シモナ・ハレプ
シモナ・ハレプ[1](ルーマニア語: Simona Halep, 1991年9月27日 - )は、ルーマニア・コンスタンツァ出身の元女子テニス選手。 これまでにWTAツアーでシングルス24勝、ダブルス1勝を挙げる。WTAランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス71位。身長168cm。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。 2018年全仏オープン、2019年ウインブルドン選手権優勝、2014年WTAツアー選手権準優勝、プレミア・マンダトリー優勝3回。WTA1000トーナメント優勝1回。ルーマニア人選手で初の女子シングルス世界ランキング1位。 来歴![]() ハレプは、4歳からテニスを始めた。2008年全仏オープンのジュニア女子シングルス部門で優勝して[2]。同年にプロ転向。 2009-2010年トップ100入り2009年5月、ハレプはテニス選手としてより高い能力を発揮できるように、そのEカップ(一部報道ではHカップなど それ以上のサイズの記述も見受けられる)の乳房を小さくする手術を望んでいると表明[3]、同年7月には乳房縮小手術を受け、バストサイズを縮小した[4]。 2010年はモロッコ・フェズ大会で予選から勝ち上がり初のツアー決勝に進出する。決勝ではイベタ・ベネソバに 4-6, 2-6 で敗れて初優勝を逃した。全仏オープンでは予選を勝ち上がり4大大会に初出場を果たす。1回戦で準優勝したサマンサ・ストーサーに 5-7, 1-6 で敗れている。全米オープンでは、エレナ・ヤンコビッチに 4-6, 6-4, 5-7 で惜敗し、初戦突破はならなかった。 2011-2012年 トップ50入り2011年の全豪オープンの1回戦でアンネ・クレマーを 6-3, 3-6, 6-2 で破り4大大会の初勝利を挙げた。2回戦では第24シードのアリサ・クレイバノワに 6-4, 7-6(2) で勝利し3回戦に進出した。フェズ大会で2年連続の決勝に進んだが、アルベルタ・ブリアンティに 4-6, 3-6 で敗れた。全仏オープンとウィンブルドンも初戦を突破し、全米オープンでは1回戦で全仏優勝者の李娜を 6-2, 7-5 で破る殊勲を挙げた。 2012年5月のブリュッセル大会ではツアー3度目の決勝に進出したがアグニエシュカ・ラドワンスカに 5–7, 0–6 で敗れた。7月のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。シングルスでは1回戦でカザフスタンのヤロスラワ・シュウェドワに 4-6, 2-6 で敗れソラナ・チルステアと組んだダブルスも1回戦でアメリカのビーナス・ウィリアムズ&セリーナ・ウィリアムズ組に 3-6, 2-6 で敗れた。 2013年 ツアー初優勝2013年6月ののニュルンベルク大会でツアー4度目の決勝に進出しアンドレア・ペトコビッチを 6–3, 6–3 で破りツアー初優勝を果たした[5]。翌週のスヘルトーヘンボス大会でも決勝でキルステン・フリプケンスを 6–4, 6–2 で破り2勝目を挙げた。7月のブダペスト大会でツアー3勝目を8月のニューヘイブン大会で4勝目を挙げた。全米オープンでは第21シードとして出場し、3回戦で第14シードのマリア・キリレンコに 6-1, 6-0 で完勝し、4大大会で初めて4回戦に進出した。4回戦ではフラビア・ペンネッタに 2-6, 6-7 (3) で敗れた。10月のクレムリン・カップと11月のトーナメント・オブ・チャンピオンズも優勝し年間6勝を挙げWTAアワードの最も上達した選手賞を受賞した。 2014年 全仏準優勝 世界2位2014年全豪オープンでは4回戦でエレナ・ヤンコビッチを 6-4, 2-6, 6-0 で破り初めて4大大会でベスト8に進出した。