ニッポンサイ

ニッポンサイ
ニッポンサイ(メルクサイ)
Stephanorhinus kirchbergensis
地質時代
更新世
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: ウマ目 Perissodactyla
: サイ科 Rhinocerotidae
: ステファノリヌス属 Stephanorhinus
: ニッポンサイ
S. kirchbergensis
学名
Stephanorhinus kirchbergensis
(Jäger, 1839)
シノニム
和名
ニッポンサイ
英名
Merck's Rhinoceros
Forest Rhinoceros
ステファノリヌス属の分布の例。
青がステップサイ、赤がメルクサイ英語版

ニッポンサイ(日本犀)は、中期更新世チバニアン)の日本列島に生息していた化石種サイであり、ステップサイStephanorhinus hemitoechus)などと近縁である。1967年記載された時点ではスマトラサイに近縁だと考えられたために「Dicerorhinus nipponicus」という学名が与えられたが、2016年の再評価によって後期更新世まで生存していたユーラシア大陸産のメルクサイ英語版 (Stephanorhinus kirchbergensis) と同一種であるとされた[2]

日本列島での生息年代は確認されている限りではチバニアンのみであるが、栃木県から発掘されていて本種も含まれる可能性がある「葛生動物群」にはトウヨウゾウナウマンゾウの両種が含まれており、葛生産のサイの化石の年代分布には不明な点が見られるため、今後の発見次第ではメルクサイ(ニッポンサイ)自体も後期更新世の日本列島に分布していた可能性があるともされている。また、日本列島にメルクサイ以外のステファノリヌス属英語版ケブカサイが分布していた可能性も否定できない[3][4]

以下はメルクサイの情報と併せて解説する。

呼称

北九州市門司区松ヶ江村付近にある松ケ枝洞窟から産出した「松ケ枝動物群」の一角であり、別名に徳永重康による「マツガエサイ」がある[5]。徳永は記載文なしにこの命名を行っており、当時は「Rhinoceros shindoi」として報告している[3][6]種小名の「shindoi」は九州帝国大学(現九州大学)の医学部の教授であり、1920年昭和天皇(当時は皇太子)に本種について解説を行った進藤篤一への献名である。また、この学名に因んで「シンドウサイ」という呼称も見られる[7][8]。この他にも「シナサイ」と呼ばれることもある[9][10]

なお、春成秀爾メルクサイ英語版に対して「ステファンサイ」という表記を使用している[3][6]

分類

1966年日本山口県化石が見つかり、鹿間時夫らによってサイの新種とされた[1][11]。以前は日本列島固有種スマトラサイと近縁であると見なされ[12]、伝統的に日本列島産の化石種のサイはスマトラサイ属(Dicerorhinus)と見なされてきたことからも、本種とくに山口県美祢市の標本が「D. nipponicus」として記載されていた[3]

しかし、後年の研究によりヨーロッパから東アジアまで広く分布していたメルクサイ英語版シノニムとされるようになったが[2]、メルクサイ(旧 Rhinoceros mercki)との比較自体は1961年の時点で行われており、この時はニッポンサイはインドサイ属Rhinoceros sp.)と仮定されていた[4]。メルクサイとステップサイケブカサイは、現生種ではスマトラサイ[13]と最も近縁だと見なされている[14][15][16][17]

中期更新世(チバニアン)が後期更新世に移行する頃に、S. hundsheimensisヨーロッパの個体群、または近縁種がメルクサイとステップサイの祖先になったと考えられている。メルクサイがヨーロッパに出現したのが比較的に遅かったことと、ステップサイが最初に確認されたのはメルクサイのヨーロッパへの出現から少し後の時代の地中海沿岸であったこともあり、この両種の分類と厳密な関連性は長年に渡って混乱と議論を引き起こしてきた[13]

以下のダイアグラムは Liu(2021)と Pandolfi(2023)に準拠しており、メルクサイとステップサイは最下部のステファノリヌス属英語版に分類される[15][17]

Elasmotheriinae

エラスモテリウムElasmotherium

エラスモテリウム亜科
Rhinocerotinae

インドサイ属Rhinoceros

スマトラサイ (Dicerorhinus sumatrensis)

ケブカサイ (Coelodonta antiquitatis)

Pliorhinus英語版

ステファノリヌス属英語版Stephanorhinus

サイ亜科

特徴

メルクサイは「北方系」であると同時に「南方系」の動物群の分布にも生息が可能である[3]。頭部に2本の角を持ち[2]ステップサイS. hundsheimensis を超えるステファノリヌス属英語版でも最大級の種類だった。体長は3メートル前後[16]、平均的な体重が1.8 - 1.9トン[18]、大型の個体では体高1.82メートル、体重3トンに達したと考えられている[19][20]

