ブッカー・T・ジョーンズ
ブッカー・トリヴァー・ジョーンズ・ジュニア(Booker Taliaferro Jones Jr.[ˈtɒlɪvər][1][2]、1944年11月12日 - )はアメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身のオルガニストで、ソングライター、プロデューサー、アレンジャー。スタックス・レコードのハウスバンド、ブッカー・T&ザ・MG'sのメンバーとして知られる。 1992年にバンドはロックの殿堂入りを果たした。 バイオグラフィテネシー州メンフィスで高校教師の子として生まれる。名前は父親を引き継いだもので、教育者ブッカー・T・ワシントンに由来する。 幼少の頃よりオーボエやサクソフォーン、トロンボーン、ピアノの楽器を学校で演奏し、教会にてオルガンを演奏していた。高校はブッカー・T・ワシントン高校へと通った。16歳の時プロミュージシャンとして、サテライト・レコードにてバリトン・サックスを演奏。ルーファス&カーラ・トーマスの"Cause I Love You"がヒットする。 間も無くサテライトはスタックスと改称し、ジョーンズは社員であったスティーヴ・クロッパーと出会い、1962年に自分の名をフロントとしたザ・MG'sを結成。ジョーンズがオルガンを、スティーヴがギターを、ルイス・スタインバーグがベース・ギターを、アル・ジャクソン・ジュニアがドラムを担当した。ベース・ギターは後にドナルド・ダック・ダンに替わった。 ザ・MG'sはスタックスのハウスバンドとして、オーティス・レディングやサム&デイヴ、ウィルソン・ピケットなどをサポートした。1962年には「"グリーン・オニオンズ・Green Onions"」がヒットした[3]。1971年の「メルティング・ポット・Melting Pot」を最後に活動を停止した。なお、ドラマーのアル・ジャクソン・ジュニアは、殺人事件で死亡してしまった。 ジョーンズ本人のソロ作は、1972年に"The Runaway"を、1974年にCBSから"Evergreen"を、1978年から1981年にかけて、A&Mで3作のR&B作品"Try and Love Again"、"The Best of You"、"I Want You"をリリース。1971年から1973年にかけては、リタ・クーリッジの姉である妻のプリシラ・ジョーンズとの、スワンプ・ロックのデュオアルバムを3作リリースしている。 MGsは幾度か再結成を繰り返した後に、1994年に改めて活動を再開している。2009年には20年ぶりとなるソロ作"Potato Hole"をアンタイ・レコードよりリリースした。このアルバムではドライヴ・バイ・トラッカーズがバックバンドを務め、またニール・ヤングがギターで参加している。また、同年のフジロック・フェスティバルに初出演した。2011年に、"The Road From Memphis"をリリース。2013年には復活したスタックスよりSound the Alarmをリリースした。 ディスコグラフィブッカー・T&ザ・MG's→詳細は「ブッカー・T&ザ・MG's § アルバム」を参照
ソロ
デュオ・アルバムBOOKER T. & PRISCILLA JONES
関連項目脚注外部リンク |
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