素数が無数に存在することの証明 (そすうがむすうにそんざいすることのしょうめい)は、古くは紀元前3世紀 頃のユークリッド の『原論 』に記され、その後も多くの証明 が与えられている。素数 が無数に存在することは、しばしばユークリッドの定理 (ユークリッドのていり、英 : Euclid's theorem )と呼ばれる。
ユークリッド
『原論』第9巻命題20[ 1] で、素数が無数に存在することが示されている。その証明は、次の通りである[ 2] 。なお「任意」は誤訳と思われる。
a , b , …, k を任意に与えられた素数のリストとする。その最小公倍数 P ≔ a × b × ⋯ × k に 1 を加えた数 P + 1 は、素数であるか、合成数のいずれかである。素数であれば、最初のリストに含まれない素数が得られたことになる。素数でなければ、何らかの素数 p で割り切れるが、p はやはり最初のリストに含まれない。なぜならば、リスト中の素数は P を割り切るので、P + 1 を割り切ることは不可能だからである。任意の素数のリストから、リストに含まれない新たな素数が得られるので、素数は無数に存在する。
この証明は、しばしば次のような背理法 の形で表現される。
素数の個数が有限と仮定し、p 1 , … pn が素数の全てとする。その積 P = p 1 × ⋯ × pn に 1 を加えた数 P + 1 は、p 1 , …, pn のいずれでも割り切れないので、素数でなければならない。しかし、これは p 1 , …, pn が素数の全てであるという仮定に反する。よって、仮定が誤りであり、素数は無限に存在する。
この形の証明のために、「ユークリッドは、背理法で素数が無数にあることを証明した」「ユークリッドの証明は、存在のみを示しており、具体的な構成の手続きを示していない」「ユークリッドは、最初のいくつかの素数の積に1を加えた数が素数であることを証明した」などの誤解をする者がいるが、いずれも正しくない[ 3] 。『原論』の証明は背理法ではなく、直接証明 (英語版 ) である場合分け (英語版 ) によるものである。また、最後の主張は「 2 × 3 × 5 × 7 × 11 × 13 + 1 = 59 × 509 = 30,031 」という反例により、歴史的にのみならず数学的にも誤りである。
1878年、クンマー は、P + 1 の代わりに P − 1 を考えても、同様に証明できることを注意した[ 4] 。
ゴールドバッハ
ゴールドバッハ は、1730年7月にオイラー に宛てた手紙の中で、フェルマー数
F
n
=
2
2
n
+
1
{\displaystyle F_{n}=2^{2^{n}}+1}
を利用して、素数が無数にあることを証明している[ 5] 。
フェルマー数たちが互いに素 であることが示されれば、無数にあるフェルマー数の素因子を考えることにより、無数に素数を得る。実際、m に関する数学的帰納法 により、簡単に
F
0
F
1
⋯
F
m
=
F
m
+
1
−
2
{\displaystyle F_{0}F_{1}\cdots F_{m}=F_{m+1}-2}
が得られるので、ある素数 p が2つのフェルマー数を割り切るとすると、p は 2 も割り切ることになって不合理である。
オイラー
オイラー による証明[ 4] [ 6] は、リーマンゼータ関数 のオイラー積表示 を用いたものである。
素数は有限個の p 1 , …, pn からなると仮定する。各素数 pi に対し、等比級数 の公式により
1
1
−
p
i
−
1
=
∑
k
=
0
∞
1
p
i
k
{\displaystyle {\frac {1}{1-{p_{i}}^{-1}}}=\sum _{k=0}^{\infty }{\frac {1}{{p_{i}}^{k}}}}
が成り立つ。i = 1, …, n における両辺の総乗 を取ると、任意の自然数は素数の積として一意に表せる(算術の基本定理 )ことより、
∏
i
=
1
n
1
1
−
p
i
−
1
=
∏
i
=
1
n
∑
k
=
0
∞
1
p
i
k
=
∑
m
=
1
∞
1
m
{\displaystyle \prod _{i=1}^{n}{\frac {1}{1-{p_{i}}^{-1}}}=\prod _{i=1}^{n}\sum _{k=0}^{\infty }{\frac {1}{{p_{i}}^{k}}}=\sum _{m=1}^{\infty }{\frac {1}{m}}}