分布

メルクサイ英語版の復元想像図。エーム間氷期英語版(いわゆる最終間氷期)のヨーロッパを想定して描かれている。

メルクサイの起源はユーラシア大陸の北部にあると考えられ、ヨーロッパロシアシベリア中国朝鮮半島で確認されている[6]。最古の記録は中国から得られており、同国では前期更新世から約2万年前の後期更新世までに分布が見られた[13][6]。なお、中国での発見が揚子江より北に集中していることから「北方系(マンモス動物群)」とされることが多いが、同国南部の後期更新世の地層からも化石が産出している[3]

更新世のいずれかの時点で日本列島に渡来しており、中期更新世(チバニアン)には寒冷期における陸橋の形成に付随したおそらく2度の渡来時期が存在していたと考えられており、1度目は「南方系」のトウヨウゾウの渡来と同時期の約63万年前、2度目は「北方系)」のナウマンゾウと同時期の約43 万年前である[3]。また、ヨーロッパでは互いに近縁なステップサイと共存していた可能性がある[21][22]。なお、「北方系」ではあるが(本州との間にブラキストン線津軽海峡)を挟んでいた)北海道には到達していなかったと思われる[9]

栃木県佐野市会沢町[23]の葛生石灰岩地帯、千葉県市原市万田野の万田野層(約60万年前)[16]山口県美祢市伊佐[11]秋吉台福岡県北九州市門司区恒見[5]化石が発見されている。また、瀬戸内海備讃瀬戸から得られた標本も本種または同属の可能性がある[3]

一方で、鹿児島県姶良市から産出した更新世のサイ科の化石に関しては、以前は「Rhinoceros aff. sinensis」と記載されていたが、その後は厳密な分類が行われていない。また、「葛生動物群」も含めて日本列島にメルクサイ以外のステファノリヌス属英語版が含まれている可能性や、ケブカサイが日本列島に分布していた可能性については情報不足のために詳細な仮説を立てるのが難しい状況にある[3][4]

絶滅

人類によって解体されたと思わしい同属の化石。イギリスウェスト・サセックス)のボックスグローヴの旧石器時代遺跡英語版から産出している。

日本列島での生息は中期更新世(チバニアン)に限定されているが、ユーラシア大陸では約2万年前の後期更新世まで生存していたと判明しており、時期的には「第四紀の大量絶滅」に該当している。上記の通り、栃木県産の化石の年代は厳密には解明されておらず、将来的な発見次第では日本列島にも後期更新世まで生存していた可能性も否定できない[3]

人類の接触が絶滅の直接的または間接的な原因になったのかは不明であるが、少なくともユーラシア大陸側ではネアンデルタール人によって狩猟の対象とされていたことを示唆させる痕跡が多数発見されている[24]。狩猟の痕跡として最も古いのは中期更新世(チバニアン)時代のイタリア半島の記録であり、年代は約42万5千年前から約37万5千年前に該当する[25]。また、ブリテン諸島の南部やイベリア半島フランスの南東部)ではメルクサイとステップサイが同じ地域で狩猟されていたと思わしい痕跡が多数発見されている[21][22]

