阿佐海岸鉄道ASA-100形気動車
阿佐海岸鉄道ASA-100形気動車 (あさかいがんてつどうASA-100がたきどうしゃ)は、1992年(平成4年)に1両が製造された阿佐海岸鉄道の気動車である[12]。本項では、ASA-100形と同時に1両が製造されたほぼ同仕様で内装が異なる阿佐海岸鉄道ASA-200形気動車 (あさかいがんてつどうASA-200がたきどうしゃ)についても記述する。 概要![]() 日本国有鉄道経営再建促進特別措置法により建設が凍結されていた阿佐線のうち、海部駅 - 甲浦駅間が阿佐海岸鉄道阿佐東線として1992年(平成4年)3月に開業した際に製造された気動車である[11]。ASA-100形とASA-200形はほぼ同仕様で、車内座席配置のみが異なる[13]。阿佐海岸鉄道のような第三セクター鉄道では製造者が準備した標準仕様に近いものを採用する事例が多かったが、両形式は土佐くろしお鉄道TKT-8000形をもとにしたため、車体寸法、材質などが製造者の標準仕様と異なっている[14]。エンジンは新潟鐵工所製DMF13HSディーゼルエンジンを183 kW(250 PS)に設定して採用した[7]。2両とも正面貫通式、両運転台、トイレなしである[9]。ASA-100形の車内は中央部に転換クロスシートを備えるセミクロスシート、ASA-200形は車内中央部にソファ席と転換クロスシートを備えるセミクロスシートである[11]。ASA-200形は2008年(平成20年)6月に宍喰駅構内で脱線事故を起こし、同年11月に廃車解体されている[3][4][5]。
車体第三セクター鉄道会社は新潟鐵工所製のNDCまたは富士重工業製のLE-Carと呼ばれるレールバス型気動車を導入する事例が多かったが、ASA-100形・ASA-200形は2両とも新潟鐵工所製である[1]ものの、土佐くろしお鉄道TKT-8000形と基本構造が同一で、車体全長・幅・車体材質が標準型と異なり、国鉄キハ31形と同寸法[14]の長さ17,750 mm、幅2,800 mmのステンレス製である[8]。前面貫通式、乗務員室は左側で、乗務員用扉は設けられていない[8]。900 mm幅の折り戸の客用扉が片側2か所、運転室がない側は車端に、運転室がある側は運転室小窓の直後に設けられた[8]。扉間には中央部に幅1,470 mm幅の固定窓3組が設けられ、その両側に780 mm幅の1枚上昇式窓3組が設けられた[8]。ドア開閉時の監視用の小窓が運転台のない側のドアの脇に設けられた。車体外部には公募による赤、青、緑のデザインが描かれた[15]。 ASA-100形の車内はセミクロスシートで、ドア付近はロングシート、車体中央部に2人掛転換クロスシートが通路の両側に6脚ずつ配置されていた[8][11]。 2007年(平成19年)8月甲浦駅にて ASA-200形は日本宝くじ協会の助成を受けた宝くじ号で、車内中央部がソファ席、その両側に転換クロスシート、そのさらに扉寄りがロングシートとなっている[11]。カラオケセットも搭載されていた[15]。 両車ともワンマン運転用の機器を備える[15]ほか、ビデオデッキとテレビも設置していた[15]。 走行装置エンジンは新潟鐵工所製DMF13HSディーゼルエンジン1基を定格出力183 kW(250 PS) / 1,900 rpmで使用している[1]。動力は 新潟コンバーター製TACN-22-1100液体変速機を介して2軸駆動の台車に伝達される[7]。台車はNP120D/T(枕ばね:上枕空気ばね、軸箱支持:軸ばね式)[7][10]となっている。制動装置はDE1A自動空気ブレーキ[7]で、JR四国の在来型気動車[16]と連結運転することができる[15]。 空調装置冷房装置は、勾配区間でも冷房効果が落ちないよう専用機関で駆動される能力30.4 kW(26,000 kcal/h)のAU34[17][7]が搭載された。暖房装置はエンジン排熱を利用した温風式である。 車歴
運用![]() ![]() 開業時は12往復が設定され、うち4往復が四国旅客鉄道(JR四国)牟岐線牟岐駅まで乗り入れていた[15]。乗り入れ運用は2008年(平成20年)3月のダイヤ改正で一旦廃止されたが、2009年(平成21年)12月に2往復で再開し[18]、2019年(平成31年)3月16日のダイヤ改正で再び廃止となるまで続けられた。 ASA-201は2008年(平成20年)6月30日に宍喰駅で脱線事故を起こし[3]、同年11月18日付で廃車された[5]。そのため一時的に予備車がない状態となり、ASA-101の検査時にはJR四国からキハ40形を借り入れて運用していた[19][20][21]が、2009年(平成21年)8月に高千穂鉄道からTR-201の無償譲渡を受け、ASA-301として導入したためこの状況は解消された[22]。 ASA-301導入後は同社と共通運用された[23]が、阿佐東線へのDMV導入に伴い、2020年(令和2年)11月30日をもって営業運転を終了した[6]。DMV営業運転開始の時点では、海部駅の使われなくなった2番線に展示されている[24]。 出典
参考文献書籍
雑誌記事
Web資料
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