マーチー・リー

マーチー・リー
フォーミュラ・アジアV6・バイ・ルノー参戦時のマーチー・リー
基本情報
国籍 香港の旗 香港
生年月日 (1976-09-02) 1976年9月2日(48歳)
出身地 イギリス領香港
アウディ・R8 LMSカップでの経歴
デビュー 2012
所属 アウディ・ウルトラ
車番 1
出走回数 12
優勝回数 3
ポールポジション 4
シリーズ最高順位 1位 (2012)
過去参加シリーズ
2011
2010
世界ツーリングカー選手権
ポルシェ・カレラカップ・アジア
選手権タイトル
2012
2004
アウディ・R8 LMSカップ
フォーミュラ・BMW・アジア

マーチー・リー・イン・キン(Marchy Lee Ying-Kin, 繁体字: 李英健、1976年9月2日 - )は、香港のレーシングドライバー。

経歴

父親もレーサーだったため、幼い頃からカートに参戦し、1996年に珠海国際サーキットが建設された際、第1回中国フォーミュラキャンパス選手権に参戦し優勝を飾ると、フランスル・マンにあるラ・フィリエール英語版・レーシングスクールへのスカラシップを獲得。

3年間フランスで過ごし、フォーミュラ・キャンパスからフランスF3選手権へステップアップした。

その後拠点をアジアに戻り、アジアとオーストラリアのF3レースに参戦。セパンで開催されたアジアF3レースで2勝を挙げ、マカオグランプリでは7位完走を果たす[1]

2003年8月、悪天候に見舞われたフィリップ・アイランドで開催されたオーストラリアF3レースでポールポジションを獲得[2]

その後、北京で開催されたフォーミュラ・BMW・アジアで2勝を挙げ、マカオで開催されたフォーミュラ・ルノーでは中尾秀彬に次いで2位となった[3]。また、ポルシェ・カレラカップ・アジアにも参戦し、、アクセルペダルにトラブルを抱えていた中でアレックス・ユーンチャールズ・クワンマシュー・マーシュ英語版ナイジェル・アルボン英語版に次ぐ5位でチェッカーを受けた[4]

フォーミュラ・BMW・アジア参戦時代(2004年)

2004年、 チーム・メリタスからフォーミュラ・BMW・アジアに参戦し、12勝を挙げ、中国人初のチャンピオンとなった。チャンピオンを獲った副賞に、チーム・ロズベルグF3チームとの3日間のテストに参加した[5]

2004年のフォーミュラ・BMW・アジアでタイトルを獲得した後、ムジェロミナルディチームでF1マシンをテストする機会も得たが、中止となった[6][7]

2005年と2006年にはスポンサーとの契約の問題でレースから遠ざかっていたが、フォーミュラ・アジアV6・バイ・ルノー英語版最終戦珠海よりチーム・メリタスに復帰。マシュー・ハリデー英語版に次ぐ2位に入り、ファステストラップを記録した[8]

2007年3月24日 - 25日に珠海で開催されたアジアン・スーパーカー・チャレンジにフェラーリ・F430で出場し、優勝1回、2位1回を獲得した。その後セパンで開催されたポルシェ・カレラカップ・アジアに出場し、2位を2回獲得した。

2007年のフォーミュラ・アジアV6・バイ・ルノー・シリーズにメリタスより参戦[9]

2007年7月13日、エイドリアン・フーが設立した新チームのドライバーに選ばれ、ポルシェ・カレラカップ・アジアの残りのレースに参戦した[10]

2007年8月1日、8月末にシルバーストンで開催されるA1チーム・チャイナ英語版のルーキーテストに、他の3人のドライバーと共に参加し、9月20日、A1チーム・チャイナのセカンドドライバーとして起用することを正式に発表された。10月12日にチェコで開催された第2戦でデビューを果たすと、ルーキーセッションではチームのデータ収集に尽力し、チェン・コンフー英語版は10位と4位に入賞した。

2007年11月4日、珠海で開催されたポルシェ・カレラカップ・アジアに出場し、第11戦と第12戦で2連勝した[11][12]。続く11月18日には、マカオ戦にも出場し、4位に入賞した(その後、優勝したダニー・ワッツ英語版が黄旗区間で追い越しをしたため30秒のペナルティを受けたため、3位に昇格した)。

2008年に初開催のスピードカー・シリーズに参戦した中で初の中国人ドライバーとなり、50号車を駆った[13]。第3戦バーレーンでのレース2で4位、最終戦ドバイでの2レースで5位と3位を獲得し、ランキング9位となった。

スピードカー・シリーズと並行してチーム・ベターライフからポルシェ・カレラカップ・アジアにも参戦し、開幕戦セパンで2位と4位を獲得すると、第2戦上海では2位と5位を獲得した。

アレックス・ユーン、マシュー・マーシュと共に優勝トロフィーを掲げるマーチー・リー(写真左、インターコンチネンタル・ル・マン・カップ - 珠海1000kmGTCクラスにて)

