弁護士の懲戒処分
弁護士の懲戒処分(べんごしのちょうかいしょぶん)とは、弁護士に対する懲戒処分である。弁護士法の規定に則り、日弁連または対象弁護士の所属弁護士会が行う。 沿革1890年から1947年までは、裁判所構成法・旧弁護士法に基づき、控訴院(戦後でいうところの高等裁判所)が弁護士の懲戒を行っていた。 現在の制度は、1949年の弁護士法全部改正によって新設されたものであり、弁護士自治の一部を担っている。 懲戒事由![]() 懲戒の理由となるのは、対象弁護士に「その品位を失うべき非行」があったことである(弁護士法第56条第1項)。ここでいう「非行」とは、弁護士として懲戒処分を受けなければならないだけの非違行為をいうものであり、形式的な会則等の違反のみによっても定まるものではなく、その存否は実質的に吟味されて決定される[1][注釈 1]。 東京弁護士会綱紀委員会において「非行」に該当するか否か議論されることが多い類型は以下のとおりである。なお、以下の例示はあくまで「よく議論される内容」であり、これら全てが直ちに懲戒事由に該当するというわけではない[1]。
手続の流れ懲戒手続の概略は以下のとおりである[2]。
(1) 懲戒申立人は、日本弁護士連合会に対し異議申出ができ、日弁連綱紀委員会がこれを審査する。ただし、弁護士会の懲戒不相当の決定から日弁連へが異議申立を受理した日までの間に、対象弁護士が弁護士会を異動した場合、原弁護士会は懲戒権を失い一切の調査が終了してしまうという問題がある。
懲戒請求等の性質弁護士法第58条第1項は、「何人も(中略)弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる」と規定しており、同項に基づき弁護士会に弁護士の懲戒を求めることを「懲戒請求」と、またこのような制度が存在することを「懲戒請求権」と表現することがある。
懲戒処分の性質最高裁判所は、弁護士会または日本弁護士連合会が行う懲戒処分は、「弁護士法の定めるところにより、自己に与えられた公の権能の行使として行なうものであつて、広い意味での行政処分に属する」[6]と判示している。 懲戒手続記録の閲覧等民事訴訟と異なり、懲戒手続の記録の閲覧・謄写は委員会の裁量に任されている。対象弁護士に対しては適正手続の保障の見地から閲覧・謄写を許可すべき場合が多いと考えられるが、懲戒請求者に対しては限定的に考えられている[7]。 委員名の透明性
違法・不当な懲戒請求実際に行われる懲戒請求の多くは正当な理由がないものであり、弁護士に対する業務妨害として懲戒請求が濫用されている疑いがある事例も存在する[1]。 2014年に行われた弁護士に対する業務妨害に関するアンケートでは、170件の回答中、19件において濫用的な懲戒請求・告訴が手段として使われたと報告されている[8]。 弁護士会が負う責任国家賠償責任弁護士会が行う懲戒処分は、「自己に与えられた公の権能の行使として行なう」[6]ものと解されるため、国家賠償法1条1項に基づく国家賠償請求の対象となる。 独占禁止法との関連弁護士会による不当な懲戒処分が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)に違反するのではないか、との指摘[9]がある。 なお、同法を運用する公正取引委員会によれば、団体に加入しなければ事業活動を行うことが困難な状況[注釈 2]において、不当に、団体から事業者を除名する行為は、原則として、同法8条3号(事業者数の制限)・4号(構成事業者の機能・活動の不当な制限)・5号(不公正な取引方法をさせる行為)の規定に違反する、とされている。また、当該行為によって、市場における競争を実質的に制限することは、法8条1号(競争の実質的制限)の規定にも違反する、とされている[10]。 懲戒請求者が負う責任民事責任判例法理(最判平成19年4月24日)
懲戒請求を行った者が、「そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるとき」には、対象弁護士に対する不法行為となる(平成19年4月24日最高裁判所第三小法廷判決・民集第61巻3号1102頁[4])。「そのことを知りながら」とは故意、「通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得た」とは重大な過失を意味する。
懲戒請求者の立場別の傾向懲戒請求制度は公益的なものであり、何人もすることができるが、懲戒請求者自身が利益を有するか否かも「公益」に(重要な部分として)含まれる。したがって、利害関係人(例えば横領の被害を受けたと考えている者)が請求した場合には、公益的見地からしても「弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く」とは判断されにくいのに対して、利害関係のない者(例えば報道などで情報を得ただけの無関係の者)が請求した場合(後述の大量懲戒請求の事案など)には、「弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く」と判断されやすい。 匿名で違法な懲戒請求を扇動する行為も対象弁護士に対する不法行為を構成しうるものであり、対象弁護士が求めた扇動者の発信者情報開示が認められたこともある[12]。 刑事責任
懲戒請求に関する事件光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件→詳細は「光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件」を参照
