ウィルキン・カスティーヨ
ウィルキン・アレクシス・カスティーヨ(Wilkin Alexis Castillo, 1984年6月1日 - )は、ドミニカ共和国ペラビア州バニ出身のプロ野球選手(捕手)。右投両打。現在は、フリーエージェント(FA)。 経歴プロ入りとダイヤモンドバックス傘下時代2002年にアリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約してプロ入り。 2004年、傘下のパイオニアリーグのルーキー級ミズーラ・オスプレイでプロデビュー。AAA級ツーソン・サイドワインダーズでもプレーし、2球団合計で69試合に出場して打率.262、4本塁打、34打点、5盗塁を記録した。 2005年はA級サウスベンド・シルバーホークスでプレーし、113試合に出場して打率.302、6本塁打、53打点、9盗塁を記録した。 2006年はA+級ランカスター・ジェットホークス、AA級テネシー・スモーキーズ、AAA級ツーソンでプレーし、3球団合計で89試合に出場して打率.273、4本塁打、28打点、1盗塁を記録した。 2007年はAA級モービル・ベイベアーズ [1]でプレーし、109試合に出場して打率.302、6本塁打、46打点、18盗塁を記録した。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、スコッツデール・スコーピオンズに所属した。 2008年はAAA級ツーソンでプレーした。 レッズ時代2008年8月14日、同月11日に行われたアダム・ダンとのトレードの後日発表選手としてシンシナティ・レッズへ移籍した。移籍後は傘下のAAA級ルイビル・バッツでプレーし、この年マイナーでは移籍前を含めた2球団合計で115試合に出場して打率.248、6本塁打、47打点、5盗塁を記録した。9月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし、翌2日のピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー[2]。この年メジャーでは18試合に出場して打率.281、1打点を記録した。 2009年、メジャーでは4試合に出場して打率.286を記録した。マイナーではAAA級ルイビルでプレーし、37試合に出場して打率.221、2本塁打、7打点、3盗塁を記録した。 2010年は一年間AAA級ルイビルでプレーし、92試合に出場して打率.256、9本塁打、35打点、11盗塁を記録した。オフの11月6日にFAとなった[3]。 ブレーブス傘下時代2010年11月29日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結び、翌2011年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。 2011年は傘下のAAA級グウィネット・ブレーブスでプレーし、80試合に出場して打率.262、5本塁打、37打点、5盗塁を記録した。オフの11月2日にFAとなった[3]。 ロッキーズ傘下時代2011年12月13日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結び、翌2012年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。 2012年は傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスでプレーし、74試合に出場して打率.253、4本塁打、34打点、4盗塁を記録した。オフの11月2日にFAとなった[3]。 メキシカンリーグ時代2012年11月16日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだが、翌2013年のスプリングトレーニング中に自由契約となった。 2013年5月24日にメキシカンリーグのラグナ・カウボーイズと契約した[3]。この年は51試合に出場して打率.378、6本塁打、28打点、6盗塁を記録した。 2014年はティフアナ・ブルズとレイノサ・ブロンコスでプレーし、2球団合計で33試合に出場して打率.206、2本塁打、11打点を記録した。 パイレーツ傘下時代2015年1月30日にパイレーツとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。シーズンでは傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスでプレーし、21試合に出場して打率.250、2打点、1盗塁を記録した。オフの11月6日にFAとなった[3]。 ブルージェイズ傘下時代2016年2月26日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ。シーズンでは傘下のAA級ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツとAAA級バッファロー・バイソンズでプレーし、2球団合計で51試合に出場して打率.229、1本塁打、12打点、2盗塁を記録した。オフの11月7日にFAとなった[3]。 ヤンキース傘下時代2016年12月21日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結び、翌2017年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。 2017年は傘下のAA級トレントン・サンダーとAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースでプレーし、2球団合計で59試合に出場して打率.196、3本塁打、13打点、1盗塁を記録した。オフの11月6日にFAとなった[3]。 独立リーグ時代2018年は独立リーグであるアトランティックリーグのロングアイランド・ダックスと契約した。20試合に出場して打率.314、2本塁打、12打点、1盗塁を記録した。 ヤンキース傘下復帰2018年5月24日にヤンキースとマイナー契約を結んだ。移籍後は傘下のAAA級スクラントン・ウィルクスバリでプレーし、41試合に出場して打率.250、2本塁打、13打点を記録した。オフの11月2日にFAとなった[3]。 マーリンズ時代2019年2月28日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ。シーズンでは開幕を傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスで迎えた。6月21日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りしたが、これは10年ぶりのメジャー昇格となった[4]。翌日の6月22日のフィラデルフィア・フィリーズ戦、「8番・捕手」として先発出場したカスティーヨは7回表2死一、二塁、マーリンズが1点差リードされた状況で打席に立ち、右翼線を破る逆転適時二塁打を放った。10年振りの打点を挙げたカスティーヨは二塁ベース上で拳を振り上げ、喜びを爆発させた。試合はこの2点が勝利打点となり、マーリンズが5-3で勝利した[5]。その後、6月28日にAAA級ニューオーリンズへ降格、9月3日にDFA、9月5日にマイナー契約に切り替わった(そのままAAA級ニューオーリンズに所属)。レギュラーシーズン終了後の10月14日にFAとなった。 2020年は無所属のまま過ごしていたが、7月31日に前年に所属したマーリンズとマイナー契約を結んだ[6]。8月18日に自由契約となった[3]。 詳細情報年度別打撃成績
年度別守備成績
背番号
脚注
関連項目外部リンク
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