ニッポンサイ (日本犀)は、中期更新世 (チバニアン )の日本列島 に生息していた化石種 のサイ であり、ステップサイ (Stephanorhinus hemitoechus )などと近縁である。1967年 に記載 された時点ではスマトラサイ に近縁だと考えられたために「Dicerorhinus nipponicus 」という学名 が与えられたが、2016年の再評価によって後期更新世 まで生存していたユーラシア大陸 産のメルクサイ (英語版 ) (Stephanorhinus kirchbergensis ) と同一種であるとされた[ 2] 。
日本列島での生息年代は確認されている限りではチバニアンのみであるが、栃木県 から発掘されていて本種も含まれる可能性がある「葛生動物群 」にはトウヨウゾウ とナウマンゾウ の両種が含まれており、葛生産のサイの化石の年代分布には不明な点が見られるため、今後の発見次第ではメルクサイ(ニッポンサイ)自体も後期更新世 の日本列島に分布していた可能性があるともされている。また、日本列島にメルクサイ以外のステファノリヌス属 (英語版 ) やケブカサイ が分布していた可能性も否定できない[ 3] [ 4] 。
以下はメルクサイの情報と併せて解説する。
呼称
北九州市 門司区 の松ヶ江村 付近にある松ケ枝洞窟から産出した「松ケ枝動物群」の一角であり、別名に徳永重康 による「マツガエサイ 」がある[ 5] 。徳永は記載 文なしにこの命名を行っており、当時は「Rhinoceros shindoi 」として報告している[ 3] [ 6] 。種小名 の「shindoi 」は九州帝国大学(現九州大学 )の医学部の教授であり、1920年 に昭和天皇 (当時は皇太子 )に本種について解説を行った進藤篤一への献名 である。また、この学名 に因んで「シンドウサイ 」という呼称も見られる[ 7] [ 8] 。この他にも「シナサイ 」と呼ばれることもある[ 9] [ 10] 。
なお、春成秀爾 はメルクサイ (英語版 ) に対して「ステファンサイ 」という表記を使用している[ 3] [ 6] 。
分類
1966年 に日本 の山口県 で化石 が見つかり、鹿間時夫 らによってサイの新種とされた[ 1] [ 11] 。以前は日本列島 の固有種 でスマトラサイ と近縁であると見なされ[ 12] 、伝統的に日本列島 産の化石種 のサイはスマトラサイ属(Dicerorhinus )と見なされてきたことからも、本種とくに山口県 美祢市 の標本が「D. nipponicus 」として記載 されていた[ 3] 。
しかし、後年の研究によりヨーロッパ から東アジア まで広く分布していたメルクサイ (英語版 ) のシノニム とされるようになったが[ 2] 、メルクサイ(旧 Rhinoceros mercki )との比較自体は1961年 の時点で行われており、この時はニッポンサイはインドサイ属 (Rhinoceros sp.)と仮定されていた[ 4] 。メルクサイとステップサイ とケブカサイ は、現生種ではスマトラサイ [ 13] と最も近縁だと見なされている[ 14] [ 15] [ 16] [ 17] 。
中期更新世(チバニアン )が後期更新世 に移行する頃に、S. hundsheimensis のヨーロッパ の個体群、または近縁種がメルクサイとステップサイ の祖先になったと考えられている。メルクサイがヨーロッパに出現したのが比較的に遅かったことと、ステップサイが最初に確認されたのはメルクサイのヨーロッパへの出現から少し後の時代の地中海 沿岸であったこともあり、この両種の分類と厳密な関連性は長年に渡って混乱と議論を引き起こしてきた[ 13] 。
以下のダイアグラムは Liu(2021)と Pandolfi(2023)に準拠しており、メルクサイとステップサイは最下部のステファノリヌス属 (英語版 ) に分類される[ 15] [ 17] 。
Elasmotheriinae
エラスモテリウム (Elasmotherium )
エラスモテリウム亜科
Rhinocerotinae
サイ亜科
特徴
メルクサイは「北方系」であると同時に「南方系」の動物群の分布にも生息が可能である[ 3] 。頭部に2本の角を持ち[ 2] 、ステップサイ や S. hundsheimensis を超えるステファノリヌス属 (英語版 ) でも最大級の種類だった。体長は3メートル前後[ 16] 、平均的な体重が1.8 - 1.9トン [ 18] 、大型の個体では体高1.82メートル、体重3トンに達したと考えられている[ 19] [ 20] 。
