迷路荘の惨劇
『迷路荘の惨劇』(めいろそうのさんげき)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。1975年5月に東京文芸社から刊行された。 解説本作の原型は『オール讀物』1956年8月号に発表された短編作品『迷路荘の怪人』で[1]、3年後の1959年に東京文芸社の叢書『金田一耕助推理全集』5巻に収録された際に同題の中編作品に改稿され[2]、これに新たに長編作品として加筆・修正を施して、1975年5月に東京文芸社から刊行されたのが本作である[1]。 本作では『八つ墓村』『不死蝶』と同じように洞窟の中で事件が発生する。本作においては人工に掘らせた地下通路と洞窟が組み合わさっており、犯人がその地下通路を跳梁して殺人を行うところに特色がある。 また、本作で扱われる20年前という過去の事件とそれに関連して起こる現在の新たな殺人事件という設定は、本作以前にも、19年前の殺人事件と現在の殺人事件を扱った『女王蜂』、23年前の殺人事件と現在の殺人事件を扱った『不死蝶』『悪魔の手毬唄』など、多数ある。 あらすじ明治時代の権臣・古館種人(ふるだてたねんど)伯爵が富士山の裾野に建てた別荘・名琅荘(めいろうそう)は、屋敷内のあちこちにある「どんでん返し」「抜け穴」などの仕掛けや、廊下から廊下へつながる長局の構造などから、いつしか陰口で「迷路荘」と呼ばれるようになっていた。種人伯亡き後、古館家を継いだ子息の一人(かずんど)は放蕩を尽して破産寸前となり、最後に残った財産が名琅荘であった[注 1]。 1930年(昭和5年)の秋、一人伯は、後妻の加奈子と彼女の遠縁にあたる尾形静馬の仲を疑い、2人に日本刀で斬りかかり加奈子を斬殺する。さらに、彼は静馬の左腕を一刀のもとに斬り落とすが、静馬に日本刀を奪われ返り討ちにされてしまう。逃亡した静馬の血の跡をたどると、名琅荘の背後の崖にある「鬼の岩屋」と呼ばれる天然の洞窟に続いていた。この洞窟は相当に深く、また手負いの静馬は日本刀を持って逃げ込んだことから、誰もが恐れて静馬を追うものはなく、静馬はそのまま行方不明となった。 一人伯と先妻の子・辰人(たつんど)が跡を継いだが、古館家は戦後さらに財政が苦しくなり、名琅荘も銀行の抵当流れとなった。新興財閥の篠崎慎吾は名琅荘を手に入れ、さらに莫大な代償と引き換えに辰人の妻・倭文子(しずこ)を妻に迎え入れた。篠崎は名琅荘の複雑な構造を利用してホテルに改造し、開業準備を進めていた。 1950年(昭和25年)10月16日、真野信也という左腕のない男がホテルを訪れる。真野は篠崎の名刺を持参していたが、篠崎は覚えがない。そして、真野は案内された「ダリアの間」で姿を消す。「ダリアの間」には地下通路に通ずる隠し扉があったが、その隠し扉を知っていたことや左腕がないことから、昭和5年の事件で行方不明になっている静馬が何らかの意図を持って乗り込んできたのではないかとも思われた。 2日後の10月18日、篠崎から呼び出された金田一耕助は、名琅荘を訪れ、ホテルのお披露目会に招待されていた、館の元の持主である古館辰人、辰人の母の弟・天坊邦武、加奈子の弟・柳町善衛、さらには種人伯の代から古館家に仕える老女・糸、そして篠崎の先妻の娘の陽子と顔を合わせる。 金田一が一昨日の出来事について説明を受けている最中、倉庫の中にある送迎用の馬車の座席の上で辰人の絞殺死体が発見された。辰人の左腕は体に縛られて、服の袖は左腕がない如くブラブラしていた。 翌日、「ダリアの間」の隣の「ヒヤシンスの間」のバスルームで邦武の死体が見つかる。部屋の鍵はマントルピースのお盆の上に乗せられており、密室殺人であった。さらに、女中のタマ子が前夜から行方不明になっていた。 タマ子捜索のため、警察と金田一らが地下通路と「鬼の岩屋」の二手に分かれて探索を行っていると、女の悲鳴が聞こえた。金田一たちが駆けつけると地下通路で鼠に食い荒されていたタマ子の死体が発見され、さらに地下通路の出口である仁天堂で、後頭部を何か堅いもので強打されて瀕死状態の陽子が発見された。陽子は「パパが…」と言い残して意識を失っていた。 ここに至ってようやく金田一は一連の事件の真相に到達する。 登場人物