を得る。左辺は有限値であるのに対し、右辺は調和級数 であり、発散 するので、矛盾する。
エルデシュ
素数の逆数和は(無限 大に)発散することが示されば、素数は無数に存在することが直ちに従う。素数の逆数和が発散することは、オイラーが初めて証明したが、以下はエルデシュ が1938年に発表した、より簡潔な証明である[ 6] 。
素数の逆数和は収束すると仮定する。n 番目の素数を pn で表すことにすると、ある番号 k が存在して
∑
i
=
k
+
1
∞
1
p
i
<
1
2
{\displaystyle \sum _{i=k+1}^{\infty }{\frac {1}{p_{i}}}<{\frac {1}{2}}}
である。素数全体を2つのグループに分け、p 1 , …, pk を「小さい」素数、p k +1 以降を「大きい」素数と呼ぶことにする。N 以下の自然数で、「大きい」素数で割れる数と、「小さい」素数でしか割れない数に分け、前者の個数を N 1 、後者の個数を N 2 とおく。当然 N = N 1 + N 2 である。
以下、N 1 と N 2 の大きさを見積もる。N 以下の p の倍数の個数は、床関数 を用いて
⌊
N
p
⌋
{\displaystyle \left\lfloor {\frac {N}{p}}\right\rfloor }
と表せるから、
N
1
≤
∑
i
=
k
+
1
∞
⌊
N
p
i
⌋
≤
∑
i
=
k
+
1
∞
N
p
i
<
N
2
{\displaystyle N_{1}\leq \sum _{i=k+1}^{\infty }\left\lfloor {\frac {N}{p_{i}}}\right\rfloor \leq \sum _{i=k+1}^{\infty }{\frac {N}{p_{i}}}<{\frac {N}{2}}}
を得る。ここに、最後の不等号は上記の仮定から従う。次に、x を小さい素数でしか割れない N 以下の自然数とし、x = uv 2 (u は平方因子を含まない) と表す。u の可能性は高々 2k 通りであり、v 2 ≤ x ≤ N であるから、
N
2
≤
2
k
N
{\displaystyle N_{2}\leq 2^{k}{\sqrt {N}}}
を得る。よって、
N
=
N
1
+
N
2
<
N
2
+
2
k
N
{\displaystyle N=N_{1}+N_{2}<{\frac {N}{2}}+2^{k}{\sqrt {N}}}
となる。しかし、この式は N = 22k +2 に対して成り立たない。
フュルステンベルグ
フュルステンベルグ の証明は、トポロジー を用いたものである[ 4] [ 6] 。彼は、まだ学部生であった1955年に、証明を発表した。
整数全体からなる集合 Z に、両方向への無限等差数列
a
Z
+
b
=
{
a
x
+
b
∣
x
∈
Z
}
{\displaystyle a\mathbb {Z} +b=\{ax+b\mid x\in \mathbb {Z} \}}
(ただし、a , b は整数で、a ≠ 0 )全体を開基 とする位相 を定める。換言すれば、この位相における開集合 は、(空集合 であるか)任意個の無限等差数列の和集合 である。このとき、空でない有限集合は開集合ではないことに注意する。
任意の無限等差数列は、開集合であると同時に、
a
Z
+
b
=
Z
∖
(
⋃
i
=
1
a
−
1
(
a
Z
+
b
+
i
)
)
{\displaystyle a\mathbb {Z} +b=\mathbb {Z} \setminus \left(\bigcup _{i=1}^{a-1}(a\mathbb {Z} +b+i)\right)}
という表示により、閉集合 でもある。p 1 , …, pn が素数全体と仮定すると、
A
:=
⋃
i
=
1
n
p
i
Z
{\displaystyle A:=\bigcup _{i=1}^{n}p_{i}\mathbb {Z} }
は有限個の閉集合の和集合であるから閉集合である。したがって閉集合 A の補集合 Ac = Z ∖A は開集合である。ところが ±1 以外の任意の整数は何らかの素数で割り切れるから、Ac = {±1} である。これは空でない有限集合であるため開集合ではなく、矛盾が生じる。
π が無理数であることを使った証明
ライプニッツの公式 をオイラー積 の形で表すと[ 7]
π
4
=
3
4
×
5
