後三条天皇
後三条天皇（ごさんじょうてんのう、旧字体：後三條天皇、1034年9月3日〈長元7年7月18日〉- 1073年6月15日〈延久5年5月7日〉[1][2]）は、日本の第71代天皇（在位:1068年5月22日（治暦4年4月19日）- 1073年1月18日（延久4年12月8日））。諱は尊仁（たかひと）。 後朱雀天皇の第二皇子。母は三条天皇の第三皇女で後朱雀皇后の禎子内親王（陽明門院）。後冷泉天皇の異母弟。宇多天皇以来170年ぶりの藤原氏を外戚としない天皇であったとされているが、血縁的には父母とも藤原道長の外孫であり、道長の曾孫にあたる[3]。 生涯幼少時後一条天皇の皇太弟の敦良親王（後の後朱雀天皇）の第二皇子として生まれる。生母禎子内親王は藤原道長の外孫であったが、摂関家嫡流の藤原頼通・教通兄弟に疎んじられていたとされる[注釈 1]。一般的には尊仁王は藤原氏を外戚とはしていないとされているが、血縁的に頼通は外大伯父にあたり、『愚管抄』では「スコシノキアリ」と外戚関係にあると認定されている[4]。 長元9年（1036年）の父の即位に伴い、12月22日に兄親仁親王とともに親王宣下を受ける[5]。しかしこの頃から頼通らの母子への扱いが目に見えて悪化していくこととなる。長暦2年（1038年）には着袴の儀が執り行われたが、藤原資房の観察によれば頼通ら公卿の態度は明らかにふさわしくないものであったという[6]。長久7年（1040年）には初めて父後朱雀天皇に面会するが、この席でも頼通らは遅参し、不満げな態度を取るなどしていたという[5]。一方で頼通の甥に当たる異母兄の親仁親王は度々参内しており[5]。 逸話集『古事談』にも尊仁親王が様々な冷遇に悩む逸話が収録されている[3]。 寛徳2年（1045年）1月16日の親仁親王即位（後冷泉天皇）に伴って、12歳で皇太弟となった。『栄花物語』によれば、父の後朱雀天皇は異母弟であることを理由に冷遇することが無いようにとに言い残したとされる[7]。 『古事談』によれば、後朱雀天皇は皇太弟に尊仁親王を据えることを考えていたが、関白である頼通は天皇に返答することもなく、何ら具体的な動きをしなかったという[8]。『愚管抄』『今鏡』によれば、頼通の異母弟能信の奔走によって立太子が実現した[9]。 東宮時代頼通や教通は後冷泉天皇の後宮に娘を入内させ、その子を次代の天皇にすることを考えていた。このため東宮となってからも、尊仁親王に対する冷遇は続いた。『栄花物語』では親王と頼通が「お仲あしう（仲が悪い）」と直接的に表現されている[10]。大江匡房の談話集『江談抄』には、歴代の東宮が伝領する「壺切御剣」を頼通が「藤原氏（特に摂関家）腹の東宮の宝物」との理由で、23年もの間、親王が即位するまで献上しなかった事が記されている。ただしこの記述については誤伝説もある[注釈 2]）。 東宮大夫は能信が務め、尊仁親王の信頼を得ていた。永承元年（1046年）に元服式を迎えるが、頼通と疎遠で後見のない皇太子に娘を入内させる公卿はいなかった。12月21日、能信は妻の姪にあたる、中納言故藤原公成の娘藤原茂子を養女にして妃に入れたが[12]、いくら能信の養女でも実父が中納言では東宮妃にはふさわしくないと藤原資房に非難されている。永承6年(1051年）には後一条天皇の皇女であり、かつて斎院を務めていた馨子内親王が妃となった[13][14]。茂子は貞仁親王（後の白河天皇）を産むが康平5年（1062年）に若くして没した。能信も康平8年（1065年）に71歳で没したが、後三条は能信の恩を終生忘れなかった。 ただし、尊仁親王の祖母はともに道長の子であるなど摂関家の「ミウチ」であること、親王が即位しても摂関家以外に外戚の要件を満たす家は存在しないこと、頼通が姉の上東門院彰子の庇護下にあった馨子内親王を入内させていることなど[注釈 3]、尊仁親王（後三条天皇）と藤原氏（摂関家）の血縁関係を「疎遠」の一言では片付けられない側面も有している。このため、河内祥輔のように頼通らは後朱雀天皇の嫡男である後冷泉天皇の系統に皇位を一本化し、両統迭立を回避する意図があったとする考えもある[15]。 治暦3年（1067年）、頼通は息子師実に譲るために関白を辞職したが、『古事談』によれば上東門院は道長の遺言であるとして弟の教通を関白とするよう主張した[16]。この問題は長引き、関白空位期がしばらく続いたが、後冷泉天皇の病状悪化もあって教通が関白に就任した。 治暦4年（1068年）4月19日、後冷泉天皇は世継となる子を儲けることのないまま崩御し、尊仁親王が践祚した。 即位後  後三条は即位すると、反・摂関家の急先鋒で東宮時代の天皇を庇護していた故能信の養子の藤原能長を重用した。