鷲は舞い降りた『鷲は舞い降りた』(わしはまいおりた、英: The Eagle Has Landed)は、ジャック・ヒギンズによるイギリスの冒険小説。第二次世界大戦中の英国領内にある寒村を舞台に、英国首相ウィンストン・チャーチルの拉致という特殊任務を受けた、ナチス・ドイツ落下傘部隊の冒険を描く。1975年に発表され[1]、英米において発売直後から約6か月もの間ベストセラーに留まり続け[2]、当時の連続1位記録を塗り替えた。翌年には映画も公開されている。 概要本作の物語上における「鷲が舞い下りる」とは、作中において主人公が率いるドイツ空軍の降下猟兵の部隊が、降下に成功したことを本国に伝えるために用いる架空の作戦行動上の暗号(コード)である。ヒギンズの名を知らしめることになった代表作でもある本作は[3]、1943年9月に成功したムッソリーニ救出作戦を背景として現実の事件や人物を織り込みながら壮大な物語が展開され、後に「ヒギンズ節」とも呼ばれる著者の作風を確立させた作品となっている[4][5]。 本作は、主人公のシュタイナーやその協力者であるデヴリンといったヒロイックな登場人物の魅力も評価されており[1][4][5]、かつてはステレオタイプの悪党として描かれることが多かったドイツ軍人を、血肉の通った共感できる人物として描いたことは、発表当時には新鮮であったといわれる[1][6]。そうした善悪の枠組みでは割り切れない魅力を持った登場人物たちが、任務の意義に疑問を抱きつつも命を賭けてそれを遂行しようとし、戦争の犠牲者となっていく姿を描くことで、戦争の悲惨さを描き出す内容にもなっている[2]。 1991年には著者の長編50作を記念して、この小説の続編である『鷲は飛び立った』が発表されたほか、同時期には本作の改定版である『鷲は舞い降りた 完全版』が刊行されている。『完全版』は初版において出版社の意向で削除されていたエピソードを復活させたもので、初版よりも主要登場人物の登場場面や描写が増え、また主要登場人物たちのその後を描くエピローグ部分に大幅な加筆が施されている[1]。 日本でも人気の高い作品であり、早川書房の『ミステリマガジン』1992年5月号誌上で行われたアンケートを基に、1992年10月に発行された書籍『冒険・スパイ小説ハンドブック』で発表された人気投票の集計結果では、本作が冒険小説部門における第1位[4][1]、他に3つのジャンル(海洋冒険小説、スパイ小説、謀略・情報小説)を含めた総合ベスト100では第5位[7]の人気を獲得した。また、好きな主人公・好きな脇役部門においても本作の主要登場人物がそれぞれ3位[6]、2位[8]にランクインしている。 ストーリーイギリスのノーフォーク北部にある海辺の田舎町「スタドリ・コンスタブル」を取材で訪れた作家ジャック・ヒギンズは、教会の墓地の片隅に隠匿されていた墓石を発見する。そこには「1943年11月6日に戦死せるクルト・シュタイナー中佐とドイツ降下猟兵13名、ここに眠る」と刻まれていた。奇妙な墓碑銘の真実を探す旅を始めたヒギンズはやがて、かつてドイツ軍が実行したある作戦を知る。時は第二次世界大戦まで溯る。 1943年。ナチス・ドイツの敗色が濃厚となる中、幽閉されていたムッソリーニをオットー・スコルツェニー指揮する空軍降下猟兵部隊と親衛隊特殊部隊が救出した一件はヒトラーを狂喜させ、宿敵チャーチルの誘拐を思いつかせる。国防軍防諜部長官のヴィルヘルム・カナリス提督は、総統のちょっとした思いつきにすぎないと考え、部下のラードル中佐に形だけの検討をさせることにして有耶無耶にしようとした。しかしその一週間後、スタドリ・コンスタブルに暮らす女性ボーア人スパイ、ジョウアナ・グレイが、「チャーチルが村から近いスタドリ・グレインジで休暇を過ごす予定がある」ということを、具体的な日時・宿泊場所と共に連絡してくる。