1999年欧州議会議員選挙
1999年欧州議会議員選挙(1999ねんおうしゅうぎかいぎいんせんきょ)は、1999年6月10,11,13日に欧州連合加盟15か国で行われた、626人の欧州議会議員を選出する選挙。義務投票制を持ち、また同日に国内議会の選挙を実施したベルギーとルクセンブルクを除く加盟国での投票率は軒並み低いもので、49.8%にとどまった。また、1995年に加盟したオーストリア、フィンランド、スウェーデンにとっては今回がほかの12か国と同時に行う初めての選挙となった。 結果
加盟国ごとの結果
会派ごとの結果共産・極左系欧州統一左派・北方緑の左派同盟 (EUL/NGL) は選挙で1議席増、また選挙後に合流した7人の当選者を合わせて合計で34議席から42議席となった。 社会民主系欧州社会党グループ (PES) は34議席を失う大敗を喫し、第2会派に転落した。 自由民主系欧州自由民主同盟 (ELDR) はやや議席を増やし、選挙で1議席増、また選挙後に合流した7人の当選者を合わせて合計で50議席となり、引き続き第3会派の地位を確保した。欧州急進連盟 (ERA) は改選前の21議席から8議席を失う苦戦を強いられた。 保守・キリスト教民主系欧州人民党グループ (EPP) は躍進し、選挙で23議席増、また選挙後に合流した9人の当選者を合わせて233議席となり、欧州社会党グループから第1会派の地位を奪った。欧州連合に懐疑的なイギリス保守党に配慮して会派名を欧州人民党・欧州民主主義グループ (EPP-ED) と改め、1992年に欧州人民党に合流した旧欧州民主主義グループの名前を復活させた[1]。 国民保守系ヨーロッパのための連合 (UFE) は低迷し、17議席を失った。会派は分裂し[2]、アイルランドのフィアナ・フォイルとポルトガルの民主社会センター・人民党による新会派「諸国民のヨーロッパ連合」が結成された。新会派は議会内で31議席を有することになった。 極右系極右の会派そのものは選挙の前後では存在していなかった。極右系の議員全員は無所属として選出された。 グリーン系・リージョナリスト系グリーン・グループは11議席増の38議席を獲得した。欧州急進連盟に所属していた欧州自由連盟の議員がグリーン・グループと合流して新会派「欧州緑の党・欧州自由連盟」を結成した。新会派は議会内で48議席を有することになった[3]。 欧州懐疑派諸国民のヨーロッパのための独立 (I-EN) は変化がなく、選挙では6議席を増やしたものの選挙後に5人が離脱して16議席にとどまった。会派は新議会で「民主主義と多様性のヨーロッパ」に改称した[4]。 無所属・独立系無所属・独立系の Non-Inscrits は20議席を失う結果となった。これらの議員(ベルギーから2人、フランスから5人、イタリアから11人[5])は「無所属議員グループ」(正式名称「諸会派の協力と無所属議員の保護のためのグループ」;"TGI"/"TDI")という会派を結成して、議会会派に対する優遇措置を受けようとした。当初この試みは成功し、グループは新議会の任期当初から活動を開始したものの、その法的地位についての確認が議論され[5]、1999年9月に基本法委員会は無所属議員グループには一貫性のある政治的な様相がないとしてグループの強制解散に踏み切った[6]。グループの議員は Non-Inscrits に戻ったが、このことにより議席数は27に増加した[7]。 脚注
外部リンク
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