光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件では、光市母子殺害事件弁護団から橋下徹弁護士に対して「橋下弁護士が業務妨害を行った」として損害賠償を求める訴訟が起こされた。しかし、弁護団の求めた損害賠償の訴えは最高裁判所で棄却された。 この裁判とは別に、2009年(平成21年)11月27日、光市母子殺害事件の弁護団のうち19人が、橋下と読売テレビに対して、総額約1億2,400万円の損害賠償と謝罪広告を求めて広島地裁に提訴した[15][16]。原告弁護団は、「弁護団があたかも被告の弁解を捏造し、意図的に遺族感情を傷付ける弁護活動を行っているかのように番組で放送された」と主張した[15]が、2013年4月30日、広島地裁(梅本圭一郎裁判長)は「放送の発言の中に、人身攻撃に及ぶような表現は認められない」として、請求を棄却した[17]。 原告らは一審判決を不服として控訴したが、2014年2月28日、広島高裁(小林正明裁判長)は控訴を棄却した。原告らは、さらに上告および上告受理申立てをしたが、2015年3月26日、最高裁(大谷直人裁判長)は上告を棄却すると共に上告受理申立てを不受理とすることを決定した。これにより、原告ら(弁護団員)の請求棄却という一審の判決が確定した。 光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件の最高裁判決では、須藤正彦最高裁判事が「懲戒事由の存否は冷静かつ客観的に判断されるものである以上、弁護士会の懲戒制度の運用や結論に不満があるからといって、衆を恃んで懲戒請求を行って数の圧力を手段として弁護士会の姿勢を改めさせようとするのであれば、それはやはり制度の利用として正しくないというべきである」と補足意見を残している[18]。 大阪市職員への人権侵害に対する野村弁護士懲戒請求事件2012年1月に橋下徹大阪市長より大阪市特別顧問に任命された野村修也弁護士が、大阪市の職員に政治活動や組合活動についての強制的なアンケートを実施した[19]。これについて延べ656人の弁護士が、東京第二弁護士会に『基本的人権を侵害し、弁護士の「品位を失うべき非行」にあたる』として野村の懲戒処分を請求していたが、2018年7月17日、東京第二弁護士会は審査の結果、野村弁護士に対して業務停止1か月の懲戒処分を下した[20][21][19]。これに先立つ2015年12月16日、大阪高裁は大阪市労働組合連合会の野村弁護士個人に対する損害賠償請求は棄却したものの、大阪市への損害賠償、ならびにアンケートがプライバシー権、政治活動の自由及び団結権を侵害する違法な内容のものであったことを認める判決を下していた[22]。人権侵害という弁護士にとって深刻な懲戒理由だったが、野村弁護士は日本弁護士連合会に不服申し立てを行う意向を示し、懲戒処分中も日本テレビ・読売テレビやテレビ朝日などへのテレビ出演を控えることはなかった[19][20]。 特定の弁護士への大量懲戒請求事件政治的な目的で、または人種差別的な意図を持って、特定の弁護士を対象として大量の懲戒請求が行われる事件が2010年代後半に発生した。 具体的には、東京弁護士会が2016年4月に出した「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」に賛同したとされた、複数の弁護士に対し、2017年以降約13万件の懲戒請求があったことが明らかになった。しかし、佐々木亮や嶋崎量、北周士など、当該声明の発出に全く関与しておらず、朝鮮学校の訴訟にも関わっていない弁護士もターゲットにされていた[23]。 大量懲戒請求事件の背景請求者の多くは青林堂と関係があった匿名ブログ『余命三年時事日記』に扇動されたものと思われ[24]、当該ブログには請求のひな型が用意されていた。請求対象となった弁護士の中には、請求者に対し業務に支障が出たと、損害賠償請求訴訟を提訴を行った神原元弁護士、佐々木亮弁護士(青林堂裁判の労使紛争代理人)ら[25]、および提訴予定の弁護士がいることが報道された[26][27][28][29]。 懲戒請求を行った者の年齢は、1番若くて43歳であり、40代後半から50代後半が多く、60代・70代もいるという[30]。 日本放送協会の調査報道では、懲戒請求した人物の平均年齢は55歳で6割が男性であったという。2018年10月29日には、クローズアップ現代+で取り上げられ[31]、放送を見た衆議院議員の武井俊輔は、扇動者をルワンダ虐殺の際に憎悪を煽ったラジオDJになぞらえた[32]。 大量懲戒請求の発端となったブログの運営者は、日本放送協会の取材に対し、読者による行動について「自分が命令を下したわけではない、責任感など感じない」と答えた。そしてブログで3人の弁護士に7億2000万円の損害賠償を求めて反訴したことを明かした(後に訴えを取り下げている。)[33]。 弁護士会および対象弁護士らの対応
東京の在日コリアン弁護士の対応
東京弁護士会に所属する在日コリアンの弁護士が起こした裁判では、東京地裁により原告側の主張が認められ、人種差別的な理由による懲戒は違法であるとの判決が出され、被告の男性に33万円の慰謝料の支払いが命じられた。また、この裁判には被告となった男性は欠席、答弁書を提出しなかった[39]。 2019年10月29日、最高裁判所は双方の上告を退け、損害賠償額を一審判決の33万円から11万円に減額した支払いを命じた二審の東京高裁の判決が確定した[40]。
2020年10月21日、最高裁判所は被告側の上告を退け、男女二人に合計88万円の支払いを命じた高裁判決が確定した。一審の名古屋地裁は、要旨「被告による懲戒請求は根拠のない違法行為である、しかし懲戒請求は公には知られていない、よって名誉毀損される程の侵害ではない。」と原告側の訴えを退けていたが、二審の名古屋高裁は「被告による懲戒請求は人種差別に基づく行動であり、弁護士にとって懲戒請求そのものが名誉毀損である」旨判示し、逆転勝訴となった[41]。 佐々木弁護士および北弁護士の対応大量懲戒請求がメディアに取り上げられた発端の佐々木亮・北周士両弁護士は、900人を超える請求者に対して、訴訟を提起した。
弁護士の懲戒制度に関する意見![]()
脚注注釈出典
参考文献
関連項目
外部リンク |
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