SIRモデル (エスアイアールモデル)は、感染症 の短期的な流行過程を決定論 的に記述する古典的なモデル方程式 である。名称はモデル が対象とする、感受性保持者(S usceptible )、感染者(I nfected )、免疫保持者(R ecovered 、あるいは隔離者 R emoved )の頭文字にちなむ。原型となるモデルは、W・O・カーマック (英語版 ) とA・G・マッケンドリック (英語版 ) の1927年の論文で提案された[ 1] 。単純なSIRモデルであっても、1905–06年のボンベイ におけるペスト 流行のデータをうまく再現することが知られている。
概要
SIRモデルの解の挙動例。縦軸は人数、横軸は時間で、青=S, 緑=I, 赤=Rである。
SIRモデルの相平面 上の軌道 (S, I)。簡単のため ρ = γ /β とおくと、I + S − ρ ln S = const. が成り立ち、I は S = ρ のとき最大値 I max = I 0 + S 0 − ρ ln S 0 − ρ + ρ ln ρ をとる。
感染人口密度 I /N の時間変化と βN /γ の値の関係。
SIRモデルにおいて、全人口は感受性保持者・感染者・免疫保持者の3つへ分割され、感受性保持者Sは感受性保持者Sと感染者Iの積に比例して定率で感染者Iに移行し、感染者Iは定率で免疫保持者Rに移行する(感染期間は指数分布 に従う)と仮定される。この時間発展 を非線形常微分方程式 で記述される連続力学系 として表せば、
d
S
d
t
(
t
)
=
−
β
S
(
t
)
I
(
t
)
d
I
d
t
(
t
)
=
β
S
(
t
)
I
(
t
)
−
γ
I
(
t
)
d
R
d
t
(
t
)
=
γ
I
(
t
)
{\displaystyle {\begin{aligned}{\frac {dS}{dt}}(t)&=-\beta S(t)I(t)\\{\frac {dI}{dt}}(t)&=\beta S(t)I(t)-\gamma I(t)\\{\frac {dR}{dt}}(t)&=\gamma I(t)\end{aligned}}}
となる。ただし、β > 0 は感染率、γ > 0 は回復率(隔離率)を表す(逆数 1/γ は平均感染期間を表す)。これをフローチャート で
S
{\displaystyle \ \mathrm {S} \ }
⟶
β
I
{\displaystyle {\overset {\beta I}{\longrightarrow }}}
I
{\displaystyle \ \,\mathrm {I} \ \,}
⟶
γ
{\displaystyle {\overset {\gamma }{\longrightarrow }}}
R
{\displaystyle \ \mathrm {R} \ }
のように表すこともある。
上記の3式の和を取れば、
d
d
t
(
S
(
t
)
+
I
(
t
)
+
R
(
t
)
)
=
0
{\displaystyle {\frac {d}{dt}}{\big (}S(t)+I(t)+R(t){\big )}=0}
であり、これは総人口 N (t ) = S (t ) + I (t ) + R (t ) が一定値をとる保存則(閉鎖人口の仮定)
S
(
t
)
+
I
(
t
)
+
R
(
t
)
=
c
o
n
s
t
.
{\displaystyle S(t)+I(t)+R(t)=\mathrm {const.} }
に対応している。この保存則により、本質的に2変数の方程式である[ 2] 。
簡単のため初期値 を I 0 = I (0) > 0 , S 0 = S (0) > 0 とおくと
d
I
d
t
(
0
)
=
I
0
(
β
S
0
−
γ
)
>
0
{\displaystyle {\frac {dI}{dt}}(0)=I_{0}(\beta S_{0}-\gamma )>0}
のとき、すなわち
R
0
=
β
S
0
/
γ
>
1
{\displaystyle {\mathcal {R}}_{0}=\beta S_{0}/\gamma >1}
のとき流行が発生する(閾値現象)。この無次元量 R 0 は基本再生産数 と呼ばれる。上のような最も単純なモデルでは
lim
t
→
∞
I
(
t
)
=
0
{\displaystyle \textstyle \lim _{t\to \infty }I(t)=0}
が成り立ち、エンデミック な定常状態 や周期的な流行といった現象は説明できない。
派生モデル
SIRモデルにおいて、出生・死亡などによる人口変動を考慮したモデルや、マスター方程式 による確率的モデルが存在する。また、免疫獲得を考慮しないSISモデル や潜伏期間を考慮したSEIRモデル など色々な区画モデル が知られている。他にも、感染年齢を考慮した偏微分方程式 によるモデル(カーマック・マッケンドリック理論 )がある。
脚注
^ W. O. Kermack and A. G. McKendrick (1927). “A Contribution to the Mathematical Theory of Epidemics”. Proc. Roy. Soc. of London. Series A 115 (772): 700-721. doi :10.1098/rspa.1927.0118 . JFM 53.0517.01
^ さらに、変数変換 s = S /N , i = I /N , τ = γt により無次元化 することで、本質的に係数の個数は1つに減らすことができる。無次元化された方程式は無次元量 βN /γ の値にのみ依存する。
参考文献
関連項目