ソン・メイカー
ソン・マリアル・メイカー(Thon Marial Maker, 1997年2月25日 - )は、オーストラリアのプロバスケットボール選手。南スーダンのワーウ出身。西オーストラリア州パース育ち。NBAGリーグのリオグランデバレー・バイパーズに所属している。ポジションはセンターまたはパワーフォワード。 来歴1997年にスーダン (現:南スーダン)のワーウで、マヌート・ボルやルオル・デンと同じディンカ族の子として生まれる[2]。メイカー一家は第二次スーダン内戦の戦火から逃れる為に、ソンが幼い頃にウガンダに脱出した後オーストラリアに難民として移動し、以降は西オーストラリア州パースで過ごす[3]。 14歳の時にバスケットボールを始め、2013年にNBA選手を目指す為に渡米し、バージニア州マーティンズビルのカーライル高等学校に進学。1年生ながらレギュラーに定着し、同校を州王者に導く[4]。しかしメイカーは、2014年9月にカナダに航り、オンタリオ州オレンジビルのオレンジビル予備校に編入学した[5]。 2015年3月にオレゴン州ポートランドで開催されたナイキ・フープ・サミットでは、ベン・シモンズらと共に世界選抜チームの一員として出場し、103-101で勝利[6][7]。2016年の予備校卒業時にはアリゾナ州立大学、フロリダ州立大学 、インディアナ大学、カンザス大学、ケンタッキー大学、ノートルダム大学、セントジョンズ大学、ネバダ大学ラスベガス校からの誘いを受けた[8]ものの、19歳で迎える2016年のNBAドラフトにエントリーすることを宣言。NCAAには進まず高校から直接NBA入りすることを決意した[9]。ドラフトでは全体10位という高い評価を受けてミルウォーキー・バックスから指名された[10][11]。 1年目の2016-17シーズン、ジョン・ヘンソンの控えとして57試合(34先発)に平均9.9分の出場で、4.0得点・2.0リバウンド・0.5ブロックなどを記録した。2017年3月31日のデトロイト・ピストンズ戦で自己最多の23得点を記録した[12]が、これが自身にとってNBAで唯一の1試合20得点となった。 2017-18シーズンは74試合(12先発)に平均16.7分の出場で、4.8得点・3.0リバウンド・0.7ブロックなどを記録した。 2018-19シーズンはブルック・ロペスの加入により出場機会が激減し、2019年2月8日、ニューオーリンズ・ペリカンズ、デトロイト・ピストンズとの3チーム間トレードによりピストンズに移籍した[13]。 2019-20シーズンはアンドレ・ドラモンドの控えとして60試合(14先発)に平均12.9分の出場で、4.7得点・2.8リバウンド・0.7ブロックなどを記録した。 2020-21シーズン開幕前にクリーブランド・キャバリアーズと契約したが、2021年1月にジェームズ・ハーデンが絡む大型トレードの結果、キャバリアーズはジャレット・アレンとトーリアン・プリンスを獲得し、メイカーとヨギ・フェレルを解雇した[14]。 2021年8月25日、ハポエル・エルサレムBCと契約[15]。国内リーグのイスラエル・バスケットボール・プレミアリーグでは2試合に出場し、5.0得点、5.0リバウンド、2.0ブロック、バスケットボール・チャンピオンズリーグでは4試合に出場し、2.8得点、3.5リバウンドという成績に終わり[16]、2021年12月12日にチームから契約解除が発表された[17]。 2022年1月21日、Gリーグに所属するロングアイランド・ネッツへの加入が発表された[18]。 家族メイカー一家はディンカ族で、父は身長203cm、母も190cmの長身を誇っているという[19]。 代表歴2022年FIBAアジアカップでは全6試合に出場し、1試合平均25.5分の出場で、17.2得点、8.8リバウンド、2.3アシスト、1.3ブロックというスタッツを残しチームの優勝に大きく貢献。大会ベスト5に選出されている[20][21]。 個人成績
NBAレギュラーシーズン
プレーオフ
脚注
外部リンク |
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