ポートピア連続殺人事件
『ポートピア連続殺人事件』(ポートピアれんぞくさつじんじけん)は、堀井雄二がデザインしたアドベンチャーゲーム。 1983年6月にエニックス(現在のスクウェア・エニックス)よりPC-6001版から発売され、当時の多くのパソコンに移植された[注釈 1]。1985年11月29日にファミリーコンピュータ(以下、ファミコン/FC)移植版が発売され、FC初のアドベンチャーゲームとなった。 2001年にはフィーチャーフォン用の携帯電話ゲーム(携帯アプリ)としてリメイク版も配信された。 概要発売当時の現代日本を舞台としたアドベンチャーゲーム。プレイヤーは神戸市で起こった殺人事件を担当する刑事となり、相棒のヤスと共に事件の背景を探り真犯人に迫っていく。社会派推理小説を意識したストーリーとなっており[2]、その結末にはどんでん返しの展開が設けられ、真犯人の正体の意外性が話題になった[3][4]。 発売当時のゲームはSFやファンタジーといった現実から離れた物語のジャンルが主流で、初めてではないものの、本作のような現代日本を舞台とするゲームは[2]少数派であった。また、当時のアドベンチャーゲームというジャンルも、宝探しか迷宮脱出のいずれかに分類できるゲーム性がほとんどである[2]。本作のように実在する土地を舞台に、人間ドラマを盛り込んだ小説仕立てのストーリーが展開されるという趣向は、革新的なものであった[2]。 その一方で、ゲームシステムの制約から、アリバイ崩しのような複雑な展開を盛り込むことは断念され、事件の因果関係を明らかにしていくというストーリーが設定された[2]。最後に意外性のある結末でプレイヤーを驚かせるという手法を用いたのも、少ない容量で娯楽性を追求するという制約の中で生まれた工夫による[4]。 発表当時のゲーム業界は個人による開発が主流で、分業がほとんどされておらず、本作もオリジナル版のPC-6001版では、プログラム・シナリオ・グラフィック等の全ての作業を堀井が1人でこなしている。後に堀井雄二がシナリオを担当したアドベンチャーゲーム『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(1984年、アスキー[注釈 2])、『軽井沢誘拐案内』(1985年、エニックス)と本作を合わせて「堀井ミステリー三部作」とも呼ばれる。 ゲーム内容システム→FC版のゲームシステムについては「§ ファミリーコンピュータ版」を参照
PC版のシステムは、発売当時としてはオーソドックスなキーボードからのコマンド打ち込み式のアドベンチャーゲームとなっている。堀井は当時アメリカ合衆国で同種のゲームシステムが流行していることを聞きつけ[4]、これをサスペンスのジャンルと組み合わせるという着想を得て[4]、ゲーム性よりもストーリーを表現する手段として、アドベンチャーゲームの形式を用いるスタイルを確立させた[2]。基本的なストーリーはどの機種もほぼ同じであるが、ゲーム途中に出てくる暗号はPCの機種毎に異なり、その難易度には明らかに差があった。 文章入力方式であり、プレイヤーが主人公の部下であるヤスに命令するという体裁でコマンドを入力する。新開地に進みたければ基本的に命令口調で「シンカイチ イケ」(「ヲ」「ニ」などは不要)のようにコマンドを打つ。「デンワ」など単語だけで判断可能な場合は「シロ」「セヨ」は不要。特定の機種版では、方言対応と銘打って「シンカイチ イクンダヨ」のように入力しても反応できる仕様となっていたが、「シンカイチ イクナ」と入力しても新開地に行ってしまう。また、「アホ」と入力すると「アホ ト イウホウガ アホ ヤト ウチノ シンダ オバアチャンガ ヨク イッテマシタ」(=「『アホと言うほうがアホや』と、うちの死んだお婆ちゃんがよく言ってました」)という反応が返ってくる。オリジナルのPC-6001版ではコマンドは全てキーボードから手打ち入力する方式だったが、その後の移植版では主要なコマンド(「イケ」「シラベロ」「アリバイ」など)はファンクションキーに割り当てられ、プレイヤーの負担を軽減する方策がとられた。これが『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』や、本作のFC移植版で採用されたコマンド選択式へと繋がっていく。 合成音声機能を持つPC-6001mkIIの専用版がPC-6001版のテープB面に収録されており、例えば街で「キキコミ」をすると、ヤス「あのぉ、ちょっとお尋ねしますが…」→通行人「はい、何でしょう?」など、一部の場面で登場人物が音声を出すようになっている[1]。 なお、本作では謎解きよりも物語を見せることを重視したゲームデザインがされており[2]、エンディングに辿り着くためにゲーム中で様々な証拠を集め、フラグを立て、事件の因果関係を解き明かす必要がある。そのためプレイヤーが最初から真犯人を知っていたとしても、ゲーム開始直後に逮捕することはできない[5]。 ストーリー
