駿台甲府小学校・中学校・高等学校
駿台甲府小学校・中学校・高等学校(すんだいこうふしょうがっこう・ちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、山梨県甲府市にある私立小学校・中学校・高等学校。県内で唯一の美術課程美術デザイン科を設置している。 概要運営は学校法人駿台甲府学園で、駿台グループの一員である。学校法人駿河台大学・駿台予備学校(学校法人駿河台学園)とは姉妹関係にあるが、駿台予備学校は山梨県内には存在しない。同予備校による在校生対象の講習会が行われるほか、駿台模試の公開会場としてしばしば校舎が利用される。 なお、東京都北区の駿台学園中学校・高等学校(学校法人駿台学園)とは無関係。 駿台甲府中・高と駿台甲府小の間で教員の人事交流・異動が行われており、特に高校と中学に関しては教員に関しては同一に近いところがある。また中学校入学者を内部、高校入学者を外部と呼称して一時期は高校のクラス編成において重視せずに混合していたが、複雑な問題が生じたことで現在では区別されている。ただし、この呼称は便宜的なものでクラス編成以外では特に区別されることはない。 部活動ハンドボール部は全国高等学校ハンドボール選抜大会・高松宮杯全日本高校選手権に優勝各1回(2024年)。また、野球部は1985年夏の全国高校野球選手権県予選で決勝に進出したが、東海大甲府高等学校にサヨナラ負けを喫している。2023年夏の山梨大会では、準決勝で当年選抜大会優勝の山梨学院を破る快挙を成し遂げたが、決勝で東海大甲府に敗れ、惜しくも甲子園初出場はならなかった。2004年には女子ハンドボール部も創設される[1]。 全国高等学校クイズ選手権には、第7~10回、第22回、第44回の計6回、山梨県代表として出ている。 制服2005年から新1年生を対象としての制服の切り替えが進められて2006年度の卒業生を以って旧制服の使用は終了した。なお、以前から制服のネクタイ、リボンを下げて着用する生徒が多数みられたため、対策として新制服の導入と並行し、ネクタイ、リボンはすべてフック式へと変わった。 沿革
1956年、山梨自動車工業高等学校として設立される。翌年山梨工業高等学校と改称した。さらに1974年、普通科併設にともなって甲府北星高等学校と改称した。
1980年、提携校を探していた学校法人甲府北星高等学校と、学校法人駿台予備学校が提携して開校。法人名を「駿台甲府学園」に改めた。その後、「駿河台西学園」と法人名を改め、さらに2010年度に法人名を「駿台甲府学園」に再び戻した。学校名は1980年以来「駿台甲府高等学校」のままである。 開校当初は、駿台進学研究会(現:駿台中学部・高校部)が、11月に「駿台甲府高校入試模試」を行い、その成績が良いと、作文を提出するだけで駿台甲府高校に合格(授業料免除の特待生含む)できたため、多くの有名国立・私立校志願者が滑り止めとして受けた。ただし、山梨県内の受験生は駿台甲府高校を第一志望とする受験生しか受け入れなかった。八王子市方面から通学する生徒もいたが、県外生はほぼ全員が入寮した。 普通科は当初男子のみだったが、1990年から女子(当初は1クラスのみで3年間別クラス)も受け入れるようになった。1993年より共学2クラス、男子4クラス、女子1クラスの構成となり、現在は共学クラス編成である。 また2005年度より高校入学者の定員が増加し新たにH組が新設された、これは2007年より実施された山梨県立高校普通科の全県一学区制をにらんでのことである(それ以前にもH組が存在した時期がある)。 その後、I組が新設され、2023年度よりJ組が新設された。 2022年度に東館の内装のリニューアルが行われた。
中学校は1993年、小学校は2002年、高校通信制は2000年に開設された。中学校は2019年4月より、甲府駅から至近距離の塩部キャンパスに新築移転した。(今井キャンパスの中学校跡地は、駐車場が整備された。) また、小学校は2018年度に内装がリニューアルされた。 設置学校・学科
高等学校全日制課程
所在地の違いから普通科のある校舎は塩部校舎、美術デザイン科と通信制課程のある校舎は今井校舎として区別されている。 以下は2023年度の普通科のクラス編成。1年生は10クラス編成、2年生と3年生は9クラス編成。なお、2023年度入学生より新しいカリキュラムが適用されている。
(1年生)
内:内部生 外:外部生 文:文系クラス 理:理系クラス
(2、3年生)
高等学校通信制課程(普通科のみ)
交通・通学手段
バス通学をしている生徒の中には、経由地や便数の関係から南甲府警察署バス停や下鍛冶屋バス停を利用している生徒も少なからずいる。
著名な関係者出身者
元教員姉妹校その他以前、美術デザイン科のある上今井町地内(今井校舎)に『駿台自動車専門学校(後に『駿台理工専門学校』と改称)』が設置されていたが、現在は廃校となり跡地は小学校の校舎となり一部が通信制課程にて使われている模様である。 校風も同じ高校ではあるが普通科やスポーツクラスに比べ、美術デザイン科の方が圧倒的に自由度が高く、他の高校から驚かれる程のびのびとした校風である。 年に十数回、駿台予備学校の講師による特別講座が行われる。また、駿台模試の甲府会場として頻繁に使用されることで知られる。 2005年と2006年の秋には秋山仁による講演会が駿台甲府中学と合同で、計2回開催された。 塩部校舎に関しては5階建ての新校舎(本館)が2007年1月に完成し、続いての旧校舎(北館・旧本館)の解体および西館の改修工事はほぼ完了し、同時に行われている駐車場・駐輪場の移設、校庭や旧校舎跡地の整備も順次完了している。 また道路挟んで北側にある甲府工業高校の校舎がガラス張りであることから晴天時には陽光が反射し、主に北館や西館の構内に注ぎ込み非常にまぶしい時があった。また非常に老朽化していた北館が現役の時には生徒達の間では真新しい工業高校校舎とを比較しあう事も見られた。 南館1階の職員室と事務室はそれまで南館2階、北館・西館1階に各学年ごとに分散していた職員室と中館1階の事務室を統合したものでかつては南館完成と共に設置された屋内プールの敷地であった。この屋内プールは数年使用された後に設計ミスと想定以上の結露による障害等により使用が停止されて10年近く放置されていたが、北館の老朽化等の諸要因により施設の有効利用という観点で改修工事とプールの埋め立てを経て職員室と事務室に改造され2004年より使用が開始された。 2004年度まで塩部校舎の生徒向けのコンピュータ室に置かれていたパソコンは老朽化していたMacであったが、2005年度よりWindows XP搭載の最新型に置き換えられている。 甲府北星高校時代アマチュア無線呼出符号JH1ZSXが存在した。 脚注
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