許された子どもたち
『許された子どもたち』(ゆるされたこどもたち)は、内藤瑛亮監督の日本映画。2020年公開。キャッチコピーは「あなたの子どもが 人を殺したら どうしますか?」。 同級生をいじめて殺害しながらも「不処分」となり、それによって社会から私刑を受ける少年と母親を描く。 概要1993年の山形マット死事件をはじめとして、2011年の大津いじめ自殺事件、2015年の川崎市中1男子生徒殺害事件、2016年の東松山都幾川河川敷少年殺害事件等から着想を得た[1]内藤が、構想に8年間を費やして自主制作した映画である[2][3]。 2017年に撮影を開始。2020年6月1日にユーロスペースとテアトル梅田の2館で公開された[4]後、反響を呼んで上映が拡大し[5]、同年7月4日時点で32館に増加した[6]。 あらすじ神奈川県日野市に住む中学1年生・市川絆星は、同級生の小嶋匠音、松本香弥憂、井上緑夢とともに日常的にいじめていた倉持樹を豊川の河川敷で殺害してしまう。絆星ら4人の少年は警察に犯行を自供するが、絆星の母・真理は息子を説得してアリバイを主張させた。家庭裁判所の審判員は少年たちに「不処分」の判決を下す。 樹の父・武彦と母・絵梨夏は、少年たちの責任を問うべく民事訴訟に踏み切ろうとする。一方、事件は「豊川河川敷中一殺害事件」としてセンセーショナルな注目を集め、贖罪の機会を失った市川親子は壮絶なバッシングと私刑を受ける。報道陣から逃れるために一家はアパートの一室へ退避し、自宅の建物は落書きと貼り紙に覆われ、「キャロル」を名乗る動画配信者らによってその模様が拡散された。 半年後、千葉県児玉市の中学校に転校して偽名を名乗る絆星は、陰湿ないじめを受けるクラスメイト・櫻井桃子と出会い、割り箸ボーガン作りで交流を深める。翌日、道徳の授業中に生徒の蓮見春人と宮台莉子によって絆星の正体が明かされ、クラスは騒然となる。桃子の妨害むなしく春人の手元のスマホから絆星の現住所がネット上に公開され、倉持夫婦が訴状のコピーを市川家に持参する。夫が夜逃げし、スーパー勤めも解雇された真理は、雑誌に手記の連載を開始するも支持を得られなかった。 ある深夜、絆星は真理の目を盗んで家を出ると、桃子とともに鉄道で日野市に戻り、倉持家を訪ねて樹の遺影に線香をあげ、合掌する。倉持家を辞した後、豊川の河川敷で緑夢と邂逅すると、偽善者として罵り、彼が持参した供花を何度も投げ棄てる。その後、匠音と香弥憂が再び同級生にボーガン絡みのいじめを加えているところを発見すると、桃子の制止を振り切って暴行し、そのまま走り去った。その晩、真理は自宅に入ろうとしたところでキャロルに殴打されて重傷を負い、キャロルは逮捕される。 ある日、親子で外出した絆星は、自分が死んでしまう奇妙な夢を見たことを笑いながら母に語り、真理は割り切れない表情を浮かべる。絆星が別の席の赤ん坊に笑いかけ、その後1本の煙草を代わるがわる吸いながら帰宅するところで物語は終わる。 登場人物キャストの情報は、特筆のないものは『シネマカフェ』の作品情報による[8]。
スタッフスタッフは内藤の映画学校時代の友人ら[5]、すなわち映画美学校11期生を中心としている[11]。
製作山形マット死事件を根幹に、内藤が抱いた「罪を犯した子どもが法的に許されてしまったら、その後どう生きていくのか」という疑問が動機となって[12]、2011年の夏に最初のプロットが書かれた[13]。内藤曰く、少年事件に関する既存の資料では、被害者についての記述が豊富にある一方、加害者について踏み込んで書かれたものが少ないと感じたという[14]。本作は加害とその否認に至った経緯に焦点を当てた作品とし、短絡的に加害者を非難して思考停止に陥ることに対する批判を意図した[15]。当初は商業作品としての制作を検討したが、企画を持ち込んだ映画会社ではエンターテインメント寄りにすることや有名なアイドル・俳優をキャスティングすることを要求され[16][17][18]、一方では2015年の映画『ジョギング渡り鳥』(鈴木卓爾監督)の自主制作の模様に惹かれたことから[11]、自主制作に踏み切った。