エイコサペンタエン酸
(5Z ,8Z ,11Z ,14Z ,17Z )-イコサ-
5,8,11,14,17-ペンタエン酸
略称
EPA 20:5(n-3)
識別情報
CAS登録番号
10417-94-4
KEGG
C06428
CC/C=C\C/C=C\C/C=C\C/C=C\C/C=C\CCCC(=O)O
特性
化学式
C20 H30 O2
モル質量
302.45 g mol−1
示性式
CH3 CH2 (CH=CHCH2 )5 (CH2 )2 COOH
融点
-54から-53 ℃
薬理学
消失半減期
39-67時間[ 1]
特記なき場合、データは常温 (25 °C )・常圧 (100 kPa) におけるものである。
エイコサペンタエン酸 (エイコサペンタエンさん、eicosapentaenoic acid、EPA )またはイコサペンタエン酸 (icosapentaenoic acid)は、ω-3脂肪酸 の一つ。必須脂肪酸 。ごく稀にチムノドン酸 (timnodonic acid)とも呼ばれる。5つのシス 型二重結合をもつ20炭素のカルボン酸 である。
機能
EPAは、プロスタグランジン 、トロンボキサン -3、ロイコトリエン -5(すべてエイコサノイド )の前駆体であるω-3脂肪酸 の多価不飽和脂肪酸 の一つである。ω3系統もω6系統と同様にロイコトリエン などの生理活性物質に変換される。しかしながら、ω6系統を材料にしたものに比較して生理活性 が低い、あるいはないという特徴がある。生理活性 が低いということで、過去、食用油脂から不要として除去されたこともある。しかし、生理活性の強いω6系統と競合することで、免疫 や凝血反応 、炎症 などにおいて過剰な反応を抑えるということが明らかになった。いわばω6系統のブレーキ役であるといえる。実際にω3系統の脂肪酸の1つであるEPAで血小板凝集抑制作用があることが知られている。その裏返しとして、EPAの過剰な摂取により出血傾向が現れることが指摘されている。
ヒトを含む後生動物 では、ω6不飽和脂肪酸及びω3不飽和脂肪酸は合成できない。後生動物ではΔ12-脂肪酸デサチュラーゼ の経路が欠失したものと推測される[ 2] 。後生動物では植物 ・細菌 により合成されたα-リノレン酸 を摂取してΔ6-脂肪酸デサチュラーゼによりα-リノレン酸(ALA)のΔ6の位置に不飽和結合を作りエロンガーゼ により炭素2個伸張して20:4(n-3)のエイコサテトラエン酸 を生成しΔ5-脂肪酸デサチュラーゼにより不飽和結合を増やして体内でEPAを合成するか、EPAを摂取するしかない。そのため、広義では後生動物にとってEPAはω-3脂肪酸の必須脂肪酸 となる。
多くの動物 は体内でα-リノレン酸 を原料としてEPAやドコサヘキサエン酸 (DHA) を生産することができるが、α-リノレン酸からEPAやDHAに変換される割合は10%–15%程度である[ 3] 。
必須脂肪酸 の代謝経路とエイコサノイド の形成
利用
医療用医薬品としては閉塞性動脈硬化症 、高脂血症 治療薬である。商品名としてはエパデール (持田製薬 製造販売)・イコサペント酸エチル Ethyl eicosapentaenoic acid 粒状カプセルなどとして販売されている。ロトリガ (武田薬品工業 製造販売)はEPAとDHAの合剤である。また健康食品 にもDHAとともにサプリメント として用いられている。
研究
基礎研究で脂質代謝 、血液凝固 異常の改善が認められた[ 注釈 1] 。1日4グラム以下のEPA、DHAの摂取により、LDLコレステロール 値5%–10%、中性脂肪 値が25%–30%低下した[要出典 ] 。神戸大学の研究では、1日2700ミリグラムのEPAを8週間投与することにより本態性高血圧 患者の収縮期血圧 が低下した[要出典 ] 。
また認知症 患者への投与で認知機能の改善、手術前のアルギニン などとの併用投与で、感染症 予防、創傷 の治癒促進の報告がされている[ 4] が、確たる再現性は認められていない[ 5] 。
大規模臨床試験「JELIS」において、EPAは冠動脈疾患 を有意に予防したと報告された[ 6] 。
EPAはHDLの酸化を抑制する[ 7] 。
また、EPAは機能不全なHDLを機能的なHDLへと変換する。[ 8]
1970年代のデンマーク本土白人とグリーンランド島原住民イヌイットを比較したダイアベルグらの疫学研究で、イヌイットの心筋梗塞死亡率が著しく低いという報告が注目された。極端な肉食(アザラシ食)であるイヌイットの血中脂質レベルが低い結果や、EPAの豊富な食生活との関連が示された。その後、イヌイット、イヌイット(本土に移住)、白人の血中脂肪酸組成の詳細な分析の結果、血液中のEPAに特異な差があり心筋梗塞の予防への関与が結論づけられた。それ以降もEPAの様々な機能が解明され、現在では治療にも応用されている[ 9] [ 10] [ 11]
存在
DHAは、脳内にもっとも豊富に存在する長鎖不飽和脂肪酸で、EPAは脳内にほとんど存在しない[ 12] 。これは投与されたEPAは脳内に移行したのち、速やかにDPAさらにはDHAに変換されるためである[ 13] 。他方、ラットの動物実験で脳のリン脂質においてDHAを摂食すると脳リン脂質中のDHAの割合は増加したが、DPA及びEPAは摂食しても脳のリン脂質脂肪酸組成にはほとんど影響を及ぼさなかったことから、DHAは血液脳関門 を通過できるが、EPAを含めた他のω-3脂肪酸 は血液脳関門を通過することができない可能性が示唆されている[ 14] [信頼性要検証 ] 。
また、ヒトモデル細胞実験で各種脂肪酸によるDHA取り込みに対する阻害効果を検討した結果、リノール酸 、アラキドン酸 及びエイコサペンタエン酸(EPA)によって阻害され、オレイン酸 によって阻害されなかった。従って、DHAは何らかの脂肪酸選択的な輸送機構を介して取り込まれることが示唆された[ 15] [信頼性要検証 ] 。
脂肪酸 は血液脳関門を通れないため、脳 は通常、脳関門を通過できるグルコース をエネルギー源としている[ 16] 。グルコースが枯渇した場合、アセチルCoA から生成されたケトン体 も例外的に血液脳関門を通過でき[ 17] [信頼性要検証 ] 、血液脳関門通過後に再度アセチルCoAに戻されて、脳細胞のミトコンドリア のTCAサイクル でエネルギーとして利用される[ 16] 。