名琅荘関係者古館家および親族
篠崎家
使用人および客人
地元関係者警察
医療関係原型作品からの加筆内容概要名琅荘の位置や構造および関連人物の家族関係に関する設定は大きく変更されていないが、人名は中編化の際に、年齢や年代の設定は長編化の際に、各々全面的に見直されている。また、辰人殺害時の各登場人物のアリバイに関する時刻設定は中編化でも長編化でも細かく見直されている。柳町のフルート演奏がこのアリバイに関連する設定は長編での追加である。 速水譲治は長編化に際して登場し、関連して辰人死体の発見状況が吊り下げられた状態から馬車に乗せられた状態に変更された。真野信也(短編では河野信也)の正体は、短編で柳町、中編で奥村、長編で譲治と全て違っている。戸田タマ子は短編(苗字の設定なし)や中編にも登場するが、信也に応対したという以上の役割は与えられていない。 中編化の際に警察関係者が個別に描写され、辰人殺害後の各関係者への個別聴取場面も追加されている。抜け穴探検の場面も中編で追加されているが、長編ではさらに鬼の岩屋との同時探検が追加され、このとき陽子が重傷を負って意識不明になる。関連して、仁天堂側の出口が外から操作できない電気仕掛けに変更されている。また、篠崎銃撃の際に応急処置したのを陽子(短編では朋子)から意識不明の陽子に付き添っていた看護婦に変更している。 篠崎銃撃に先立って金田一たちが尾形静馬の墓を発見する設定は長編での追加であり、短編や中編では最後に糸が存在を語るのみである。篠崎銃撃の前に短編では金田一、中編では井崎刑事(長編の井川刑事)が悪夢を見る描写や銃撃直後の現場状況の描写は長編では削除されている。金田一は中編では一旦東京に戻って調査しており篠崎銃撃のとき不在だったが、長編では東京に戻ろうとしたところで天坊殺害の報を受け、調査を小山刑事に任せて名琅荘に戻っている。 篠崎銃撃の際に抜け穴の一部が崩落する設定は中編での追加であり、さらに長編では救助に何時間も要する規模の大崩落に変更された。柳町の死因は短編では銃創、中編では専ら崩落で、長編では銃創を負ったうえ崩落に巻き込まれている。柳町が瀕死の状態で自分の犯行だと主張する設定は共通である。倭文子は短編では柳町による扼殺、中編では射殺であるが、長編では銃創を負ったうえ崩落で身動きが取れなくなり鼠に食い殺されている。 天坊の役割は短編では不明確で、恐喝を行っていた設定は中編で追加された。中編では篠崎銃撃に引き続いて抜け穴の中で射殺される設定であり、浴室での殺害や密室トリックは長編での追加である。 長編では静馬殉難碑の建立など事後談が充実している。篠崎が倭文子を辰人に返そうとしていた設定については、短編や中編では最後の篠崎と糸との3人のみの場面で金田一が指摘するに留まっていたが、長編では風間が調べた資金の動きを根拠に警察に指摘し、篠崎もそれを認めている。 収録書籍
中間段階の中編
当初の短編
テレビドラマ1978年版
『横溝正史シリーズII・迷路荘の惨劇』は、TBS系列で1978年10月14日から10月28日まで毎週土曜日22時 - 22時55分に放送された。全3回。 構成要素を大幅に省略し、事件発生順序を変更しているが、基本設定は概ね原作に沿っている。
2002年版『金田一耕助ファイル 迷路荘の惨劇』は、テレビ東京系列・BSジャパン共同制作の2時間ドラマ「女と愛とミステリー」(毎週水曜日20時54分 - 22時48分)で2002年10月2日に放送された。 この作品では舞台を富士山麓から京都に変更しており、祇園祭に合わせて名琅荘に関係者を招待した設定になっている。また、金田一は休暇中の等々力警部と共に東京から祇園祭の見物に来る直前に篠崎慎吾からの依頼電報を受け取っており、金田一に強引に名琅荘へ連れていかれて事件に遭遇した等々力は、井川刑事に申し出て捜査に協力する。 事件発生年は過去の加奈子殺害事件を含めて原作通りである(月日は祇園祭期間に変更)。以下のような省略や変更はあるものの、ストーリーの流れは比較的細かい部分まで原作通りである。
脚注注釈出典関連項目外部リンク |
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