この情報はゲシュタポ長官のヒムラーにも伝わり、ヒムラーは反ヒトラー派のカナリスには秘匿して、ラードルに直接、チャーチルの殺害も可とした誘拐計画を進めることを強要する。ラードルには、総統ヒトラー直々の「ラードルへの協力要請書」が手渡される。 ラードルは実行部隊を落下傘降下で潜入・潜伏させ、チャーチル確保後に高速艇で回収する計画を立てるが、現地で作戦の下地づくりをするためにグレイ以外に男性の協力者を先行して送り込むことが必要だと考え、現在はベルリンで保護・監視されている元アイルランド共和軍 (IRA) の歴戦の工作員、リーアム・デヴリンに白羽の矢を立てる。デヴリンはいつか来る死を予感しながら、祖国アイルランドの独立を夢見る闘士でもあった。続いてラードルは、作戦を指揮する落下傘部隊の隊長として、クルト・シュタイナー中佐を指名する。 シュタイナーとその部下たちは、主要な戦線の戦火をくぐりぬけてきた歴戦のつわものだったが、名も知らぬユダヤ人の少女を助けたがために今は部隊ごとチャンネル諸島におくられ、人間魚雷による攻撃に従事させられていた。ラードルとデヴリンは直接に彼の元を訪れる。シュタイナーは反ヒトラー派としてゲシュタポに拿捕された父を救いたいこともあって、作戦を了承する。続き、「スタドリ・コンスタブル」まで彼らを運ぶ航空機とそのパイロット、帰りの高速艇の船長と、優秀な猛者たちが選ばれていく。 デヴリンは故郷アイルランド経由で「スタドリ・コンスタブル」に到着、グレイの甥ということで沼沢地の管理人となるが、不覚にも土地の娘モリィ・プライアと恋仲になってしまう。しかも恋敵の男をたたきのめすなどして村民の反感を買い、グレイを心配させる。が、それでもデヴリンは危険な闇商人ガーヴァルド兄弟から、必要なジープ、トラックを購入するなど着実に、シュタイナーたちを迎え入れる準備を整えていく。まずいのは、近くにアメリカ軍レインジャー部隊が訓練でやってきたことだった。 予定当日、濃霧の中、シュタイナーたちの降下は成功する。英語がしゃべれるシュタイナーはイギリス軍中佐に化け、部下たちは連合軍ポーランド兵士に化けていた。最初はいぶかっていた村民も徐々に警戒心をゆるめだし、偽装は成功したかに見えたが、そのとき、村の子供二人が川に流され、それを救ったシュタイナーの部下が水車に巻き込まれて死ぬという事故がおこり、そのさい死んだ兵士の軍装をはだけさせてしまい、下に着こんだドイツ軍兵装を村民に見られてしまう。 それでもシュタイナーは、村民全員を教会に集めて情報漏洩を防ぎ、作戦を続行しようとする。しかし教会の聖具室から秘密の地下トンネルで脱出した神父の妹が、そのことを懇意になったアメリカ軍レインジャー部隊に告げ、村のあちこちで、ドイツ軍との銃撃戦が起こる。 結果、グレイも射殺され、デヴリン、シュタイナー、重傷を負った副隊長のノイマンだけが生き残る。モリィはデヴリンがスパイだったことを知って激昂していたが、それでも最後にはデヴリンを助ける。シュタイナーは自分にはまだ任務があるからここに残ると言って、自らが囮となり、デヴリンとノイマンを高速艇の迎えの場所へ向かわせる。ベルリンでは「鷲、正体を知らる」の報をうけとったヒムラーがラードル逮捕の命令を発していた。 その夜、シュタイナーはメルサムハウスのテラスでチャーチルと対峙する。しかし、引き金を引くことをためらった一瞬にレインジャー部隊のケイン少佐に撃たれて死ぬ。 現代。ヒギンズはまた「スタドリ・コンスタブル」の教会を訪れていた。そこで余命いくばくもないであろう神父に、自らの調べたあの墓碑銘に関することを話すが、神父もある重大な事実を語る。 登場人物ドイツ空軍降下猟兵(落下傘部隊)主人公であるシュタイナと、その忠実な部下たち。
ドイツ空軍
ドイツ国防軍防諜部(アプヴェール)
親衛隊
アイルランド共和軍
