エニエル・デロスサントス
エニエル・デロスサントス・ポランコ(Enyel De Los Santos Polanco, 1995年12月25日 - )は、 ドミニカ共和国サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのアトランタ・ブレーブス傘下所属。 経歴プロ入りとマリナーズ傘下時代2014年にアマチュア・フリーエージェントでシアトル・マリナーズと契約してプロ入り。 2015年、傘下のルーキー級アリゾナリーグ・マリナーズでプロデビュー。A-級エバレット・アクアソックスでプレーし、2チーム合計で13試合に先発登板して6勝0敗、防御率3.47、71奪三振を記録した。 パドレス傘下時代2015年11月12日にホアキン・ベノワとのトレードで、ネルソン・ウォードと共にサンディエゴ・パドレスへ移籍した[1]。 2016年は傘下のA級フォートウェイン・ティンキャップスとA+級レイクエルシノア・ストームでプレーし、2チーム合計で26試合(先発22試合)に登板して8勝5敗、防御率3.72、97奪三振を記録した。 2017年はAA級サンアントニオ・ミッションズでプレーし、26試合(先発24試合)に登板して10勝6敗、防御率3.78、138奪三振を記録した。 フィリーズ時代![]() (2020年7月15日) 2017年12月15日にフレディ・ガルビスとのトレードで、フィラデルフィア・フィリーズへ移籍した[2]。 2018年は開幕を傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスで迎えた。7月10日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[3]、同日のニューヨーク・メッツ戦にて先発でメジャーデビュー(6.1回を3失点で初登板初勝利)[4]。この年メジャーでは7試合(先発2試合)に登板して1勝0敗、防御率4.74、15奪三振を記録した。 2018年は5試合(先発1試合)に登板して0勝1敗、防御率7.36、9奪三振を記録した。 2020年8月9日にDFAとなり[5]、14日にマイナー契約となった[6]。 2021年5月4日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[7]。9月12日にDFAとなった。 パイレーツ時代2021年9月13日にウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツへ移籍した。オフの11月7日にFAとなった[8]。その2日後にドミニカのウィンターリーグに派遣され、ティグレス・デル・リセイに所属した。 ガーディアンズ時代2021年12月1日にクリーブランド・ガーディアンズとマイナー契約を結び、2022年のスプリング・トレーニングに招待選手として参加することになった。 2022年は開幕を傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズで迎え、4月20日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[9]。5月8日にマイナー契約でAAA級コロンバスへ配属されたが、翌9日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[8]。この年メジャーでは50試合に登板して5勝0敗1セーブ、防御率3.04、63奪三振を記録した。 2023年は70試合に登板して5勝2敗、防御率3.29、62奪三振を記録した。 パドレス時代2023年11月17日にスコット・バーロウとのトレードで、パドレスへ移籍した[10]。 2024年3月20日に開幕ロースター入りした[11]。パドレスでは44試合に登板し、防御率4.46という成績であった。 ヤンキース時代2024年7月30日にブランドン・ロックリッジとのトレードでトーマス・バルボニー・ジュニアと共にニューヨーク・ヤンキースに移籍した[12]。しかしヤンキースでは5試合で防御率14.21と結果を残せず、8月14日にDFAとなった。 ホワイトソックス時代2024年8月17日にウェイバー公示を経てシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[13]。11月22日にノンテンダーFAとなった[14]。 ブレーブス傘下時代2024年12月15日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結んだ[15]。 選手としての特徴フォーシームは平均94.6mph(約152.2km/h)を計測し、変化球ではチェンジアップとカーブを投げる[16]。 詳細情報年度別投手成績
年度別守備成績
背番号
脚注
関連項目外部リンク |
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