鳥羽市立鏡浦中学校
鳥羽市立鏡浦中学校(とばしりつ かがみうらちゅうがっこう)は、かつて三重県鳥羽市にあった公立中学校。鳥羽市立鳥羽東中学校に統合され、2014年(平成26年)3月31日をもって閉校した[1]。 閉校直前の2014年(平成26年)3月25日現在の生徒数は2人[1]で、同年3月の卒業生を含めると10人であった[2]。 概要全校生徒は例年20〜30人という小規模校であった[3]。この小規模校の特性を生かしたきめ細かな指導、確かな学力の育成が模索されていた[4]。生徒の祖母のほとんどは海女をしているが、生徒の生活は地域の産業から離れつつあり、漁業体験・調査学習を通して、漁業と自分のつながりを実感していた[3]。
校地は伊勢湾口にある生浦湾(おうのうらわん)を見下ろす高台にあり[7]、鳥羽市鏡浦地区の避難所・一時立ち退き場所になっていた[8][9]。三重県の想定では東南海地震・東海地震・南海地震の3地震が同時発生した場合、生浦湾に最大3.23mの津波が押し寄せるとされており、2011年(平成23年)6月9日には隣接する鏡浦小学校と合同で避難訓練が行われた[7]。 地元で開かれる「牡蠣の国まつり」(浦村かきの無料提供・販売などを主としたイベント)に協力者として名を連ねていた[10]。 沿革
海と関わる学習活動鏡浦中学校では海と関わる学習活動が行われていた。 1999年(平成11年)度から地域で盛んなカキの養殖体験を行っていた[3]。2001年(平成13年)から総合的な学習の時間(THE KAGAMIURA)を利用するようになり[6]、年度を追うごとに漁業体験・干物やカキ料理作り・カキ販売など活動の幅を広げ、2010年(平成22年)には年間を通してさまざまな実習・調査活動を組み込んだ[3]。この活動には、学校の近くにある海の博物館との連携も重要な役割を果たしていた[3]。2010年(平成22年)からは総合学習を利用して地元の漁師が行っている生浦湾のアマモ場の保存・再生事業に、環境教育と絡めて積極的に関わっていた[21][22]。アマモを含む藻場は「海のゆりかご」と呼ばれ、稚魚の生育に必要な環境である[22]。 2011年(平成23年)2月17日に海の博物館で開かれた、「アマモ場の再生を目指して-漁業者と参加中学生の交流」に参加した[21][23]。この会には、的矢湾で同じくアマモ場再生を行っている志摩市立的矢中学校や漁業関係者、三重大学生物資源学部の教授ら約120名が参加し、地域間・世代間を越えた交流が行われた[21][23]。同年6月6日には浦村町の小白浜海岸でアマモ移植体験を行った[22]。この海岸は「こじらはま」と読み、映画『ゴジラ』の第1作のロケ地になった場所の近くでもある[24]。 学区![]() 鳥羽市立鏡浦小学校と同じであった[25]。
学区は上記の2町だけであったが、通学に約1時間かかる生徒もいた[7]。 交通
周辺
出身者閉校までに2,808人が卒業した[1]。 脚注
参考文献
関連項目外部リンク
|
Portal di Ensiklopedia Dunia