2010年、ダイナテン・モータースポーツが運営するレッドブル・レーシングからポルシェ・カレラカップ・アジアに参戦し、6月に開催された珠海で2勝を挙げた。珠海での最終戦ではクリスチャン・メンツェルとのタイトル争いを繰り広げていたが、惜しくもランキング2位に終わった[14]

2010年11月7日、マシュー・マーシュ、アレックス・ユーンと組み、インターコンチネンタル・ル・マン・カップ珠海1000kmのKKパフォーマンス(ダイナテン・モータースポーツが運営)のアウディ・R8 LMSを駆った。予選11番手からスタートした98号車はレースの中心となり、ユナイテッド・オートスポーツの96号車がリタイアし、GTCクラスのトップを引き継ぎ、総合12位でチェッカーを受けた[15]

2011年11月21日、マカオGTカップでアウディ・R8 LMSを駆り、ランボルギーニ・ガヤルドを駆る澤圭太に敗れて2位に終わった[16]

2011年3月10日、 KKモータースポーツから世界ツーリングカー選手権に参戦すると発表した[17]。しかし、わずか3戦で選手権から撤退した。

2012年11月11日、上海インターナショナル・サーキットで開催されたアウディR8 LMSカップ第12戦・最終戦で2位となり、初代チャンピオンとなった[18]

人物

現在、妻と2人の娘と共に香港に住んでいる。

レース戦績

世界ツーリングカー選手権

チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 DC ポイント
2011年 デチーム・KK・ モータースポーツ BMW・320 TC BRA
1

16
BRA
2

16
BEL
1

Ret
BEL
2

DNS
ITA
1

20
ITA
2

14
HUN
1

HUN
2

CZE
1

CZE
2

POR
1

POR
2

GBR
1

GBR
2

GER
1

GER
2

ESP
1

ESP
2

JPN
1

JPN
2

CHN
1

CHN
2

MAC
1

MAC
2

NC 0

SUPER GT

チーム 車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
2019年 X WORKS 日産・GT-R NISMO GT3 GT300 OKA
Ret
FUJ
NC
SUZ
28
CHA
6
FUJ
16
AUT
SUG
MOT
25位 5

脚注

  1. ^ Macau Grandprix 2002”. Macau.grandprix.gov.mo. 2007年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年4月17日閲覧。
  2. ^ News channel”. Motorsport.com. 2007年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年4月17日閲覧。
  3. ^ 第五十屆澳門格蘭披治大賽車”. www.macau.grandprix.gov.mo. 2025年5月5日閲覧。
  4. ^ 李英健續攻方程式” (中国語). Apple Daily (2003年11月17日). 2025年5月5日閲覧。
  5. ^ Formula BMW Asia – Round 14 – Taebaek – Race”. BMW Group Press Archive (2004年10月17日). 2025年5月5日閲覧。
  6. ^ F1 News > Marchy Lee to test Minardi”. Grandprix.com (2005年4月23日). 2009年4月17日閲覧。
  7. ^ F1 News - April 2005 - Team Minardi Testing Report from Mugello 27 April 2005”. www.newsonf1.co.uk. 2022年9月14日閲覧。
  8. ^ www.afos.com”. www.afos.com. 2007年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年4月17日閲覧。
  9. ^ www.afos.com”. www.afos.com. 2007年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年4月17日閲覧。
  10. ^ www.afos.com”. www.afos.com (2009年3月29日). 2007年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年4月17日閲覧。
  11. ^ News – Motorsport – Motorsport, Events & Clubs – Dr. Ing. h.c. F. Porsche AG”. Porsche.com. 2009年4月17日閲覧。
  12. ^ News – Motorsport – Motorsport, Events & Clubs – Dr. Ing. h.c. F. Porsche AG”. Porsche.com. 2009年4月17日閲覧。
  13. ^ Archived 16 July 2011[Date mismatch] at the Wayback Machine.
  14. ^ Menzel Clinches 2010 Porsche Carrera Cup Asia Title in Zhuhai”. Porsche.com (2010年11月7日). 2025年5月5日閲覧。
  15. ^ KK Performance: Honours for China and Asia”. Auto News lemans.org (2010年11月9日). 2025年5月5日閲覧。
  16. ^ Sawa Wins Second Macau GT Cup”. macau.grandprix.gov.mo (2010年11月21日). 2025年5月5日閲覧。Archived 25 May 2011 at the Wayback Machine.
  17. ^ 李英健參戰世界房車賽”. The Sun (2011年3月11日). 2025年5月5日閲覧。
  18. ^ Audi R8 LMS Cup Press (2012年11月13日). “Marchy Lee crowned as first Audi R8 LMS Cup champion”. Autoindustrya.com. 2025年5月5日閲覧。

外部リンク

タイトル
先代
ホーピン・タン
フォーミュラ・BMW・アジア
チャンピオン

2004年英語版
次代
サルマン・アル・カリファ
先代
None
アウディ・R8 LMSカップ
チャンピオン

2012年英語版
次代
アデリー・フォン英語版
Prefix: a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

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