関連画像

関連項目

脚注

  1. ^ a b 記載論文
  2. ^ a b c Handa, Naoto; Pandolfi, Luca (2016-07). “Reassessment of the Middle Pleistocene Japanese Rhinoceroses (Mammalia, Rhinocerotidae) and Paleobiogeographic Implications”. Paleontological Research 20 (3): 247–260. doi:10.2517/2015PR034. ISSN 1342-8144. https://bioone.org/journals/paleontological-research/volume-20/issue-3/2015PR034/Reassessment-of-the-Middle-Pleistocene-Japanese-Rhinoceroses-Mammalia-Rhinocerotidae-and/10.2517/2015PR034.full. 
  3. ^ a b c d e f g h i j 春成秀爾[研究ノート]直良コレクションのサイ科化石」『国立歴史民俗博物館研究報告』第243巻、国立歴史民俗博物館、2023年3月31日、71-79頁、ISSN 0286-7400 
  4. ^ a b c 半田直人「栃木県葛生地域から産出した更新世サイ科 "Rhinoceros sp." の分類学的再検討」(PDF)『日本古生物学会 2019年年会 講演予稿集』第24号、日本古生物学会、2019年6月21日、23頁。 
  5. ^ a b 北九州市立自然史・歴史博物館 展示解説システム ニッポンサイ(全身骨格)レプリカ
  6. ^ a b c d 春成秀爾[研究ノート]松ヶ江動物群の時期について」『国立歴史民俗博物館研究報告』第243巻、国立歴史民俗博物館、2023年1月24日、137-148頁、ISSN 0286-7400 
  7. ^ 直良信夫 (1956年). “六章 哺乳動物の進化”. 北山敏和の鉄道いまむかし. 偕成社. 2025年7月17日閲覧。
  8. ^ 古い本 その33 日本哺乳動物史(上)”. OK元学芸員のこだわりデータファイル (2020年11月13日). 2025年7月17日閲覧。
  9. ^ a b 通史編 原始・古代・中世. “動物相の変化”. 港区史. デジタル版 港区のあゆみ (港区) 1: 47-48. (2020). https://adeac.jp/minato-city/text-list/d110010/ht000320 2025年7月19日閲覧。. 
  10. ^ 河村善也、亀井節夫、樽野博幸「日本の中・後期更新世の哺乳動物相」(PDF)『第四紀研究』第28巻第4号、日本第四紀学会J-STAGE、1989年11月、317-326頁、doi:10.4116/jaqua.28.317 
  11. ^ a b 鳥取県立博物館 資料データベース ニッポンサイ
  12. ^ ニッポンサイ(その2)”. 葛生化石館 (2021年3月4日). 2025年7月17日閲覧。
  13. ^ a b c d Tristan Rapp (2024年11月21日). “The Lost Rhinos of Europe”. The Extinctions. 2025年7月15日閲覧。
  14. ^ Pandolfi, Luca (April 2023). “Reassessing the phylogeny of Quaternary Eurasian Rhinocerotidae” (英語). Journal of Quaternary Science 38 (3): 291–294. Bibcode2023JQS....38..291P. doi:10.1002/jqs.3496. hdl:11563/163194. ISSN 0267-8179. 
  15. ^ a b Liu, S.; Westbury, M.V.; Dussex, N.; Mitchell, K.J.; Sinding, M.-H.S.; Heintzman, P.D.; Duchêne, D.A.; Kapp, J.D. et al. (2021). “Ancient and modern genomes unravel the evolutionary history of the rhinoceros family”. Cell 184 (19): 4874–4885.e16. doi:10.1016/j.cell.2021.07.032. hdl:10230/48693. PMID 34433011. 
  16. ^ a b c 千葉県立博物館 資料データベース ニッポンサイの詳細情報
  17. ^ a b Pandolfi, Luca (2023-01-19). “Reassessing the phylogeny of Quaternary Eurasian Rhinocerotidae” (英語). Journal of Quaternary Science 38 (3): 291–294. Bibcode2023JQS....38..291P. doi:10.1002/jqs.3496. hdl:11563/163194. ISSN 0267-8179. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jqs.3496. 
  18. ^ Saarinen, J; Eronen, J; Fortelius, M; Seppä, H; Lister, A (2016). “Patterns of diet and body mass of large ungulates from the Pleistocene of Western Europe, and their relation to vegetation” (英語). Palaeontologia Electronica. doi:10.26879/443. ISSN 1094-8074. http://palaeo-electronica.org/content/2016/1567-pleistocene-mammal-ecometrics. 
  19. ^ Sobczyk, Artur; Borówka, Ryszard K.; Badura, Janusz; Stachowicz-Rybka, Renata; Tomkowiak, Julita; Hrynowiecka, Anna; Sławińska, Joanna; Tomczak, Michał et al. (May 2020). “Geology, stratigraphy and palaeoenvironmental evolution of the Stephanorhinus kirchbergensis -bearing Quaternary palaeolake(s) of Gorzów Wielkopolski (NW Poland, Central Europe)” (英語). Journal of Quaternary Science 35 (4): 539–558. Bibcode2020JQS....35..539S. doi:10.1002/jqs.3198. hdl:10261/237944. ISSN 0267-8179. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jqs.3198. 
  20. ^ Jan van der Made und René Grube: The rhinoceroses from Neumark-Nord and their nutrition. In: Harald Meller (Hrsg.): Elefantenreich – Eine Fossilwelt in Europa. Halle/Saale 2010, S. 382–394
  21. ^ a b Parfitt, Simon A. (2022-09-12). “A Middle Pleistocene Butchery Site at Great Yeldham, Essex, UK: Identifying Butchery Strategies and Implications for Mammalian Faunal History” (英語). Journal of Paleolithic Archaeology 5 (1): 11. Bibcode2022JPalA...5...11P. doi:10.1007/s41982-022-00122-y. ISSN 2520-8217. 
  22. ^ a b Daujeard, Camille; Daschek, Eva J.; Patou‑Mathis, Marylène; Moncel, Marie‑Hélène (2018-09-01). “Les néandertaliens de Payre (Ardèche, France) ont-ils chassé le rhinocéros ?” (フランス語). Quaternaire 29 (3): 217–231. doi:10.4000/quaternaire.10196. ISSN 1142-2904. http://journals.openedition.org/quaternaire/10196. 
  23. ^ 葛生化石館 ニッポンサイ(その1)
  24. ^ Bratlund, B. 1999. Taubach revisited. Jahrbuch des Römisch-Germanischen Zentralmuseums Mainz 46: 61-174.
  25. ^ Berruti, Gabriele Luigi Francesco; Arzarello, Marta; Ceresa, Allison; Muttillo, Brunella; Peretto, Carlo (December 2020). “Use-Wear Analysis of the Lithic Industry of the Lower Palaeolithic Site of Guado San Nicola (Isernia, Central Italy)” (英語). Journal of Paleolithic Archaeology 3 (4): 794–815. Bibcode2020JPalA...3..794B. doi:10.1007/s41982-020-00056-3. ISSN 2520-8217. https://link.springer.com/10.1007/s41982-020-00056-3. 
Prefix: a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

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