本多陽子
本多 陽子(ほんだ ようこ、1983年8月15日[3][2] - )は、日本の声優、舞台女優、ナレーター[5]。群馬県高崎市出身[3]。フリー[5]。 経歴小さい頃から絵を描くのが好きであり、漫画も好きで読んでいた[7]。小学校、中学時代くらいまでは漫画家になりたいと考えていた[7]。 小学校6年生の時に演劇クラブに所属し、芝居に熱中[7]。「中学になったら演劇部に絶対入ろう!」と思っていたが、中学には演劇部がなく柔道部に入部[7]。「一旦演技をすることへの障害があったことから、役者になりたいという想いが強くなったのかもしれない」と語る[7]。中学時代には、ラジオ番組を聴くようになった[7]。職業としての声優を知って、興味を持ち始めたのはその頃であり、アニメ雑誌などで声優養成所についての記事を読んだり、資料請求をしていた。具体的に声優になろうと決意したのは、高校卒業が近づき進路を決めなくてはいけない時期になった頃である[7]。 直前までドッグトレーナーになろうと動物関係の専門学校に行こうと思っていた[7]。しかし「ドッグトレーナーはいつかなれるかもしれないが、役者は今なろうとしないと夢で終わる」と考え直し、本格的な演技をしたことがなかったことから、やってみたい気持ちもあり、ナレーションにも興味があったことも声優を目指した動機のひとつだったという[7]。 2002年、日本ナレーション演技研究所に入所。2003年、所内オーディションに合格しアイムエンタープライズに所属する。 2004年7月のアニメ『ニニンがシノブ伝』の端役・くノ一役でデビュー。後に、同年10月『うた∽かた』の主役・橘一夏役で本格デビューを果す。 2015年7月31日、アイムエンタープライズを離れフリーとなるになったのを機に、Twitterを開始[8]。 人物3人兄弟の末っ子で、4歳年上の姉と2歳年上の兄がいる[10]。 死去した本多知恵子から持ち役を引き継いでいる。なお、同姓ではあるが、血縁関係はない。 声優以外の活動2005年の10月から始まった『声優生活向上委員会mini』に、2006年2月から始まる2期生に抜擢される。Podcastで配信。2006年4月24日で終了した。 2005年まで、アフレコのたびに群馬から東京まで鉄道や車で通勤していたが、念願の1人暮らしを始めた。これに関連して『うた∽かた 夏・メモリー』では「群馬県は鶴舞う形(参考1、参考2)」と深き郷土愛を主張、それが発展して「群馬にもいいとこあるだんべな」コーナーを作った。 2009年4月5日から2010年3月28日まで梶裕貴と一緒に『VOICE CREW』の21代目パーソナリティを担当[注 2]。コーナーは「ちょぼ倶楽部(仮)」と「よーだのひとり焼き肉への道!」、「よーだのリコーダーマスターへの道」などがある。 出演太字はメインキャラクター。 テレビアニメ
劇場アニメ
OVA
Webアニメ
ゲーム
ドラマCD
吹き替え映画
ドラマ
ラジオ※はインターネット配信。
ラジオCD
テレビ番組
ナレーション
デジタルコミックパチンコ
舞台
その他コンテンツ
ディスコグラフィ→Friendsでの活動については「Friends (声優ユニット)」を参照
キャラクターソング
ライブ・イベント
脚注注釈シリーズ一覧
出典
外部リンク
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