小柴大造小柴 大造(こしば だいぞう、1956年9月18日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家、編曲家、プロデューサー。山形県出身。山形県立山形南高等学校卒業。 経歴1978年、第1回東芝シンガーソングライターコンテストで「さよならのバラード」が最優秀賞を獲得[1]。同曲が地元山形放送で10週間トップを記録し[1]、同局の『大造のスタンバイ・ミー』ラジオパーソナリティに就任[1]。 1979年に「小柴大造&エレファント」を結成。同年12月21日に山形県県民会館大ホールで開催されたコンサートでは、プロデビュー前にもかかわらず、初の満席を記録した[1]。 1980年5月5日に、東芝EMIから5枚同時シングルリリースというデビューを果たす(昭和55年5月5日と5枚シングルで、5が5つとなる)。楽曲が横浜タイヤのCM曲などとして使われるも、大ヒットには至らず1983年に解散。 1985年にキティレコードとソロアーティストとして契約。アルバム制作、ライブツアー、学園祭でのゲスト出演などを精力的に行う。久保田利伸などの多数のアーティストとのコラボレーションや、レベッカ、本田恭章のプロデュースなども行った。 1991年に「WATER CLUB BAND」を結成。バップからアルバムをリリース。1992年まで活動する。 1999年に活動を広めるため、制作プロダクション「(株)DADDY KOOL」を設立。 2001年11月に「小柴大造&エレファント」の再結成と20周年記念ライブを行う。 2002年、「新生エレファント」を立ち上げる。また、それと同時に自身のレーベル「レイムダック・レコード」をスタートする。 2003年、同グループの未CD化の「LOOK ALIVE」が東芝EMIからファンの熱望により発売。 2004年10月に書き下ろし本「歌ってダイエット」をシンコーミュージックから出版。 2005年12月に「みやぎびっきの会」を旗揚げする。 2007年、朝丘雪路とのデュエットアルバム「We're in the mood for love」を発表。 2011年、東日本大震災が発生したことを受け、以降、自身が旗揚げした「みやぎびっきの会」を一般法人化し、東北出身のアーティストを中心に結成されたグループ「Bikkis」に参加、被災した子どもたちの支援活動も行っている。メンバーにはさとう宗幸、遊佐未森、山寺宏一らがいる。 2019年10月18日、下北沢・ガーデンにて「小柴大造&エレファント」オリジナルメンバーによる復活ライブ「STILL ALIVE」を開催。 ディスコグラフィーシングル※ 小柴大造&エレファント 名義で出された「ワンモア・ナイト」~「Tokyo Night」までのEPは、すべて2013年12月17日にMEG-CDにて発売された。
アルバム
プロデュースしたアーティスト外部リンク脚注出典 |
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