自律神経失調症(じりつしんけいしっちょうしょう、autonomic dystonia、 autonomic imbalance、vegetative dystonia)とは、自律神経系に関連していると考えられている病態の総称である。器質的な異常を伴わないとされるものの、様々な身体症状の訴えを伴う。
概念
自律神経失調症とは、
- 色々な身体の症状の訴えがあるが,それに関連する器質的な異常は見つからないものについて、これを自律神経系に関連した症状とみなして呼ぶ呼び名で
- 症候群として理解され、
- 定義は漠然としており,いわゆる医学的に正式な病名ではなく[12]、明確な定義がない。
この病気は日本では広く認知されているものの、精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)では定義されていない。疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10版(ICD-10)では、「身体化障害,身体表現性自律神経機能不全,全般性不安障害,混合性不安抑うつ障害(英語版)などが,自律神経失調症に相当する概念であると考えられている。」[14]。一方、ICD-10の日本語訳では「G90.9 自律神経系の障害,詳細不明」[注釈 1]の「病名」「2 自律神経失調症」[1][16]としている。
日本で一般に広く使われている用語「自律神経失調症」は、1960年代東邦大学の阿部達夫の提唱による[17]。「自律神経失調症」の研究は第二次世界大戦前はドイツ語圏などで自律神経学の中心テーマだったのだが、戦後は「自律神経失調症」は「junk disease」とみなされて、戦前の研究は忘れられていた[17]。ただし「自律神経失調症」の意味するところは、各時代・各研究者すなわち戦前の各研究、阿部達夫の提唱時期で違いがある[17](下表[18]参照)。
自律神経失調症の疾患名の変遷
提唱者
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年
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日本語名
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外国語名
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Rosenbach
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1878
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迷走神経症
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Neurose des Vagus
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Noorden
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1891
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ヒステリー性迷走神経症
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Hysterishce Vagoneurose
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Zuelzer
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1908
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慢性迷走神経症
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Chronische Vagoneurose
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Eppinger and Hess
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1910
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交感神経緊張者
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Sympathikotoniker
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副交感神経緊張者
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Parasymapathikotoniker
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Bergmann
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1934
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自律神経失調症
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Vegetative dystonie
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Selye
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1936
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下垂体副腎系
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Pituitary-adrenal system
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Siebeck
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1939
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自律神経不安定症
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Vegetative labilität
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Okinaka
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1948
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Sympathikonie, paratonie
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Abe
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1952
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脚気様状態
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Beriberoid
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Kushima
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1952
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自律神経症
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Abe
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1961
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自律神経失調症候群
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Vegetative syndrome
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Abe
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1965
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不定愁訴症候群
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Unidentified clinical syndrome
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Delius
