猫焼きは、文化史を専門とする米国の歴史家 Robert Darnton の The Great Cat Massacre にも記述がある。
「猫は、6月24日(夏至の頃)生まれと定められている洗礼者ヨハネ生誕の祭りにも現れる。人々は設えた焚火の上を跳び越え、炎を囲んで踊り、火の中に魔力を持つものを投げ込んで、その年の残りを安寧に過ごすことを願う。火中に投じる物として特に好まれたのが猫である。猫は縛られて袋に詰められ、ロープで吊るすか棒に括り付けるかして焼かれた。パリ市民が好んだのは猫を袋詰めにして焼くことだが、サン=シャモン市民が好んだのは通りに火をつけた猫を放し、追いかけ回すことである(なおサン=シャモン市の猫追いは courimaud と呼ばれた。これは cour à miaud、つまりニャアという声を追いかける者くらいの意である)。ブルゴーニュやロレーヌの一部では、人々は猫を括り付けたメイポール(Maypole、五月祭にたてられる柱)に火をつけ、その周りを踊った。またメス市周辺では一度に10匹ほどの猫を籠に入れ焚火の上にして焼き、市内では1765年に廃止されるまで盛大に猫焼きが行われた。……この慣習は場所によってさまざまに異なっていたが、祭りに欠かせないものはどこでも同じであった。すなわち、「feu de joie」(焚火のこと。字義通りには喜びの火)、猫、魔女狩りへの熱気の3つである。猫を焼く火の見られるところでは、続けて必ず歓喜も観察された。」[5]
猫焼きはベネディクト会の修道士ジャン・フランソワが1758年に著した Dissertation sur l’ancien usage des feux de la Saint-Jean, et d’y brûler les chats à Metz (『聖ヨハネの火のかつてにおける慣行と、メス市において聖ヨハネの火で猫を焼くことに関する論考』)の主題でもある。同書は1995年になってフランスで刊行された[6]。
^ abMeslier, Jean (2009). Testament: Memoir of the thoughts and sentiments of Jean Meslier. Amherst, N.Y.: Prometheus Books. pp. 562–563. ISBN978-1-59102-749-2