内藤は、無名で役柄の実年齢に近い俳優を起用することに拘ろうと考えていた[16]。 映画の制作にあたって、少年犯罪を巡る問題について考えるワークショップを開催した。2016年から、演技経験を問わず11歳から15歳までの男女を参加者として募集し、翌年4月から5月にかけてワークショップを実施[19]。その中からキャスティングするという方式をとった[19]ため、子役の俳優陣は一般人ないし無名の新人が中心となった。ワークショップでは、いじめに関するディスカッションやロールプレイ[4]、即興演技などを行い、いじめに対する理解を深めて映画制作へのフィードバックとし[20]、ワークショップから生まれた演出も本編に取り入れられている[17][20]。また筑波大学教授の土井隆義に協力を仰ぎ、子どもたちに講義を開いた[11]。なお、作品のエンディングクレジットには34本の参考文献が示されている。 2017年の夏から2018年の春にかけて撮影が行われた[13]。内藤によると、現場では殺伐とした空気にならないよう、撮影監督の伊集守忠が「子どもたちの前でスタッフを怒鳴るのはやめましょう」と提言したという[11]。また「ある視点部門」と称し、スタッフや子役たちにカメラを持たせ、好きなものを撮らせるという試みを行った[11]。編集段階になるとそうした映像の用途は限られており、編集の冨永圭祐を悩ませたが、映画撮影にあたって遊びのような要素を取り入れることができた点はよかった、と内藤や冨永は振り返っている[11]。エンディングでは竹内道宏を筆頭に20名が「ある視点撮影」としてクレジットされた。ポストプロダクションは1年間に及び、2019年の夏に完成をみた[13]。内藤は俳優の送迎や編集作業にも従事し、映画の自主制作における監督の仕事量の多大さを味わうことになった[5]。 2020年5月9日に公開される予定であったが、新型コロナウイルス感染症の流行にともなう緊急事態宣言の延長を受けて延期され、6月1日の公開となった[2]。内藤らはオンライン配信という形態も検討したが、映画館で観るからこそ伝わる演出も含まれるという考えから映画館上映に踏み切った[2]。 評価映画評論家の森直人は、試写会後に朝日新聞「プレミアシート」に寄せたレビューで「渾身の大力作」と本作を称賛した[21]。歪んだ人間関係の築かれた学校空間で加害者となる一方、それと似た陰湿さをもつ市民社会では被害者となる少年(絆星)と、強い愛ゆえに息子を守りながら逃亡を続ける一方、それによって贖罪の機会を逸して受難の元凶となっていく母親(真理)を描くことで、価値転倒を繰り返し、重層的な社会構造を活写していると森は評価した[21]。また森は、内藤はこの現実に評価や判断を加えず、ひたすら問題提起に徹していると述べた[21]。 読売新聞映画記者の恩田泰子は同紙「オール・ザット・シネマ」で、本作の描く解像度の高い現実社会や主人公の姿の生々しさを高く評価し、「誠実に、勇気をもって作られた尋常ならざる映画」と推賞した[22]。 映画ライターの高橋諭治は毎日新聞「シネマの休日」へ寄稿し、歪んだ世相の描写力と陰惨な展開の凄まじさに賛辞を送りつつ、本作があくまで問題提起に留まり、主人公がいかに罪と向き合うかという主題に迫らなかったことを惜しんでいる[23]。同じくライターの細谷美香は同欄で、母親の愛情が贖罪の機会を奪うという矛盾と、SNSへの書き込みの現実的な描写を高く評価した[23]。 主演の上村侑は、第33回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎新人賞にノミネートされた[24]ほか、第75回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞を受賞した[25][26]。 脚注
外部リンク
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