することになるような場合には不安の抗弁権が認められるべきとする。 なお、当事者の一方に先に履行する義務がある場合でも、その相手方に破産手続開始決定があったときは期限の利益を失うので(137条1号)、先履行義務者は履行拒絶権を行使できるとされている[2]。 同時履行の抗弁権の効果存在効同時履行の抗弁権は履行遅滞の違法性阻却事由に当たるとされている。 同時履行の抗弁権は当事者間の衡平等に基づくため、債務者が履行遅滞責任を免れるのは、抗弁権の行使があった時からではなく債務者が通常なら履行遅滞に陥るべき時からである[1]。また、同時履行の抗弁権が存在していれば相手方からの相殺は妨げられる(505条1項但書)。これを同時履行の抗弁権の存在効という。 訴訟の際に、相手の履行遅滞を主張して解除等を求める者は、主張から相手方の同時履行の抗弁権が見えている場合には、相手方の同時履行の抗弁権の不存在を主張しなければ、主張自体失当とするのが判例である。 行使効自己の債務の履行を提供しない当事者が相手方に履行請求訴訟を提起し、相手方が抗弁として同時履行の抗弁権を主張した場合、原告敗訴になるのではなく引換給付判決がなされる(大審院明治44年12月11日判決民録17輯772頁)[2]。このように、権利抗弁として主張し、引換給付判決の出る効果を同時履行の抗弁権の行使効という。ただし、原告の債務の履行期が未到来の場合や、被告が予め履行拒絶の意思を明確にしていた場合には同時履行の抗弁権は認められない[2]。 この引換給付判決を執行するときは、債権者の側が反対給付の履行又は履行の提供があったことを証明しなければ、執行を開始することができない(民事執行法第31条1項)。また、意思表示をすべきことを債務者に命ずる引換給付の判決は、債権者が反対給付又はその提供のあったことを証する文書を提出しなければ、執行文が付与されない(174条2項)。 留置権との違い同時履行の抗弁権に類似するものに留置権がある。留置権も同時履行の抗弁権と同様に公平を図るという原理に基づき、履行拒絶の権利を持つ。したがって、同じ場面で同時履行の抗弁権と留置権のどちらも主張し得る場合もある(その場合はいずれを主張しても同じ引換給付判決が得られる)。しかし、同時履行の抗弁権は債権法において認められる権利であるのに対し、留置権は物権法において認められる権利であり、両者ではその取扱いが異なる点も多い。以下に主要な相違点を挙げる。
出典 |
Portal di Ensiklopedia Dunia