陳建仁
陳 建仁(ちん けんじん、1951年〈民国40年〉6月6日 - )は、中華民国(台湾)の疫学家、政治家(民主進歩党所属)。第11代副総統[1]、第31代行政院長を歴任した。2016年総統選挙に出馬する前は輔仁大学理事であり、退任後は同大学に戻り再び理事を務めているほか、劉建仁記念講座の初代教授を担当した[2][3][4]。 略歴1951年6月6日[5][6]、台湾高雄県旗山鎮(現・高雄市旗山区)生まれ。1973年に国立台湾大学動物学科卒業後[5]、1977年に医学部の大学院「公共衛生研究所」で修士号を取得し[5]、国立台湾大学での教員となる。その後渡米し、米国の1983年ジョンズ・ホプキンズ大学公共衛生学部流行病および人類遺伝学の大学院で博士号を取得[5]。1994年からはテュレーン大学(公衆衛生学)研究員兼任教授[7][8]。大学教員時にはB型肝炎や小児麻痺、肺癌、鼻咽頭癌などの研究に力を注いだ[9]。同時にヒ素中毒研究の国際的な第一人者であり、嘉南平原で発生していた烏脚病の調査隊に参加している[10]。 2003年5月18日から2005年2月16日まで、行政院衛生署(衛生福利部の前身)で署長を務め、重症急性呼吸器症候群 (SARS) 流行の際にはトップダウン方式の明確な対応と強いリーダーシップで感染拡大防止に尽力した[11]。 →「2003年台湾におけるSARSの流行」も参照
2006年1月25日から2008年5月19日まで、行政院国家科学委員会主任委員(委員会は科技部の前身、主任委員はその長)を務め、2011年10月19日から2015年11月23日まで、中央研究院副院長を務めた[12]。 2015年11月16日、2016年中華民国総統選挙候補者の蔡英文(民主進歩党)から副総統候補に指名された[13]。 2016年1月16日、総統選の結果、蔡英文とペアで当選した[14]。 2019年11月17日、蔡英文が2020年中華民国総統選挙の副総統候補に頼清徳を選んだため、中華民国副総統の退任が決まる[16]。 退任を控えた2020年5月18日、蔡英文から史上4人目となる中山勲章を授与された[17]。規定上は副総統退任後も恩給の受給や送迎車などの待遇が得られることになっているが、本人はこうした待遇を辞退し、引き続き中央研究院での研究に従事することを公表した。副総統待遇を辞退した例は過去になく、陳が初となる[18]。 2020年6月6日の誕生日には国立中山大学から名誉博士号を授与された[6]。 長らく無所属だったが、2021年末に蔡英文が推薦人となって民進党への入党手続を行い、2022年2月に党台北支部での入党審査を通過している[19]。 2023年1月25日、行政院長の辞任を表明した蘇貞昌の後任に就任することが総統府より発表された[20]。同月31日に就任した[21]。 2024年1月13日に総統選挙と立法委員選挙が執行され、新規の立法院招集を前に1月18日に内閣総辞職を決定したが、蔡英文総統より慰留された[22]。 新型コロナウイルス副総統任期末期に発生した新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) での防疫対応では、政権内での多数のSARS対応経験者の一人として、また専門家の立場から医学的知見での助言や発信を積極的に行い[23][24]、中央流行疫情指揮中心の指揮官陳時中(衛生福利部部長)を後方支援した[25]。 高端疫苗生物製剤(高端、メディジェン)による国産ワクチン「MVC-COV1901」開発段階でも臨床試験に参加している[26]。 人物大聖グレゴリウス勲章とエルサレム聖墳墓騎士団の「騎士」の称号を持っている[28]。熱心なカトリック信者であるとされるが、2015年10月24日にカトリック教会が世界代表司教会議で同性婚は認めないと強調した[29]翌月の11月18日にインタビューで同性婚の問題を問われ、「個人はそれぞれ幸福な生活を追求する権利があり、同性愛者も例外ではない。彼等も私たちと同じ様で、同じでない性的傾向があるだけ」、「同性愛者も生命の理念、生活の自由を追求する権利があるが、同性婚について語るならば社会的なコンセンサスが必要かもしれない」と語った[30]。 教授時代の教え子だった陳其邁(台大で公衆衛生修士)とは、SARS時に衛生署署長と立法委員という間柄で、防疫政策での予算や法案審議で立法院と行政院間の協調を図ったが[31]、2020年の新型コロナウイルスでも副総統と行政院副院長という立場で再度師弟が共闘することになった[32][33]。 温厚な性格から国民からは「大仁哥(ターレングァ、仁兄さんの意。)[注 1]」と呼ばれて親しまれている[35]。蔡英文もこの愛称を用いるが、教え子の陳其邁は建仁の副総統退任時に寄せたコメントでも「老師(先生)」と呼び続けていた[36]。 選挙記録
受章学術
勲章
脚注註釈出典
外部リンク
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