郷州征宜
郷州 征宜(ごうしゅう まさのぶ、1986年4月10日 - )は、日本の男性元キックボクサー。神奈川県秦野市出身。K-1ジム総本部チームペガサス所属。元Krushスーパーフェザー級(-60kg)王者。 来歴生まれながらにして難聴の障がいがあり、幼少の頃にいじめを受けた経験もある。運動が得意だったため野球を始めたところ、才能が開花。秦野リトルシニアに所属していた2001年には、日本代表としてリトルリーグ全米選手権に出場した。東海大学付属甲府高等学校在学時には、2004年第86回全国高等学校野球選手権大会に出場してベスト4まで進出、代打として2安打を記録した。 2006年~2009年まで湘南ひらつかマルユウベースボールクラブに所属していた。 高校卒業後、キックボクシングに出会い、PHOENIX所属として、2011年RISE主催のアマチュア大会KAMINARIMON全日本トーナメント65kg級で優勝し大会MVPに選出される。その実績を引っ提げ、2011年11月23日、RISE 85にて宮崎就斗戦でプロデビュー。判定勝ちを収める。当時はリングネームの郷州 力(ごうしゅう りき)で試合をしていた。 2012年10月25日、開道に勝利しRISING ROOKIES CUPスーパーフェザー級で優勝。 2014年1月25日、RISEスーパーフェザー級タイトルマッチにて、王者小宮山工介に挑戦するも、判定負け。プロデビューから11戦目にして、初黒星を喫する。 2015年7月12日、REBELS -60級タイトルマッチにて、王者町田光に挑戦するが、判定負け。タイトルマッチに2連敗。 2015年7月12日、第4代RISEスーパーフェザー級王座決定トーナメントに抜擢され、準決勝で野辺広大と対戦し、判定負け。またも悲願のベルト獲得はならなかった。 2016年、これまでアマチュア時代から所属していた、PHOENIXよりK-1ジム総本部 チームペガサスへ移籍。キックボクシングを始めるきっかけであったK-1の出場を目指すこととなる。 2016年4月24日、K-1 WORLD GP 2016 IN JAPAN ~-60kg日本代表決定トーナメント~にて、神戸翔太戦でK-1デビューするも、判定負けを喫する。 2017年4月2日、Krush.75にて、第5代Krush -60kg王座決定トーナメント準決勝で、安保璃紅と対戦するも、判定負け。またも王座獲得はならなかった。 2017年5月28日、Krush.76にて、Krush -60kg次期挑戦者決定トーナメントの準決勝に出場予定だった島野浩太郎の出場辞退に伴い、代替選手に抜擢され、闘士と対戦し、2Rボディへヒザ蹴りが決まってのKO勝ち。トーナメント決勝戦に進出した。 2017年8月6日、Krush.78にて、Krush -60kg次期挑戦者決定トーナメント決勝戦で大沢文也と対戦。ダウンを奪うなどして圧倒し、判定勝ち。王者安保璃紅への挑戦権を獲得すると同時に、Krush -60kg王座決定戦で敗れた安保へのリベンジのチャンスを得た。 Krush -60kg王座獲得2017年10月1日、Krush.81にて、Krush -60kgタイトルマッチで王者安保璃紅に挑戦。郷州の夫人が書いた直筆イラスト付きの応援タオルを手にした大勢のファンから声援が送られる中、一進一退の攻防から徐々に攻め込まれ形勢不利になるが、試合終了15秒前に、安保の飛びヒザ蹴りに、左ストレートをカウンターで合わせて逆転のダウンを奪い、判定勝ち。自身3回目の王座挑戦で、悲願のベルトを手にした。マイクパフォーマンスで、ジムの会長や仲間、勤務先やスポンサー企業、家族への感謝の言葉、そして自らと同じ耳の聞こえない子供達へ「諦めなければ、健常者の中でも一番になれる」という、夢を諦めずに努力する大切さを述べた後に、夫人をリングに呼び込み、「チャンピオンになったらしてほしい」と約束していたお姫様抱っこをして、会場からも温かい拍手が送られた。 2018年3月21日、K-1 WORLD GP 2018 JAPAN ~K'FESTA.1~にてK-1 WORLD GP 第4代スーパー・フェザー級王座決定トーナメントに出場。一回戦でドイツのデニス・ウォーシックに2-0で判定勝利するが、準決勝で武尊にKO負けを喫した。 2018年6月30日、Krush.89のKrushスーパーフェザー級タイトルマッチで挑戦者の島野浩太朗と対戦し、判定負けを喫し王座防衛に失敗した。 2018年9月24日、K-1 WORLD GP 2018 JAPAN ~初代クルーザー級王座決定トーナメント~において3月に対戦予定であったティルーム・ナドロフ(ロシア)との対戦が決定していたが、ナドロフの怪我により代役のスアレック ・ルークカムイ(タイ)と対戦し判定負けを喫した。 2022年7月7日、現役引退が発表された。 2022年8月27日krush140において引退セレモニーが行われ現役生活の幕を閉じた。 人物2016年、聴覚障がい者の交流会で知り合った一般女性と結婚。 ハートネットTVの取材において、障がいを言い訳に現実から目を背けてしまった時期があったことを明かし、今でもそのことを後悔して何事にも正面から向き合うことを信条としている。 戦績
獲得タイトル
脚注関連項目外部リンク
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