4
×
7
8
×
11
12
×
13
12
×
17
16
×
19
20
×
23
24
×
29
28
×
31
32
×
⋯
{\displaystyle {\frac {\pi }{4}}={\frac {3}{4}}\times {\frac {5}{4}}\times {\frac {7}{8}}\times {\frac {11}{12}}\times {\frac {13}{12}}\times {\frac {17}{16}}\times {\frac {19}{20}}\times {\frac {23}{24}}\times {\frac {29}{28}}\times {\frac {31}{32}}\times \cdots \;}
この積の分子は奇素数であり、分母はそれぞれに対応する分子に一番近い 4 の倍数である。もし素数が有限個ならば π は有理数として表すことができる。しかし π は無理数 なので、背理法より素数は無限に存在する。
サイダック
現代においても、新たな証明が次々に提案されている。その中でも、2006年に発表されたフィリップ・サイダックによる証明は非常に簡潔である[ 8] [ 9] 。
n は2 以上の整数とする。n と n + 1 は互いに素 なので、N 2 := n (n + 1) は少なくとも2つの異なる素因子を持つ。同様に、N 2 と N 2 + 1 は互いに素なので、N 3 := N 2 (N 2 + 1) は少なくとも3つの異なる素因子を持つ。この操作を続けることにより、任意に多くの異なる素因子を持つ数を構成することができるので、素数は無数に存在する。
脚注
^ 成立当初の原論には本定理が書かれておらず、本定理の記述は後から追加されたものである可能性がある。参考: エウクレイデス全集 第2巻、齋藤憲訳、東京大学出版会 、pp. 39, 263、2015
^ D. E. Joyce による英語訳 。日本語訳には中村幸四郎 らによる訳がある。
^ Hardy and Woodgold, p. 44
^ a b c Ribenboim, 第1章
^ C. K. Caldwell, Goldbach's Proof of the Infinitude of Primes (1730) - Prime Pages
^ a b c Aigner and Ziegler, 第1章
^ Debnath, Lokenath (2010), The Legacy of Leonhard Euler: A Tricentennial Tribute , World Scientific, p. 214, ISBN 9781848165267 , https://books.google.co.jp/books?id=K2liU-SHl6EC&pg=PA214&redir_esc=y&hl=ja .
^ Saidak, Filip (2006), “A new proof of Euclid's theorem”, Amer. Math. Monthly 113 : 937–938, doi :10.2307/27642094 , MR 2271540 , Zbl 1228.11011
^ C. K. Caldwell, Filip Saidak's Proof - Prime Pages
参考文献
中村幸四郎 他訳『ユークリッド原論』共立出版 、1996年 ISBN 978-4320015135
M. Aigner and G. M. Ziegler, Proofs from the Book , 3rd edition, Springer, 2003. ISBN 978-3540404606
Paulo Ribenboim, The Book of Prime Number Records , Springer, 1988 ISBN 978-0387965734
G. H. Hardy and E. M. Wright, An Introduction to the Theory of Numbers , Fifth Edition, Oxford University Press, 1980 ISBN 978-0198531715
M. Hardy and C. Woodgold, Prime Simplicity , Mathematical Intelligencer, volume 31, number 4, 2009, 44-52.
関連項目
外部リンク