準々決勝ではドミニカ・チブルコバに 3-6, 0-6 で敗れた。全仏オープンでは第4シードから6試合をすべてストレート勝ちで決勝に進出した。決勝では3時間を超える熱戦の末マリア・シャラポワに 4-6, 7-6(5), 4-6 で敗れルーマニア人として1978年大会のバージニア・ルジッチ以来となる36年ぶりの全仏優勝を逃した。ウィンブルドンでもベスト4に進出した。2014年8月11日付のランキングで自己最高の2位を記録している。WTAツアー選手権に初出場し準優勝に輝く。最終ランキングでセリーナ・ウィリアムズ、マリア・シャラポワに次ぐ世界3位に着ける。 2015-2016年 プレミア・マンダトリー初優勝2015年は出だしから好調で、最初の6大会で3勝を含みすべてでベスト8以上に入った。第3シードで出場したBNPパリバ・オープンで決勝でエレナ・ヤンコビッチを倒し優勝。プレミア・マンダトリー初優勝となる。しかし、ウィンブルドン選手権は足の水ぶくれも影響して1回戦敗退。その後は1か月半休んだが、ロジャーズ・カップとウエスタン・アンド・サザン・オープンでは準優勝。全米オープンはベスト4入り。WTAファイナルズはラウンドロビン敗退に終わったが、年末順位は2位だった。 2016年全豪オープンは1回戦でGS14連敗だった張帥に不覚をとった。その後はアキレス腱損傷も負った。マドリード・オープンでは優勝した。7月には2大会連続優勝もあった。 2017年 全仏2度の準優勝 世界1位2017年は全仏オープンで2度目の決勝進出を果たすも、決勝ではノーシードのエレナ・オスタペンコに 6–4, 4–6, 3–6 で敗れまたも準優勝となった。チャイナ・オープンでは決勝でキャロリン・ガルシアに敗れるも、ランキング1位のガルビネ・ムグルサが1回戦で敗れた為ポイントで逆転し、10月9日付のランキングで女子シングルス25人目の世界ランキング1位となった。 2018年 全仏初優勝 全豪準優勝2018年の全豪オープンでグランドスラム3度目の決勝進出を果たすも、同じくグランドスラム初優勝が懸かった第2シードのキャロライン・ウォズニアッキに6-7(2), 6-3, 4-6で敗れ、またしてもグランドスラム初優勝を逃した。同時に世界ランキング1位の座もウォズニアッキに明け渡すことになった。2月26日付で世界ランキング1位に復帰した。第1シードとして出場した全仏オープンでは2年連続の決勝進出を果たし、決勝では第10シードのスローン・スティーブンスに3-6, 6-4, 6-1で逆転勝利を収め、悲願のグランドスラム初優勝を成し遂げた[6]。しかし全米オープンでは1回戦でカイア・カネピに敗れ、第1シードとして史上初の初戦敗退となった[7]。WTAファイナルズを欠場。2018年最終ランキングでは2年連続で1位を守っている。 2019年 ウィンブルドン初優勝2019年全豪オープンでは4回戦でセリーナ・ウィリアムズに敗れると、同時に優勝した大坂なおみに抜かれて世界ランク1位から陥落した。マイアミ・オープンで4強入り、モンテカルロ・マスターズでは決勝に進出したが敗れた。全仏オープンはベスト8。ウィンブルドン選手権では準決勝でエリナ・スビトリナを下して決勝に進出した。決勝ではセリーナに6-2, 6-2の完勝を収め、初優勝を果たした[8]。しかし全米オープンは2回戦でノーシードのテイラー・タウンゼントに敗れた。WTAファイナルズは1勝2敗に終わり、年間最終ランキングは4位。 2020年 全豪ベスト42020年全豪オープンはベスト4入りしたが、準決勝でガルビネ・ムグルサに敗れた。ドバイ・テニス選手権でキャリア通算20勝目を挙げた。その後、新型コロナウイルス感染症の流行によりツアーが中断。再開後の復帰戦のプラハ・オープンとBNLイタリア国際で連続優勝。勢いままに全仏オープンに挑んだが、4回戦で優勝したイガ・シフィオンテクに完敗を喫した。連勝は17で止まった。