宝谷 紘一 (ほうたに ひろかず、1940年 8月15日 - 2019年 7月21日 )は、日本 の生物物理学 者。名古屋大学 名誉教授。元日本生物物理学会 会長。朝倉昌 、大沢文夫 の門下生。理学博士 。バイオ系超分子・ソフトナノマシンの日本のリーダーの1人。
概要
名古屋大学 の理学研究科・分子生物学専攻の大学院生の時から、朝倉昌 、大沢文夫 のもとで、細菌 の鞭毛 タンパク質 であるフラジェリン のインビトロ での重合・脱重合を生物物理学 的に研究した。この研究を30代前半までつづけ、いくつかの論文を発表していた。細菌 の遊泳運動は光学顕微鏡 で観察できるが、運動器官 である鞭毛 は細いために光学顕微鏡では観察できない。乾燥して電子顕微鏡 で観察するしかなかった。また、構成タンパク質 であるフラジェリン は電子顕微鏡でも見えないほど小さいので、分子として研究していた。
光学顕微鏡 の分解能 は300nmだが、細菌 の鞭毛 の太さは約15nmと細く、光学顕微鏡の分解能の1/20である。従って、世界中の誰もが、光学顕微鏡で1本の鞭毛を観察するのは不可能だと思い込んでいた[ 1] 。ところが、1974年、米国イエール大学 のマクナブは、コペルニクス的転回 で、高輝度照明下での暗視野顕微鏡 を用い、溶液中の1本の鞭毛を観察することに世界で初めて成功した[ 2] [ 3] 。
1975年、京都大学 理学部生物物理学教室で独立した研究室を運営していた宝谷は、この実験方法を、いち早く、日本に導入した。溶液中の鞭毛運動のビデオ 撮影に成功し、鞭毛運動の解析、鞭毛の不連続伸長、ポリモーフィズム (多形性)など、基本的データを次々と得ることに成功する。一方、従来見えないと思われていた鞭毛以外の生物線維にもこの観察法を適用し、また、日本の他の研究者にも普及発展させた。そのことで、日本の暗視野顕微鏡 の世界のトップランナー時代が築かれた[ 4] [ 5] 。
宝谷は、同じ方法を用いて、1986年、対象を細菌 の鞭毛 だけでなく、微小管 に広げ、さらに、リポソーム を用いた人工細胞 へと広げ、生物のマイクロマシン 、ナノテクノロジー へと発展させた[ 6] 。
言葉
創造的な研究を推進するための最重要な要因はチームリーダの素質である[ 7]
未来を作り出していくものは私たち自身のなかにある希望である[ 8]
略歴
主な著書
脚注
^ 宝谷紘一「光学顕微鏡による分子集合体の直接観察 」『化学と生物』第15巻第11号、日本農芸化学会、1977年、722-724頁、doi :10.1271/kagakutoseibutsu1962.15.722 、ISSN 0453-073X 、NAID 130004807477 。
^ Macnab, R. M.; Koshland Jr., D. E. (1974), “Light microscope study of mixed helices in reconstituted Salmonella flagella”, J. Mol. Blol. 84 (5): 849-849, doi :10.1021/ja01233a516
^ Macnab, R. M. (1976), “Examination of bacterial flagellation by dark-field microscopy” , J. Clin. Microbio. 4 (3): 258-265, doi :10.1128/jcm.4.3.258-265.1976 , https://doi.org/10.1128/jcm.4.3.258-265.1976
^ Hotani, H. (1976), “Light microscope study of mixed helices in reconstituted Salmonella flagella”, J. Mol. Blol. 104 (1): 151-166, doi :10.1016/0022-2836(76)90305-3
^ 宝谷紘一・木下一彦 編著『限界を超える生物顕微鏡―見えないものを見る』学会出版センター、1991年。 ISBN 978-4762246531
^ 宝谷紘一「リポソームを用いた細胞モデルの創成 (第47回 生物物理若手の会 夏の学校) 」『物性研究』第89巻第5号、物性研究刊行会、2008年2月、621-637頁、ISSN 05252997 、NAID 110006623715 。
^ ソフトナノマシン 研究総括挨拶
^ 宝谷紘一・江刺正喜 『マイクロマシン-賢く働く微小機械』読売新聞社、1991年。 ISBN 4643911301
先代 郷信広
日本生物物理学会会長 1996年 - 1998年
次代 松本元