スタドリ・コンスタブル村民シュタイナー率いる落下傘部隊がチャーチル誘拐のために身分を偽って潜伏し、物語の主要な舞台となる村落の住人たち。
アメリカ軍シュタイナー率いる落下傘部隊と敵対するアメリカ軍の軍人たち。
その他
史実の人物
余談原題の“The Eagle has landed”は1969年にアポロ11号が月面に着陸した際に地球への連絡に使われた言葉でもある(着陸船の名前がEagleだった)。英語圏では月面着陸を象徴する言葉としてよく知られており、関連の著作や映像作品で題名に用いられている(オンラインショップなどで本項の小説・映画と混同されて誤った商品情報が記載されている場合がある)。 物語の主要登場人物の一人であるリーアム・デヴリンはフランク・ライアンがモデルになっているのではないかという指摘もある[要出典]。フランク・ライアンは1922年にユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの学生からIRAに転身した人物である。アイルランド内戦では反条約派に加わって戦ったがアイルランド自由国軍(条約推進派)に捕らえられ、強制収容所に送られた。1923年に釈放されると一旦大学に戻って学業を終え、1925年からIRAの運動家として活動を開始する。1933年に非常に共産主義色の強いセクトを創設してIRA主流派と対立し、IRAと袂を分かつ。スペイン内戦が勃発するとライアンは反フランコの立場で義勇兵を募り、なんとか80名ほどの義勇兵を集めて国際旅団に参加する(カトリックの力が強いアイルランドでは親フランコの雰囲気が強く、ライアンの活動は深刻な弾圧に遭遇した)。1938年にライアンはムッソリーニの派遣したイタリア軍に捕らえられ、ブルゴスの監獄に収容される。しかしアイルランド自由国政府の介入もあり、ライアンは監獄から「脱走」したという名目で、ナチスのAbwehr(情報機関)に身柄を引き渡される。その後ライアンは同じアイルランド人のショーン・ラッセルとともに、Abwehrによる対アイルランド工作の為の人材として利用され、1944年にドレスデンで没している。ライアンはIRAの活動家としてはかなり有名な人物であり、アイルランドの歌手クリスティ・ムーアのヒット曲「Viva La Quinta Brigada」によっても広く知られている。 書誌情報日本では早川書房よりハードカバーや文庫版が発売されている。『完全版』以前の版は絶版となっている。
映画→詳細は「鷲は舞いおりた (映画)」を参照
原作の初版が刊行された翌年の1976年にはジョン・スタージェス監督による、マイケル・ケイン、ドナルド・サザーランド、ロバート・デュヴァルらが出演した同名の映画も公開されている。映画版の邦題の表記は『鷲は舞いおりた』。映画版は原作の内容をなぞる内容となっているものの、シュタイナーやラードルの階級が中佐から大佐へと変更されていたり、シュタイナーを含め一部の登場人物の末路が異なるなど、細部の内容には変更が加えられている。 映画はヒット作となり原作者であるヒギンズを有名にしたが[1]、その内容については批判的な評価もある。例えば作家の伴野朗は『ミステリマガジン』1992年9月号に寄稿した記事(『冒険・スパイ小説ハンドブック』に収録)の中で原作小説を手放しで称賛する一方、映画版を「箸にも棒にもかからない駄作」であるとして酷評している[5]。 ラジオドラマ2020年1月にNHK-FMの「青春アドベンチャー」枠で放送された(2020年1月20日 - 24日・1月27日 - 31日、全10話)[10]。 出演:東幹久、長森雅人、古河耕史、青山勝、政岡泰志、山崎たくみ、伊達暁、朝倉伸二、銀河万丈 ほか。 配役
スタッフ脚注
参考文献
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