分布
メルクサイ (英語版 ) の復元想像図。エーム間氷期 (英語版 ) (いわゆる最終間氷期 )のヨーロッパ を想定して描かれている。
メルクサイの起源はユーラシア大陸 の北部にあると考えられ、ヨーロッパ 、ロシア 、シベリア 、中国 、朝鮮半島 で確認されている[ 6] 。最古の記録は中国から得られており、同国では前期更新世から約2万年前の後期更新世 までに分布が見られた[ 13] [ 6] 。なお、中国での発見が揚子江 より北に集中していることから「北方系(マンモス動物群 )」とされることが多いが、同国南部の後期更新世 の地層からも化石 が産出している[ 3] 。
更新世 のいずれかの時点で日本列島 に渡来しており、中期更新世(チバニアン )には寒冷期 における陸橋 の形成に付随したおそらく2度の渡来時期が存在していたと考えられており、1度目は「南方系」のトウヨウゾウ の渡来と同時期の約63万年前、2度目は「北方系)」のナウマンゾウ と同時期の約43 万年前である[ 3] 。また、ヨーロッパ では互いに近縁なステップサイ と共存していた可能性がある[ 21] [ 22] 。なお、「北方系」ではあるが(本州 との間にブラキストン線 (津軽海峡 )を挟んでいた)北海道 には到達していなかったと思われる[ 9] 。
栃木県 佐野市 会沢町[ 23] の葛生石灰岩地帯、千葉県 市原市 万田野の万田野層(約60万年前)[ 16] 、山口県 美祢市 伊佐[ 11] の秋吉台 、福岡県 北九州市 門司区 恒見[ 5] で化石 が発見されている。また、瀬戸内海 の備讃瀬戸 から得られた標本も本種または同属の可能性がある[ 3] 。
一方で、鹿児島県 姶良市 から産出した更新世 のサイ科の化石に関しては、以前は「Rhinoceros aff. sinensis 」と記載 されていたが、その後は厳密な分類が行われていない。また、「葛生動物群 」も含めて日本列島にメルクサイ以外のステファノリヌス属 (英語版 ) が含まれている可能性や、ケブカサイ が日本列島に分布していた可能性については情報不足のために詳細な仮説を立てるのが難しい状況にある[ 3] [ 4] 。
絶滅
人類によって解体されたと思わしい同属の化石。イギリス (ウェスト・サセックス )のボックスグローヴの旧石器時代遺跡 (英語版 ) から産出している。
日本列島 での生息は中期更新世(チバニアン )に限定されているが、ユーラシア大陸 では約2万年前の後期更新世 まで生存していたと判明しており、時期的には「第四紀の大量絶滅 」に該当している。上記の通り、栃木県 産の化石の年代は厳密には解明されておらず、将来的な発見次第では日本列島にも後期更新世まで生存していた可能性も否定できない[ 3] 。
人類の接触が絶滅 の直接的または間接的な原因になったのかは不明であるが、少なくともユーラシア大陸側ではネアンデルタール人 によって狩猟の対象とされていたことを示唆させる痕跡が多数発見されている[ 24] 。狩猟の痕跡として最も古いのは中期更新世(チバニアン)時代のイタリア半島 の記録であり、年代は約42万5千年前から約37万5千年前に該当する[ 25] 。また、ブリテン諸島 の南部やイベリア半島 (フランス の南東部)ではメルクサイとステップサイ が同じ地域で狩猟されていたと思わしい痕跡が多数発見されている[ 21] [ 22] 。
関連画像
メルクサイの生体復元想像図。
メルクサイの想像図。
メルクサイと
ステップサイ の共通の祖先と思われる
S. hundsheimensis [ 13] の骨格標本。
関連項目
キロテリウム (カニサイ)- 日本列島に分布した化石サイの例。
脚注
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^ a b c d 春成秀爾 「[研究ノート]松ヶ江動物群の時期について 」『国立歴史民俗博物館研究報告』第243巻、国立歴史民俗博物館 、2023年1月24日、137-148頁、ISSN 0286-7400 。
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