大阪教育大学附属高等学校池田校舎
大阪教育大学附属高等学校池田校舎(おおさかきょういくだいがく ふぞくこうとうがっこう いけだこうしゃ、英称:Ikeda Senior High School attached to Osaka Kyoiku University)は、大阪府池田市にある国立高等学校。 大阪教育大学の附属学校。略称は「附高(ふこう)」、「池附(いけふ)」。 概要1956年に開校した。大阪教育大学の附属学校として、一般的な高等学校教育に加えて、教育実践の研究や教育実習生の受け入れなどを行っている。受験資格は、学校が指定した地域(大阪府・京都府・兵庫県の各一部)に保護者と一緒に居住し、通学時間が90分以内の者。 国際教育の研究・実践を深め、指導理念・指導方法・カリキュラム開発研究の基礎的研究を行ってきた。総合的な学習の時間はその実践の場となっている。 1995年以降、国際社会に対応した教育研究をおこなうため、特別枠(帰国生徒・外国人生徒)の募集を開始(2000年に国際枠と改称。8名以内)した。海外の高等学校との交流を深めている。海外からの短期・長期の留学も多く、附高池田の生徒の海外留学も盛んに行われ、AFS日本協会やYFUなどの交換留学団体を使用することが多い。 1996年9月5日に発生した水泳事故、また2001年6月8日の附属池田小事件を受け、安心・安全教育に力を入れており毎年6月8日・9月5日付近には全校集会を必ず開き、それぞれ事件の概要を校舎主任が読み上げ1分間の黙祷を捧げている。 沿革1956年、大阪学芸大学附属池田小学校(現大阪教育大学附属池田小学校)に隣接する現校地に設立された。1957年には大阪学芸大学附属池田中学校(池田市城山1002番地。現大阪教育大学附属池田中学校)が移転し、小・中・高の文教キャンパスとなる。 2003年、ユネスコ・スクール (ASPnet) に加盟した。世界各地の加盟校と共同して国際理解教育を実施し、世界の国々と協同研究・協同実践を進めている。 2003年度より3年間スーパーイングリッシュランゲージハイスクール(SELHiセルハイ、2009年度事業終了)に指定され、多文化理解を目指す実践的な語学教育に取り組んだ。 年表
事故・訴訟1996年9月5日、女子生徒(当時2年生)が1限目の体育の水泳授業に出席、潜水泳法の評価中プールに浮いた状態で見つかる。緊急搬送後、同年9月12日に死亡[1]。 1997年5月12日、死亡女子生徒遺族は学校からの説明にほとんど納得しなかったため、学校と国を相手取り提訴した。2001年3月26日、大阪地方裁判所にて、学校の安全配慮義務違反で事故に至ったとして学校設置者である国の敗訴が確定、原告の訴えが認められた。 事故から10年目を迎えた2006年9月5日、大阪教育大学学長、附属高等学校校長および附属高等学校池田校舎主任は、声明文を公表し、事故の原因と責任についての見解を明らかにした[1]。 大阪教育大学ならびに附属高等学校池田校舎は、この痛ましい水泳事故を末永く記憶にとどめ、安全な水泳授業を誓い、安全な学校の実現への決意を新たにするため、池田校舎の水泳プール入り口付近にメモリアルを設置[2]し、遺族の列席の下に除幕式を挙行した。今ではどのクラスも水泳授業の1回目はそのメモリアルの前に整列し黙祷を捧げている。 著名な卒業生政治・行政
司法財界・経済
学者・医師
文学芸能・ジャーナリズム
芸術
その他アクセス脚注
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