能長は皇太子貞仁親王の伯父として東宮大夫に任じられ、さらに延久元年（1069年）には能長の娘道子が東宮妃となっている[17]。また、大江匡房や藤原実政等の中級貴族などを登用し、積極的に親政を行った。また、源隆国のように、東宮時代の天皇を頼通に気兼ねして蔑ろにしていた者に対しても、隆国の息子の俊明を登用する等、決して報復的態度を取らないように公正な態度を示した。 ただし近年の研究では後三条天皇自身も御堂流中心の環境で育ち、御堂流を疎んじていなかったとされる。教通は後三条天皇の治世を通じて関白を務めており、摂関家に代わる強力な外戚もいなかった。また村上源氏の源師房は後三条の東宮権大夫を務めており、後三条朝で右大臣となったことも摂関家圧迫の一つであるという見方もあった[18]。しかし師房は頼通の養子であり、道長の後援で栄達した人物であることから摂関家のミウチと考えられていた[19]。こうした中、むしろ重要なのは、後三条天皇自身とその次の皇位継承者が誰と関係を結ぶかということである[17]。 延久3年（1071年）3月9日、師実の養女賢子が貞仁親王の妃として迎えられた。賢子の実父は師房の子源顕房であり、御堂流のミウチであった。これにより、頼通流は後三条や貞仁と外戚関係を結ぶことはできなかったが、将来の天皇の外祖父となる機会を得た。実際に、貞仁即位後の承保元年（1074年）、賢子は皇子・敦文を出産しており、師実は天皇の外祖父への出発点を迎えることに成功している[20]。 後三条が頼通流に親しんだ理由は以下の通りである。おそらく、延久3年（1071年）2月10日に源基子が後三条の皇子実仁を生んだことが関係している。基子の父・源基平は小一条院敦明親王の子で、後三条の従兄にあたることもあり、基子は後三条の絶大な寵愛を受けた。貞仁が即位した後、実仁が皇太子に立てられたことから、実仁が生まれた後、後三条は実仁を皇位に就かせる構想を持っていたと推測される[20]。 しかし実仁の擁立は、両統迭立の危険性があり、皇位継承の混乱が懸念されていた。ただでさえ、後ろ盾のない後三条が貴族の反対を無視して実仁の皇位継承を強行することができない中、当時政権の上層部を占めていた頼通流と結び始めたのは、実仁の皇位継承を確実にするためであった。ただし、賢子を妃に立てたのは貞仁の方であったが、貞仁が即位して実仁が皇太子となり、師実も東宮傅に就任していたため、師実も実仁の育成に関わっていた。つまり、後三条は、師実と貞仁・実仁の双方を結びつけ、師実の護衛のもと、貞仁から実仁への皇位移行をスムーズに実現させようとしていたと考えられる[20]。 別の観点としては、これまでの見方が能信流に対する過大評価とみる考えもある。後三条天皇の即位の時点で道長の実子である能信は既に亡くなっており、庶流としての地位が固まった養嗣子能長（実父は藤原頼宗）は内大臣に昇進しているものの、後三条が頼通や教通に代えて能長を関白にしようとした気配はない。つまり、後三条は頼通流を能信流に交代させる考えはなかったことになる。その場合、摂関家の庶流である能信流を母とする貞仁と三条源氏を母とする実仁の出自の差はそこまで大きくなかったということになる。更に白河天皇（貞仁）即位の直後にあって然るべき外祖父・能信への大臣贈官や生母・茂子への皇太后追贈が後三条崩御の前日（延久5年5月6日）まで引き伸ばされているのも、貞仁の子孫ではなく実仁の子孫に皇位を継がせるという後三条の内意を含んでいたとしている（『扶桑略記』によれば、実仁の生母である源基子への准后宣下は後三条譲位の直前である延久4年12月1日に実施されており、後三条の后妃としては基子の方が茂子よりも格上ということになる）[21]。 延久の善政後三条天皇は桓武天皇を意識し、大内裏の再建と征夷の完遂を打ち出した。さらに、大江匡房らを重用して一連の改革に乗り出す。治暦5年/延久元年（1069年）画期的な延久の荘園整理令を発布して記録荘園券契所を設置し、延久2年（1070年）絹布の制、延久4年（1072年）延久宣旨枡や估価法を制定する等、律令制度の形骸化により弱体化した皇室の経済基盤の強化を図った。特に、延久の荘園整理令は今までの整理令に見られなかった緻密さと公正さが見られ、そのために基準外の摂関家領が没収される等[22]、摂関家の経済基盤に大打撃を与えた。この事が官や荘園領主、農民に安定をもたらし、延久の善政と称えられた（『古事談』）[注釈 4]。一方、摂関家側は頼通・教通兄弟が対立関係にあり、外戚関係もなかったために天皇への積極的な対抗策を打ち出すことが出来なかった。延久の荘園整理令は権門の干渉を排除し、荘園を整理した。