登場人物
制作本作は堀井にとって、商業デビュー作のテニスゲーム『ラブマッチテニス』に続く2作目の商業ソフトである。堀井はかねてよりアドベンチャーゲームに興味を抱いていたが、『ラブマッチテニス』は堀井いわく「自分で作って自分で遊ぶもの」であるのに対し、アドベンチャーゲームは他人に遊んでもらってこそという意識があったため制作を躊躇していた。そうした中、『ラブマッチテニス』の発売元であるエニックスから次回作についての依頼があり、これを他人に遊んでもらう好機ととらえてアドベンチャーゲームの制作を決めた。当時のアドベンチャーゲームは『ミステリーハウス』のように現状から時間が動かない(事件が既に完結しており新展開がない)作品[注釈 15]が多かったことから、堀井はテレビ番組枠『火曜サスペンス劇場』のドラマのように、物語の進行に合わせて事件も進むように仕立てた[1]。 本作の物語は、人とのやり取りの台詞だけで進行していく。つまり、本作には物語を説明する「地の文」が存在せず、その要素は主人公の相棒であるヤスの台詞という形で表現されている。従来のアドベンチャーゲームは、コンピュータ側が表示する説明文とやり取りしながら進めていくものがほとんどで、そこにキャラクター性を持たせる本作の手法は当時としては画期的なものだった。そうした理由について堀井は、台詞のほうが読みやすいこと、また、コンピュータとやり取りするよりキャラクター同士でやり取りしたほうが温かみがあって面白いということを挙げている[1]。 当時のアドベンチャーゲームでは東西南北の方角を指定して移動するのが一般的だったが、本作では地名を指定して瞬時に移動するという前例のない手法を用いている[1]。これについて堀井は前段の話と併せて「僕の発想自体がゲームを作るというよりは漫画家志望だったんで、台詞だけで進めるとか、場面転換するとか、マンガみたいなものをコンピューターというメディアを使って書いてみようというのが出発点だったんです」と語っている[1]。 作中には、堀井の出身地である兵庫県洲本市(淡路島)の地名が登場し、名前のおどろおどろしさから京都府の阿弥陀ヶ峰も舞台に選ばれた[4][1]。なお、後の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』の制作時にはロケハンを行っているが、本作では行っていない[1]。 移植版
ファミリーコンピュータ版概要チュンソフト(現在のスパイク・チュンソフト)が移植を担当。60万本を販売した[16](80万本[17]とも)ファミコンのコントローラーではパソコン版のようなキーボードタイプによるコマンド入力は困難であるため、パソコン版の『オホーツクに消ゆ』と同様のコマンド選択式のインターフェースが採用され、命令を一文字ずつ打ち込んでいく必要がなくなった。パソコンゲームでは一般的だった“アドベンチャーゲーム”というジャンルを、はじめてファミコンに持ち込んだ作品となる[18]。これはテレビゲーム業界では初めての革新的な出来事でもあった[要出典]。ただし、コマンドを適当に選んでいるだけでゲームが終わらないように、パソコン版にあった暗号だけでなく画面内でカーソルを動かして証拠品を探す箇所や、3D表示の地下迷宮が追加されている。コンティニュー用パスワードやバッテリーバックアップといった進行状況を保存する機能は存在しない。また、誤ったタイミングで捜査を打ち切った場合に発生するバッドエンドはなくなり、電話口で署長に怒られて捜査を再開するようになっている。 堀井がFCのゲームソフトに関わるのは本作が初となり[19]、本作において成立した堀井雄二がゲームデザインをしてチュンソフトが開発するという体制は、その後の『ドラゴンクエストシリーズ』へと引き継がれている[注釈 16]。 FC版の開発中には容量不足に苦しめられた。PC版の台詞をそのまま移植すると容量が2KBほど不足する計算となったため、台詞を少しずつ削って容量を節約する処置が取られた[要出典][19]。同様の理由から、カタカナは「ア・イ・ウ・カ・ス・タ・ツ・ッ・テ・ト・ナ・ハ・ヒ・フ・ホ・マ・ヤ・ラ・リ・ロ・ン」の21文字のみが使用されている[注釈 17]。なお、漫画『ドラゴンクエストへの道』では「この制限のためにペンダントをゆびわに変更した」と語られているが、PC版に該当アイテムは存在せず、FC版が初出である。 FC版で出てくる音響は冒頭などのサイレンの音、電話の音、ドアなどを閉める音、地下迷宮で壁にぶつかる音、コマンド入力音、台詞の文字が流れる音くらいのものである。なお、携帯アプリ移植版では全編BGMが付いている。 