WCW世界ヘビー級王座 |
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管理団体 |
WCW WWE |
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創立 |
1991年3月21日 |
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WCW世界ヘビー級王座(WCW World Heavyweight Championship)は、かつてのプロレス団体WCWの王座の一つ。一時期はWWF(現:WWE)の王座の一つでもあった。2001年12月9日にWWE王座に統一されるものの、2002年に世界ヘビー級王座として復活。
歴史
1991年3月21日、NWA世界ヘビー級王者のリック・フレアーが東京ドームで藤波辰爾と王座戦を行い藤波が3カウントを取った。WCWの用意したシナリオでは、本国のルールにより、3カウント前のオーバー・ザ・トップロープによる反則負け=フレアーの王座防衛の予定だったが、新日本プロレスが納得せず、またWCWも王座移動を認めなかったため[注釈 1][注釈 2]、藤波がNWA世界ヘビー級王者に、フレアーがWCW世界ヘビー級王座を防衛という形で王座が分裂し、WCW世界ヘビー級王座が誕生。その後、WWF世界ヘビー級王座と双璧を担う存在となり、多数のレスラー達によって争われた。しかし、フィンガーポーク・オブ・ドゥームをきっかけにWCW世界ヘビー級王座の価値が落ち始めた。特にWCW後期になっていくと、レスラーではない、俳優のデヴィッド・アークエットや脚本家のビンス・ルッソーが王座を獲得したり、毎週のように王座が移動するなど、価値が没落していった。2001年にWCW崩壊、その後はWWFのタイトルになった。12月9日に消滅した。2002年に世界ヘビー級王座として復活するが、2013年にWWE王座と統一して再び消滅。
歴代王者
WCW時代
WWF時代
関連項目
脚注
注釈
- ^ こうした事情からWCWは、関係者がNWA世界ヘビー級王座のベルトを東京から本国アメリカに持ち帰ってしまい、後日の本国向けのテレビ中継にて藤波の王座奪取の映像を流しながらも『オーバー・ザ・トップロープがあったため、王座移動は認められない』との公式見解を示した(無論、新日本プロレス側は承服せず、ベルトが手元にない状態ながら、選手コールの度に藤波を「NWA世界ヘビー級チャンピオン」と紹介し続けた)。5月19日、アメリカ・フロリダ州セントピーターズバーグでWCWが開催した「スーパー・ブロウル」において、『WCWチャンピオンはどちらか』と銘打ち、NWA世界ヘビー級王者のフレアーとIWGPヘビー級王者の藤波との再戦を挙行、こちらはフレアーが雪辱を果たした。
- ^ 一方で当時、アメリカのスポーツ新聞「ナショナル」(現在は廃刊)は、この東京ドームのタイトル戦について「藤波がNWA王座を奪取」と報道、同紙は「藤波の戴冠でNWA王座は、よりインターナショナルなものになった」とも伝えたという(当時の東京スポーツより)。
外部リンク
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