福元洋平
福元 洋平(ふくもと ようへい、1987年4月12日 - )は、大分県大分市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 来歴大分県大分市生まれ。生後すぐに神奈川県川崎市に転居し、12歳まで川崎で育った。少年サッカーチームの監督を務めていた父の影響もあり、幼稚園生時代にサッカーを始めた[1]。川崎市中原区にある少年サッカーチーム・東住吉サッカークラブに所属していたが、小学校6年次に父親の仕事の都合で大分県に戻った。この経緯からプロ入り前後の時期には川崎市出身と登録されたこともあった。中学生時には大分トリニータU-15に入団。当時の福元は熱くなるとチームメイトに文句を言うなど、天狗になっていた部分もあったが[1]、当時のU-15監督であった吉武博文に「今、(おまえには)そんなことをやっている暇はないんじゃないか?[1]」と言われた事をきっかけに態度を改めた。 大分U-18在籍中の2005年にトップチームに2種登録選手として選手登録されると、当時の大分監督であったペリクレス・シャムスカに先発に抜擢され、ストッパーとして7試合に出場。J1残留に少なからずも貢献した[2]。U-19日本代表でもキャプテンを務めた[2]。翌2006年に正式にトップチームに昇格し[3]。リーグ前半戦は11試合に先発出場を果たしたが、後半戦は一転して先発は1試合のみとなり、通算14試合の出場に留まった。翌2007年は先発試合は5試合と前年よりも減少し、出場試合数、出場時間も前年以下の数値となった。 シーズン終了後にガンバ大阪からオファーがあり、1週間程悩んだ末に、厳しい環境の中でステップアップしたいという思いから移籍を決断[4]。2008年、期限付き移籍でG大阪に加入したが、国内外合わせて公式戦8試合の出場に留まった。 2009年にはジェフユナイテッド市原・千葉に期限付き移籍。2010年、大分の財政難の影響もあり千葉へ完全移籍するも、2011年をもって契約満了により退団。 チームのポテンシャル、そしてグラウンドやクラブハウスなど、サッカーに集中できる環境が整っていることへの期待感が大きかった事を理由として[1]、2012年より徳島ヴォルティスに移籍[5]。5シーズン所属し、2年目の2013年には徳島のJ1昇格にも貢献した。 2019年をもって現役引退[8]。Jリーグクラブからのスクールコーチのオファーもあったというが、それらを断り、広告代理店での勤務と並行して宅地建物取引士の資格を取得、山口市の不動産会社に転職し、営業職として勤務している[9]。 所属クラブ
個人成績
その他の国際公式戦
出場歴
代表歴
タイトルクラブ大分トリニータU-18
ヴェルスパ大分
脚注
関連項目外部リンク
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