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1966
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精神自律神経症候群
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Psycho-vegetative syndrome
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阿部達夫自身は1965年に以下のように述べている。
「…その訴えが自律神経を介しておこるものが多いところから,いわゆる自律神経失調症などとよばれている場合もある.しかしこれら患者の多くは脚気とは全く無関係であることや,一部は自律神経失調とも関係のないところから,わたくしは不定愁訴症候群として一括しておくのがよいかと考えている」
阿部達夫は、自律神経失調症を「不定愁訴」や「不定愁訴症候群」とほぼ同義として提唱したのである[18]。
2009年、宮岡等(北里大学医学部精神科学主任教授)らは「かつて内科医は自律神経失調症という病名をよく用いていた」と記述し、同年、天野雄一(東邦大学医学部心身医学講座)らも、『最近では用いられなくなってきたがいわゆる「自律神経失調症」と呼ばれるカテゴリーに相当する』と述べた。2011年には「かつて『不定愁訴症候群」や「自律神経失調症」という言葉を用いていた病態』,といった言及がなされた。「不定愁訴症候群」に関連しては、和雑誌における研究論文において,DSM-IVの登場以降は『「不定愁訴」という表現は減少し,「身体表現性障害」がMUSを代表する表現となっていたように思われる』 (MUS: 医学的に説明困難な症状(Medically Unexplained Symptoms)(英語版))と記述されている。しかしながら、自律神経失調症という用語そのものは2024年時点でも医学論文で見られる表現である[注釈 2]。
批判
自律神経失調症は、暫定的な診断であるとか、「便宜的な“診断名”」、「病名のくずかご」、「ゴミ箱的診断」で「医学的に正しいものとは言いがたい」、安易な使用が「精神疾患の鑑別をなおざりにし,時に身体疾患の厳密な鑑別さえ失わせてきた」という批判がある。
症状
日本臨床内科医会による一般向けの冊子(2002年)では以下の、日常起こりがちな症状が挙げられていた[12]。
めまい、肩こり、倦怠感、疲労感、微熱、頭痛、頭重感、手足の痺れや痛み、冷え、顔がほてる、息切れ、動悸、下痢、便秘、胃部不快感、食欲不振、胃痛、悪心、不眠、寝汗。
医学書や医学辞典に挙げられている症状は以下の通りである。
各書籍の「自律神経失調症」の項で症状に何が挙がっているか
書籍↓/症状→ |
倦怠感 |
めまい |
頭重 |
頭痛 |
動悸 |
息切れ |
胸部不快感 |
腹部違和感 |
その他
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医学書院 医学大辞典 |
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「多臓器にわたる不安定で消長しやすい自律神経系身体的愁訴」
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医歯薬出版最新医学大辞典 |
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「臨床的には種々の自律神経系の愁訴」
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同上/(項目名は「不定愁訴症候群」) |
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疲労感・しびれ感
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現代精神医学事典 |
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南山堂医学大辞典 |
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のぼせ,冷え性,発汗,下痢,不眠
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ストレス科学辞典 |
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新版精神医学事典 |
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現代臨床精神医学 |
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朝倉内科學 |
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腹痛,下痢,しびれ,いたみ
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治療
多くの患者は内科ではなく心療内科や神経科に通院する[要出典]。治療には抗不安薬やホルモン剤を用いた薬物療法や、睡眠の周期を整える行動療法などが行われている[要出典]。最近では体内時計を正すために強い光を体に当てる、見るなどの療法もある[要出典]。
西洋医学での改善が認められない場合は、鍼灸[32]・整体・マッサージ・カウンセリングなどが有効な場合もある[要出典]。
成長時の一時的な症状の場合、薬剤投入をしないで自然治癒させる場合もある[要出典]。また、自ら自律訓練法を用いて心因的ストレスを軽減させ、症状を改善させる方法もある[要出典]。
薬物療法
トフィソパムは自律神経失調症に対して適応がある[33]。頭痛、めまい、不安、意欲低下などの症状を改善するとされる一方、副作用にもめまいや頭痛が含まれる[33]。
漢方薬
漢方薬の場合、若年から老年まで幅広い年齢に適用できる[信頼性の低い医学の情報源?][34]。副作用が既往に生じたものは原則として適応外[35]。
症状と所見を元にした頻用処方を以下に示す(主訴→随伴症状の順)[35]。
- めまい・たちくらみ
- 動悸
- 頭痛・頭重
- 全身倦怠感
- 不定愁訴
脚注
注釈
- ^ G90.9 Disorder of autonomic nervous system, unspecified[15]
- ^ 医学中央雑誌で、2019年から2024年まで、自律神経失調症を検索したところ、299件以上の論文(会議録除く)があった。
出典
参考文献
- 野間 俊一「DSM-5 によって失われた身体症状症に関連する歴史的概念」『精神科治療学』第32巻第8号、2017年8月、997-1002頁。
- 岡田 宏基「医学的に説明困難な身体症状 ─ MUS (medically unexplained symptoms) および FSS (functional somatic syndrome) ─」『精神科治療学』第32巻第8号、2017年8月。
- 田中 聡「神経衰弱」『精神科治療学』第26巻増刊号 神経症性障害の治療ガイドライン、2011年10月、209頁。
- 宮岡 等、宮地 英雄「機能性身体症候群 (FSS)」『精神科治療学』第26巻増刊号 神経症性障害の治療ガイドライン、2011年10月、261頁。
- 田中 英高「起立性調節障害」『精神科治療学』第22巻第7号、2007年7月、791-800頁。
- 熊野 宏昭「うつ病,自律神経失調症,心身症の鑑別」『日本医師会雑誌』第139巻第9号、2010年12月、1845-1849頁。
- 宮岡 等「精神科診療とFSS」『日本臨牀』第67巻第9号、2009年9月。
- 渡邉 義文「身体愁訴とうつ近縁疾患」『綜合臨牀』第54巻第12号、2005年12月、3092-3096頁。
- 井口 登美子「婦人科と自律神経失調症」『日本産科婦人科学会雑誌』第45巻第5号、1993年5月。
- 天野 雄一「身体症状の訴えが持続する患者への対応」『心身医学』第49巻第3号、2009年、255-259頁、doi:10.15064/jjpm.49.3_255。
- 瀧井 正人「不定愁訴症候群(いわゆる自律神経失調症)の臨床像に関する検討 : 当科心身症外来患者における知見に基づいて」『心身医学』第34巻第7号、1994年10月、573-580頁、doi:10.15064/jjpm.34.7_573。
- 片山 義郎「自律神経失調症と精神神経科臨床」『心身医学』第29巻第1号、1989年1月、63-69頁、doi:10.15064/jjpm.29.1_63。
- 阿部 達夫「ビタミンと臨床」『日本内科学会雑誌』第54巻第9号、1965年、989-1006頁、doi:10.2169/naika.54.989。
- 安部井 瑠美子「自律神経失調症の臨床的および機能的研究」『日本内科学会雑誌』第50巻第5号、1961年、369-381頁、doi:10.2169/naika.50.369。
- 角田 美穂「精神科外来における病名記載の実態に関する検討」『信州医学雑誌』第54巻第6号、2006年、387-393頁、doi:10.11441/shinshumedj.54.387。
- 日本神経学会用語委員会『神経学用語集』(改訂第3版)文光堂、2008年5月12日。ISBN 9784830615375。
関連項目
外部リンク