食品中での存在
EPAは、魚油 食品、肝油 、ニシン 、サバ 、サケ 、イワシ 、ナンキョクオキアミ から得られる。魚介類100g中の主な脂肪酸については、魚介類の脂肪酸 を参照のこと。また、母乳 にも含まれている。
EPAは、マイクロアルジェに存在し商業用に開発されている[ 18] 。EPAは、ふつう高等植物では見られないが、スベリヒユ で微量確認された[ 19] 。
商業ベースでは、「イマーク」(日本水産 )や「エパデールT」(大正製薬 )が健康食品・スイッチOTC として発売されている。「エパデールS」(持田製薬 )やその後発医薬品 は医薬品であり、食品ではない。
エゴマ 油、アマニ 油などにはEPA ではなくα-リノレン酸 が含まれている。α-リノレン酸は、摂取後体内でEPAに変換される。上記の魚油がEPA製剤に用いられているが、魚類はEPAを体内で合成することはできず、魚油のEPAも元は植物プランクトン 由来である。
脚注
注釈
^ 糖代謝異常の改善にも効果があることが明らかとなった。 及川眞一 (JELIS Investigators)、セッション Late Breaking Clinical Trials II、第72回日本循環器学会総会、2008年3月29日。 - 水田吉彦「糖代謝異常の主要冠動脈イベントリスクもEPAで2割減 」JCS2008『日経メディカル』、2008-04-01。
出典
^ Drug Bank
^ 脂肪酸の不飽和化と鎖長延長 、木村 修一、油化学、1971年 20巻 10号 p. 670-677, doi :10.5650/jos1956.20.670
^ 岡田斉、萩谷久美子、石原俊一ほか「Omega-3多価不飽和脂肪酸の摂取とうつを中心とした精神的健康との関連性について探索的検討 : 最近の研究動向のレビューを中心に 」『人間科学研究』第30巻、文教大学、2008年、87–96頁、NAID 120001859287 。
^ 蒲原聖可『サプリメント事典』平凡社、2004年、194–195頁。ISBN 978-4582127263 。
^ “DHA・EPA - 疑似科学とされるものの科学性評定サイト ”. 明治大学科学コミュニケーション研究所 . 2017年9月2日閲覧。
^ Yokoyama, M.; Origasa, H.; Matsuzaki, M. et al. (2007). “Effects of eicosapentaenoic acid on major coronary events in hypercholesterolaemic patients (JELIS): a randomised open-label, blinded endpoint analysis”. Lancet 369 (9567): 1090–1098. doi :10.1016/S0140-6736(07)60527-3 . PMID 17398308 .
^ “Eicosapentaenoic acid inhibits oxidation of high density lipoprotein particles in a manner distinct from docosahexaenoic acid”. Biochemical and Biophysical Research Communications 496 (2). (2018). doi :10.1016/j.bbrc.2018.01.062 .
^ “Administration of high dose eicosapentaenoic acid enhances anti-inflammatory properties of high-density lipoprotein in Japanese patients with dyslipidemia”. Atherosclerosis 237 (4). (2014). doi :10.1016/j.atherosclerosis.2014.10.011 . PMID 25463091 .
^ 「DHA・EPA 」- 疑似科学とされるものの科学性評定サイト
^ 「EPAが注目された理由 」 - 持田製薬「エパデール」
^ グリーンランド人の急性心筋梗塞の発症に関する仮説
^ Quinn, J. F.; Raman, R.; Thomas, R. G. et al. (November 2010). “Docosahexaenoic acid supplementation and cognitive decline in Alzheimer disease: a randomized trial” . JAMA 304 (17): 1903–1911. doi :10.1001/jama.2010.1510 . PMC 3259852 . PMID 21045096 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3259852/ .
^ Ishiguro, J.; Tada, T.; Ogihara, T.; Ohzawa, N.; Murakami, K.; Kosuzume, H. (1988). “Metabolic Disposition of Ethyl Eicosapentaenoate and Its Metabolites in Rats and Dogs” . Journal of pharmacobio-dynamics 11 (4): 251–261. NAID 110003636862 . https://doi.org/10.1248/bpb1978.11.251 .
^ 高橋尚子、ラットにおけるn-3 およびn-6 系多価不飽和脂肪酸の生理作用に関する研究、東北大学 農学((修士論文) 2008年
^ 「健全な神経発達の為に新生児の血液脳関門がもつ機能性脂質供給ルート解明と投与設計 」 研究期間2008年度~2009年度 (科学研究費助成事業データベース)
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関連項目
外部リンク