山口芳裕山口 芳裕(やまぐち よしひろ、1960年〈昭和35年〉 - )は、NBC災害などの特殊災害領域を専門とする日本の救急医[1][2]。 杏林大学医学部救急医学主任教授および杏林大学医学部付属病院高度救命救急センター長。東京都災害医療コーディネーター。東京DMAT運営協議会会長[3]。 日本救急医学会評議員・理事[4]。 経歴東京都出身。1986年香川医科大学卒業。1994年米国ハーバード大学医学院外科に留学。この間、爆傷・銃創などの戦傷医療や、救急・災害医療のシステム論を学んだ[5]。 1999年におこった東海村JCO臨界事故の際には、被ばく患者の初期治療を担当したが、放射線被ばくに対する自分の知識のあまりの貧しさに衝撃を受け、以降いわゆるNBC(核放射線・生物兵器・化学兵器)といった特殊災害領域の知見や技術の修得に励み、米国REAC/TS(放射線緊急時支援センター)、米国CDC(疾病対策予防センター)、英国Dstl(防衛科学技術研究所)などで学んだ[6]。こうした経験から、2003年中国黒竜江省旧日本軍遺棄化学兵器事故、2004年美浜原発事故、2011年ロシアハバロフスク化学工場爆発事故などに緊急派遣されたほか、2011年福島第一原発事故の際には東京消防庁ハイパーレスキュー隊の注水作業に帯同して作業者の被ばく管理を行った[7][8]。 2019年ラグビーW杯では日本医師会特殊災害対応責任者を歴任。2020東京オリンピック・パラリンピックでは、COC(都市オペレーションセンター)医療統括を務めた[9]。 また、2020年の新型コロナ感染症パンデミックの際には、東京都庁におかれた入院調整本部の医療統括を務め、東京都のモニタリング会議の席上、政府の医療状況に対する認識(『医療はひっ迫していない』)の誤りを指摘し話題となる[10]。 主な著書
脚注
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