私を野球につれてって (映画)
『私を野球につれてって』(英:Take Me Out to the Ball Game)は、1949年のアメリカ合衆国のミュージカル映画である。93分、テクニカラー、スタンダードサイズ(1.37:1)。主演:ジーン・ケリーとフランク・シナトラ。 タイトルと題材は、アメリカにおける野球についての愛唱歌『私を野球に連れてって』(Take Me Out to the Ball Game)に由来する。 映画はイギリスでも公開され好評を受けた。日本では劇場未公開で、のちに家庭用ビデオグラムとしてパブリックドメインDVDが発売された。その際、販売元ごとに邦題の表記ゆれが生じた。本項目名は2001年発売のワーナー・ホーム・ビデオ版(DL65119)に基づくが、オルスタック版(2005年 PBDS-0001)では『私を野球に連れてって!』、ファーストトレーディング版(2006年 FRT-091)では『私を野球に連れてって』のタイトル表記で販売されている。 ストーリー『私を野球に連れてって』が作られた1908年。架空のプロ野球チーム「ウルブズ」の選手、エディ・オブライエン(ジーン・ケリー)とデニス・ライアン(フランク・シナトラ)の2人は、シーズンオフの間は舞台芸人でもある。 チームに新しい女性オーナー、K.C.ヒギンズ(エスター・ウィリアムズ)が来る。そのうち、デニスとエディは同時に彼女に惹かれ、2人の悩みの種が増える。また、デニスは熱烈的なファン、シャーリー・デルウイン(ベティ・ギャレット)に追い回される。 その後、彼らは、相手チームに巨額の賭け金を投じているギャングたちと戦うことになる。 キャスト※括弧内は日本語吹替(パブリックドメインDVD[どれ?]に収録)
スタッフ製作エスター・ウィリアムズは、本作の脚本家であり振付師でもあるスターのジーン・ケリーとの映画撮影を快く過ごしていなかった。彼女の自叙伝では本作に関して「本当に惨めだった」と書かれた。ウィリアムズ自身によれば、野球チームの女性オーナー役は当初、ジュディ・ガーランドが予定されていたが、薬物乱用問題のため自身が代役となったと主張している[2]。フランク・シナトラ演じるデニス・ライアン役も当初は実際のプロ野球選手であるレオ・ドローチャーの起用が予定されていた[3]。 またウィリアムズは、ケリーとスタンリー・ドーネンが彼女を軽視した扱いをし、彼女の費用で悪ふざけをしたとも主張している。ジーン・ケリーが5フィート7インチであったのに対し、ウィリアムズは5フィート10インチで彼より高く、ケリーは身長差が不快だったのだとも主張している[要出典]。 監督のバスビー・バークレーは当初、『水着の女王』などの「水中レビュー映画」のスターであったウィリアムズのために水中レビューシーンを計画したが、ケリーによって拒絶された[要出典]。 評価『私を野球につれてって』は約4,000,000ドルを稼ぎ、興業的には成功といえる成績を収めた。 おおむね肯定的な論評を受けたが、一部の評論家[誰?]は「キャストに対し実力以上のよさを感じた一方で、映画は『一貫したスタイルとテンポ』が不足している」と評価した[4]。 受賞歴1950年、ハリー・トゥージェンドとジョージ・ウェルズが第2回全米脚本家組合賞の最優秀ミュージカル作品賞にノミネートされた。しかし賞は本作の4か月後に公開されたミュージカル映画『踊る大紐育』のベティ・コムデンとアドルフ・グリーンが受賞した。『踊る大紐育』は同じくメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)製作・配給で、アーサー・フリードプロデュースであり、本作と同じくジーン・ケリー、フランク・シナトラ、ベティ・ギャレット、ジュールス・マンシンが出演している。 脚注
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