マシュー・アンダーソン
マシュー・ジョン・アンダーソン(Matthew John Anderson, 1987年4月18日 - )は、アメリカ合衆国の男子バレーボール選手である[2][3]。アメリカ合衆国代表。 ニックネームでマット・アンダーソンと呼ばれる。 来歴ニューヨーク州バッファロー出身。5人兄姉の末弟として生まれた。2人の姉は学生時代にバレーボールの経験があり、マットはウェストセレカ高校を2005年に卒業している。 ![]() ウェストセレカ高校(英語版)最上級学年時には、同校バレーボールチームをレギュラーシーズン17勝無敗の好成績で、地区決勝戦へと導いた。決勝ではハンブルク高校に3-0で敗れている。2004年には同校は、ディビジョンⅠ選手権者となった。その後、アンダーソンはエリー郡イーデン町にあったイーデンバレーボールクラブでプレーした。ペンシルベニア州立大学に進んだアンダーソンは、2年次には身長が207cm(6'10")に達した。高校時代の元来のポジションはミドルブロッカーであったが、イーデンVCではアウトサイドヒッターやオポジットとしての経験を積んだ。アンダーソンは今日、著名な同クラブ出身者の中でもトップクラスのプレーヤーとして名を馳せている。 ペンシルベニア州立大学におけるアンダーソンの成績はアタック決定本数1,212本、サービスエース82本であり、歴代の同学出身者ランキングの13位となっている。特筆すべきは2008年シーズンで、ペンシルベニア州立大学ニッタニーライオンズを決勝戦に導き、ペパーダイン大学ウェーブスを打ち破ってNCAA選手権二度目の優勝を飾ったことである。この試合では29本のアタックを決め、MOP(Most Outstanding Player=最も傑出した選手)に選出された。また同年にはEIVA(東部大学バレーボール協会)の年間優秀選手、AVCA(全米大学監督協会)の年間優秀選手、AVCAファーストチームにも選出されている。 2008年7月、ペンシルベニア州立大学4年次への進級を中断し、韓国Vリーグの現代キャピタル・スカイウォーカーズとプロ契約を締結した[4]。デビューシーズンではスカイウォーカーズをレギュラーラウンド1位への導いている。2010/11シーズンはイタリアのカッリポ・ヴィボ・ヴァレンツィアでプレーし、翌シーズンにはパッラヴォーロ・モデナに移籍、更に2012年からはロシア・スーパーリーグのゼニト・カザンへと移籍した。2012/13シーズンにはロシア選手権銅メダル[要出典]と欧州チャンピオンズリーグ銅メダル獲得に貢献した[5]。2013/14シーズンには、ロシア選手権優勝の原動力となり、自らもMVPに選出されている[6][7]。 2014年10月29日、アンダーソンはうつ病を理由に、セニト・カザンとの契約打ち切りを申し入れしたが[8][9]、同年12月26日、年明けからゼニト・カザンへの復帰を表明した[10]。 2025年、SVリーグの日本製鉄堺ブレイザーズに入団[11]。 背番号は1に決定。 球歴アメリカ合衆国代表 2007年-
所属クラブ
受賞歴
脚注
外部リンク
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