1840年アメリカ合衆国大統領選挙United States presidential election, 1840
州別獲得選挙人分布図 ハリソン ヴァン・ビューレン 選挙人の出せない領土・係争地
選挙結果の図。紫色がハリソンとタイラー、赤色がヴァン・ビューレンと副大統領候補者3人が勝利した州を示す。数字は各州の選挙人数。
1840年アメリカ合衆国大統領選挙 (1840ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ、英語 : United States presidential election, 1840 )は、1840年 10月30日 に行われたアメリカ合衆国大統領選挙 (第14回)。現職の大統領 マーティン・ヴァン・ビューレン と、これに対するにホイッグ党 が初めて結束してウィリアム・ハリソン を担いだ選挙である。「ティッペカヌーとタイラーも」のスローガンの下に結束したホイッグ党が容易にヴァン・ビューレンを敗った。
この選挙は大統領経験者と将来の大統領合計4人に選挙人が投票したことで特徴がある。現職の大統領マーティン・ヴァン・ビューレン、大統領当選者ウィリアム・ハリソン、副大統領 に当選しハリソンの死後に大統領を継いだジョン・タイラー 、および後の大統領でこの時は選挙人票1票のみ獲得したジェームズ・ポーク であった。
候補者の指名
民主党の指名
現職のヴァン・ビューレンは1840年5月にメリーランド州 ボルティモア で再指名された。しかし、現職副大統領リチャード・メンター・ジョンソン の再指名は拒否された。選挙人選挙の結果では、ジョンソン、リトルトン・W・テイズウェルおよびジェームズ・ポークに民主党 の副大統領票が割れた。
ホイッグ党の指名
ホイッグ党の歴史で初めて大統領候補を決めるための全国党員集会が開かれた。大統領選挙のほぼ1年前にあたる1839年 12月4日 にペンシルベニア州 ハリスバーグ で開催された。指名候補者は3人おり、米英戦争の英雄で前回1836年アメリカ合衆国大統領選挙 で落選したもののヴァン・ビューレンに次いで最も多く票を獲得したウィリアム・ハリソン、もう一人の将軍で1837年と1838年に起こったイギリスとの小競り合いでも現役であったウィンフィールド・スコット 、および議会におけるホイッグ党の指導者で元下院議長であったヘンリー・クレイ だった。
第1回目の投票ではクレイが1番だったが、状況は彼を候補者にすることを否定する方向に動いていた。第1にこの集会はホイッグ党が一連の選挙で敗北した後に開催されていた。ハリソンはその敗北と距離を置いていたが、クレイは党の理論的指導者でありそれが出来なかった。集会が翌年の春に開かれておれば、経済的低迷のためにホイッグ党が選挙で一連の勝利を収めており、クレイがより大きな支持を得た可能性があった。第2に、集会の規則ではある州の代議員の過半数を得た候補者がその州の票を全て獲得することになっていたことである。これはクレイに逆風であった。というのも、クレイは南部州の代議員のほとんどを掴んでいたがこれは南部では対抗馬から多くの票を取り上げられないことを意味し、北部州の代議員からは過半数には届かないがそこそこの支持を得ていたのでこれは対抗馬が北部でクレイ側の多くの代議員を横取りできることを意味していたからである。最後に、クレイを支持するいくつかの南部州が集会へ代議員を送ることを棄権したことであった。この結果指名はハリソンに行った。
州ごとの点呼投票 の結果は「ファーマーズ・キャビネット」1839年12月13日号に掲載された。
ハリソンが北部の出身と見なされたので、ホイッグ党は副大統領候補として南部の者を指名してバランスを取る必要があった。党の結束を固めるためにクレイ支持者の協力を求めた。南部クレイ支持者の何人かが辞退した後で、集会の間誠実にクレイを支持した南部の候補者に行き着いた。それがバージニア州 出身の元アメリカ合衆国上院 議員ジョン・タイラーだった。
一般選挙
選挙運動
1837年 の恐慌の後でヴァン・ビューレンは広く不人気であり、ハリソンはアンドリュー・ジャクソン の戦略に従って戦争の英雄と国民の味方を強調する一方、ヴァン・ビューレンは公費で贅沢に暮らす富裕な俗物と攻撃した。ハリソンはそれなりに裕福であり教育もあったが、その「丸太小屋」イメージが火をつけ国中を席捲した。
ホイッグ党は共通の理想を描く者達と広範な連合をしていたが、ハリソンは選挙運動でその問題を避けた。
結果
ハリソンが一般選挙でえた得票率はわずか6%の差であったが、選挙人選挙では圧倒的な勝利になり、北部、西部および南部共に制した。
(a) 一般選挙の数字にはサウスカロライナ州のものが含まれていない。サウスカロライナ州では一般選挙に拠らず州議会が選挙人を指名した。
州ごとの結果
出典: Walter Dean Burnham, Presidential ballots, 1836-1892 (Johns Hopkins University Press, 1955) pp 247-57.