ただし、『愚管抄』によって、後三条天皇は頼通に所領荘園の書状を提出するよう求め、頼通はそれを受け入れると、天皇はかえって遠慮して頼通の荘園を整理対象から除外した。しかし、上野国土井荘が摂関家領であっても廃止されたというのは、虚構と見られる。実際に、摂関家が寄進を受けていた荘園も整理の対象となったが、藤原頼通が設立した荘園は廃されなかった。頼通は永承7年（1052年）に宇治の別所に平等院を建て、翌年には「鳳凰堂」として知られる阿弥陀堂を建てた。治暦3年（1067年）に後冷泉天皇が平等院に行幸して封戸3000戸を寄進すると、頼通はこれをもとに、退隠直前の治暦5年（1069年）3月末、太政官に平等院領9ヶ所の荘園の不輸不入特権を申請して許可を得ている[24]。 これは延久の荘園整理令に明らかに違反するが、前天皇・関白によって特別に設立された荘園であり、記録の審理の対象ではないと考えられる。頼通は国司の使臣が平等院を調べに行くと聞いて、熱心にもてなしたところ、使臣が怖くて行けなかったとされる（『古事談』）。おそらく、頼通は後三条天皇が即位すれば荘園が整理されることを見越して、摂関家領の核心部を守るために、後冷泉の生前から布石を打っていたと想定される。平等院領荘園の成立には、記録荘園券契所を設けた太政官よりも上位の権力である天皇・上皇や摂政・関白の意思が明確であれば、荘園整理令を回避できたことが示されている。実際、寛徳2年（1045年）以降の新立荘園でも、「強縁」が認められたという史料もある[25]。こうして、延久の荘園整理令は皮肉なことに当初の政策意図とは裏腹に、太政官を超えた上皇や摂関が特権を与えて設立する領域型荘園へと荘園を進めていくこととなった[24]。 また、同時代に起きた延久蝦夷合戦で、津軽半島や下北半島までの本州全土が朝廷の支配下に入る等、地方にも着実に影響を及ぼすようになったとする見解がある。一方で遠征は事実上中止され、津軽半島や下北半島までが朝廷の支配下に入ったのは、その後の出羽清原氏や奥州藤原氏によるものとする見解もある。 延久4年（1072年）即位後4年をもって貞仁親王に譲位して太上天皇となるが、翌延久5年（1073年）5月7日病により崩御した。享年40。なお、後三条天皇の譲位は上皇として院政を敷く意図があったとする説があったが、近年の研究では、天皇の退位は院政の実施を図ったものではなく、病によるものとする説が有力である。後三条天皇の治世は摂関政治から院政へ移行する過渡期となった。 白河天皇への譲位時に異母弟・実仁親王、更にその弟の輔仁親王に皇位を継がせる意志の元で実仁親王を皇太弟と定めた。しかしそれに反発する白河天皇[注釈 5]は応徳2年（1085年）の実仁親王の薨去の翌年応徳3年（1086年）11月、輔仁親王ではなく実子である8歳の善仁親王（第73代堀河天皇）を皇太子に立て、即日譲位した。その後の紆余曲折を経て、院政は制度として定着していく。 評価『栄花物語』では心が強く、政策も峻厳で末世の君として賢明であるとする一方[28]、天皇の源基子に対する偏愛を暗に非難している[29]。 大江匡房は『続本朝往生伝』において「聖化被世、殆同承和延喜之朝」「和漢才智、誠絶古今」「文武共行、寛猛相済」の評語を下し、わずか5年の間に国家を淳素に戻し人に礼儀を知らしめ、民は今日に至るまでその恩沢の賜りを受け、太平の世近きにおいてはかの世に見ると叙述した[30]。また同書には後三条の死を聞いた頼通が「本朝不孝の甚だしき（日本にとって不幸だ）」と嘆いたという逸話も残されている[30]。 鎌倉時代中期に成立したと見られる『愛染王紹隆記』や『本朝高僧伝』では、長い東宮時代を嘆いた後三条が、護持僧成尊の祈祷により即位を実現したという記述がある。『阿娑縛抄』や『野沢血脈集』では成尊が祈祷を行ってから7日後に後冷泉天皇が病気となり、まもなく没したとされるなど、調伏を行ったと認識されていた[31]。 系譜
系図
后妃・皇子女
『寛政重修諸家譜』では、藤原有佐の4代孫・藤原為綱が伊豆国司に任じられ、伊豆国狩野荘田代郷で工藤茂光の娘との間に田代信綱が生まれたという。その末裔の田代氏は後三条源氏を称している[32]。 在位中の元号陵・霊廟陵（みささぎ）は、宮内庁により京都府京都市右京区竜安寺朱山の龍安寺内にある圓宗寺陵（円宗寺陵：えんそうじのみささぎ）に治定されている。宮内庁上の形式は円丘。 また皇居では、皇霊殿（宮中三殿の1つ）において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。 脚注注釈
出典
参考文献
外部リンク
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