全米オープンはコロナへの懸念から欠場した[9]。年間最終ランキングは2位。 2021年 故障によるトップ10陥落2021年全豪オープンでは、4回戦でシフィオンテクに昨年全仏の雪辱を果たしたが、準々決勝でセリーナ・ウィリアムズに敗れる。マイアミ・オープンは肩の痛みで3回戦を棄権。また、BNLイタリア国際2回戦で左ふくらはぎを痛め途中棄権し、この故障で全仏とウィンブルドンを欠場した[10]。8月中旬のナショナル・バンク・オープンで復帰するも、1回戦敗退。これにより、世界ランキングは13位に後退し、2014年1月以来のトップ10圏外になった[11]。373週連続トップ10入りは、WTA歴代8位の記録である[12]。全米オープンは4回戦進出。トランシルバニア・オープンで決勝に進出するも準優勝に留まり、この年は優勝がなかった。ハレプのツアー優勝なしは、2012年以来のことだった。 2022-2023年 ツアー2勝とドーピング問題2022年は、年始のメルボルン・サマーセット1で優勝。全豪オープンは4回戦進出。BNPパリバ・オープンでベスト4、マイアミ・オープンでベスト8入り。全仏オープンはパニック発作に襲われ2回戦敗退に終わったが[13]、ウィンブルドン選手権は世界4位のパウラ・バドサを破るなどしてベスト4入り。ナショナル・バンク・オープンでは、準々決勝で全仏準優勝のココ・ガウフを破るなどして優勝。この大会で、WTA1000の歴代最多の準決勝進出回数及び決勝進出回数(セリーナ・ウィリアムズとタイ記録)、歴代最多勝利数を記録した[14][15]。また、トップ10に復帰した[16]。全米オープンの1回戦敗退後、鼻の呼吸を改善するための手術を受け[17]、シーズンを終了した。 ドーピング違反2022年全米オープンのドーピング検査で、禁止薬物のロキサデュスタットが検出され、10月から暫定活動停止処分を受けた[18]。2023年5月には生体パスポートに関する違反も報告された[19]。本人やコーチは汚染された栄養サプリメントに原因があるとして、一貫して故意であることを否定し続けたが[20]、2023年9月、ITIA(国際テニス・インテグリティ機構)は「故意」と判断し、ハレプは4年間の活動停止処分を科された[21][22]。翌月にはスポーツ仲裁裁判所(CAS)に異議申し立てを行った[23]。2024年3月5日、CASは控訴を支持し、出場停止期間を9か月に短縮したと発表した[24][25]。これで即大会への出場が可能になったものの、この騒動の間に世界ランキングは消失した。 2024年 復帰CASによる活動停止短縮判断後の3月下旬、マイアミ・オープンでツアーに復帰した[26]。 2025年 現役引退トランシルヴァニア・オープン1回戦でルチア・ブロンゼッティに敗れた後、現役引退を表明[27]。 プレースタイル広いコートカバーリングと強打が特徴のアグレッシブ・ベースライナー[28]。持ち前の身体能力でコート全面を駆け巡り、またエラーも少ない。広いバックスイングとスライディングでボールに素速く到達する敏捷性を持っている。ラリーをコントロールするのが得意でクロスコートとダウンザラインのフラットショットでウィナーを打つ[29]。2013年にブレイクした頃、彼女は主にカウンター・パンチャーだったが、よりアグレッシブなプレーへと変化した。攻撃的でありながらディフェンシブでもあるこのプレースタイルは、ノバク・ジョコビッチと比較される[30]。 WTAツアー決勝進出結果シングルス: 42回 (24勝18敗)
ダブルス: 2回 (1勝1敗)
4大大会優勝
4大大会シングルス成績
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.
脚注
外部リンク
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