ウィリアム・ハリソン ホイッグ党
マーティン・ヴァン・ビューレン 民主党
ジェームズ・G・バーニー 自由党
州計
州
選挙人数
#
%
選挙人数
#
%
選挙人数
#
%
選挙人数
#
アラバマ州
7
00013618 28,515
45.62
-
00048669 33,996
54.38
7
名簿なし
62,511
AL
アーカンソー州
3
5,160
43.58
-
6,679
56.42
3
名簿なし
11,839
AR
コネチカット州
8
31,598
55.55
8
25,281
44.45
-
名簿なし
56,879
CT
デラウェア州
3
5,967
54.99
3
4,872
44.89
-
名簿なし
10,852
DE
ジョージア州
11
40,339
55.78
11
31,983
44.22
-
名簿なし
72,322
GA
イリノイ州
5
45,574
48.91
-
47,441
50.92
5
160
0.17
-
93,175
IL
インディアナ州
9
65,302
55.86
9
51,604
44.14
-
名簿なし
116,906
IN
ケンタッキー州
15
58,488
64.20
15
32,616
35.80
-
名簿なし
116,865
KY
ルイジアナ州
5
11,296
59.73
5
7,616
40.27
-
名簿なし
18,912
LA
メイン州
10
46,612
50.23
10
46,190
49.77
-
名簿なし
92,802
ME
メリーランド州
10
33,528
53.83
10
28,752
46.17
-
名簿なし
62,280
MD
マサチューセッツ州
14
72,852
57.44
14
52,355
41.28
-
1,618
1.28
-
126,825
MA
ミシガン州
3
22,933
51.71
3
21,096
47.57
-
321
0.72
-
44,350
MI
ミシシッピ州
4
19,515
53.43
4
17,010
46.57
-
名簿なし
36,525
MS
ミズーリ州
4
22,954
43.37
-
29,969
56.63
4
名簿なし
52,923
MO
ニューハンプシャー州
7
26,310
43.88
-
32,774
54.66
7
872
1.45
-
59,956
NH
ニュージャージー州
8
33,351
51.74
8
31,034
48.15
-
69
0.11
-
64,454
NJ
ニューヨーク州
42
226,001
51.18
42
212,733
48.18
-
2,809
0.64
-
441,543
NY
ノースカロライナ州
15
46,567
57.68
15
34,168
42.32
-
名簿なし
80,735
NC
オハイオ州
21
148,157
54.10
21
124,782
45.57
-
903
0.33
-
273,842
OH
ペンシルベニア州
30
144,010
50.00
30
143,676
49.88
-
340
0.12
-
288,026
PA
ロードアイランド州
4
5,278
61.22
4
3,301
38.29
-
42
0.49
-
8,621
RI
サウスカロライナ州
11
一般投票実施せず
一般投票実施せず
11
一般投票実施せず
-
SC
テネシー州
15
60,194
55.66
15
47,951
44.34
-
名簿なし
108,145
TN
バーモント州
7
32,445
63.90
7
18,009
35.47
-
319
0.63
-
50,773
VT
バージニア州
23
42,637
49.35
-
43,757
50.65
23
名簿なし
86,394
VA
合計:
294
1,275,583
52.87
234
1,129,645
46.82
60
7,453
0.31
-
2,412,694
US
選出必要数:
148
選挙後
ハリソンは大統領就任時点でロナルド・レーガン に次ぐ高齢であったが、就任式の後に1ヶ月余りで死んだ。副大統領にタイラーを選んでいたことはホイッグ党にとって不幸であることがわかった。タイラーは集会の時にクレイを断固として支持したが、元は民主党員で州の権限の熱烈な支持者であり、大統領職に就いてからはホイッグ党の政治プログラムを妨害した。
選挙運動歌、スローガン
ハリソン
「ティッペカヌーとタイラーも」
Tip and Ty
What's the cause of this commotion, motion, motion,
Our country through?
It is the ball a-rolling on
For Tippecanoe and Tyler too.
For Tippecanoe and Tyler too.
And with them we'll beat little Van, Van, Van,
Van is a used up man.
And with them we'll beat little Van.
First verse and chorus
ヴァン・ビューレン
眠れ赤ん坊、父さんはホイッグ Rockabye, baby, Daddy's a Whig
家に帰れば、きつい林檎酒をがぶがぶ When he comes home, hard cider he'll swig
がぶがぶ飲み終わったら When he has swug
ばかのように倒れる He'll fall in a stu
そしたらタイラーとティッペカヌーがやってくる And down will come Tyler and Tippecanoe.
眠れ赤ん坊、目覚めたら Rockabye, baby, when you awake
ティップが偽者とわかるさ You will discover Tip is a fake.
戦場や戦いの雄たけびや太鼓からは遠く Far from the battle, war cry and drum
その小屋の中でラム酒で悪酔いしてるだけ He sits in his cabin a'drinking bad rum.
眠れ赤ん坊、泣くじゃない Rockabye, baby, never you cry
ティップやそのタイを恐れる必要はない You need not fear OF Tip and his Ty.
やつらが破滅させるものをヴァン・ビューレンがまとめるさ What they would ruin, Van Buren will fix.
ヴァンは魔法使い。かれらは悪ふざけだけだよ。 Van's a magician, they are but tricks.
選挙人の選出
選挙人の選出
選挙人の選定方法
州
州議会で選挙人を指名
サウスカロライナ州
全州の選挙で選挙人を選出
その他の州すべて
脚注
関連項目
参考文献
Schlesinger, Arthur M., Jr., (ed.), ed (1971). History of American Presidential Elections, 1789-1968 . 4 volumes
Gunderson, Robert Gray (1957). The Log-Cabin Campaign . Lexington: University of Kentucky Press
Greeley, Horace (1868). Recollections of a Busy Life
Greeley's description of the 1840 election is posted on Wikisource .
Holt, Michael F. (1999). The Rise and Fall of the American Whig Party: Jacksonian Politics and the Onset of the Civil War . Oxford University Press. ISBN 0-19-505544-6
外部リンク
本選 予備選
用語 関連項目 その他
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