テックプレビュー版発売40周年となる2023年には、スクウェア・エニックスで製品開発の支援を行うAI部が開発した『SQUARE ENIX AI Tech Preview: THE PORTOPIA SERIAL MURDER CASE』がSteamで無償公開された[20]。これはCEDEC+KYUSHU 2022で発表されたゲームの公開版となる[20]。なお技術プレビューであるためSteamでは教育のジャンルに登録されている[20]。説明では「PC版「ポートピア連続殺人事件」を通して、AI技術のひとつである「自然言語処理」を学習・体験するソフトウェアです」としている[21]。 特徴としては自然言語処理(NLP)により入力したテキストの内容を判断し、意図が近いコマンドとして入力を受け付けることで、会話でゲームを進行することができる[20]。ジャンルは「NLPアドベンチャー」としている[20]。体験・学習用の一環として、オプションで入力テキストのNLUビジュアライザーの表示ができ、テキストの解析による内容の意図に近いコマンドの複数候補が上位順に表示されるように可視化できる。 シナリオや実行可能なコマンド入力はPC版と同等(ただし、暗号はFC版と同じ)でグラフィックは新規であるが、技術プレビューで遊びやすさの調整がされていない(イベント経過での登場人物の面識や行動可能な場所といったフラグ・メモの可視化は実装)ため、現状では不自然な箇所が多いという[20]。背景は実写が使われており、舞台となった神戸市の観光局が協力している[20]。CEDEC+KYUSHU 2022で発表されたバージョンでは、入力されたテキストの内容を判断する「自然言語理解(NLU)」と、入力に対応したテキストを生成する「自然言語生成(NLG)」を備えており、記者向けに試遊も行われNLGに対する記事も掲載されていたが、公開版は倫理上の問題などによりNLGは搭載していない[20]。オプションとして音声認識にも対応しており、キーボードを使わずにプレイすることも可能であるが、CUDA対応のGPUが必要となる[20]。 影響犯人について主人公がゲームの最終目標として捕らえるべき犯人には、連続殺人に至った動機などの同情を誘うようなバックストーリーが設定され、人間ドラマをゲームの中に再現するという、当時のゲームではまだ珍しかった小説的な手法が取られた[2]。結末で明らかになる真犯人の正体は、その意外性でも語り草となったが[3][4]、同時にその人物が何者であるかもよく知られており、当時このゲームが流行していた頃の世代には、このゲームを遊んだことがなくても犯人の名前だけは知っているという状況が多く見られた。この人物は「おそらく日本一有名な犯人」と形容されることもある[22]。 具体的には、作中で物語の冒頭から一貫して主人公と行動を共にし、ゲームシステムの一部にも組み込まれている主人公の相棒・ヤスこと真野康彦が真犯人であるのだが、これを一言で言い表した「犯人はヤス」というフレーズは、ネタバレを指す小ネタや、犯人が分からない事件に寄せられるインターネットスラングとして使われることがある[23]。デザイナーの堀井も、もし本作の次回作を作ることがあるなら、このフレーズをサブタイトルに組み込みたいという話を冗談めかして語っている[23][24]。2024年に『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』のリメイク版の情報が発表された際、堀井は自身のXアカウントで「犯人はヤス、ではないですよ」とコメントした[25]。 1986年1月にタレントのビートたけしがラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』で、ファミコンと本ゲームをスタジオに持ち込み、弟子のたけし軍団とスタッフとともに実況プレイした[26]。この実況中に、犯人が誰か分かってしまったたけしが犯人の名前を喋ってしまうというタブーを犯すが、逆にこの放送をきっかけに売上げが伸びたという逸話がある[27]。 1986年12月に発売された双葉社のゲームブック『ファミコン冒険ゲームブック ドラゴンクエスト―蘇る英雄伝説』内では、「ポートピアの犯人はヤス」という記述がある[28]。 その他の影響本作における「地の文」をキャラクターの相棒のセリフに置き換えるという手法はエニックスの『ウイングマン』(1984年)や『北斗の拳 バイオレンス劇画アドベンチャー』(1986年)だけでなく、リバーヒルソフトの『黒猫荘相続殺人事件』『白バラ連続殺人事件』(共に1984年)といった他社作品でも使われた[1]。 関連書籍
脚注注釈
出典
関連項目
外部リンク
|
Portal di Ensiklopedia Dunia