コンベア240コンベア240(Convair 240もしくはCV-240)は、1947年からアメリカのコンベア社によって生産されたレシプロ双発旅客機である。 コンベア240には胴体延長型としてコンベア340、コンベア440があり、一連のシリーズとしてコンベア240/340/440といった呼ばれかたをする場合もある。またそれぞれをターボプロップ化したコンベア580/600/640もあるが、本稿ではコンベア240についてのみ論述する。 概要開発の経緯第二次世界大戦前より大量に生産されたダグラス DC-3の代替需要を見越して、大戦終結後の1945年に、与圧したキャビンを持つ近代的な中近距離向けの中型旅客機(当時としては)として、アメリカン航空の求めに応じて開発計画がスタートされた。 当初、コンベアは30人乗りの双発旅客機として「モデル110」を開発し1946年7月8日に初飛行したが、戦後の航空需要増加を見越したアメリカン航空は方針を転換し、より大型の40人乗りの開発を求めた。そのため「モデル110」は解体され、改めて開発された「モデル240」は「CV-240」と称された。 就航コンベア240の1号機は1947年3月16日に初飛行した。生産初号機は1948年2月28日に最初に引き渡され、ウエスタン航空やコンチネンタル航空などのアメリカの航空会社をはじめ、KLMオランダ航空や東亜航空など世界各国の航空会社に176機が引き渡された。 スペック
日本のコンベア240日本では、1950年代には非幹線のローカル路線を中心にコンベア240が17機運用されており、北日本航空と富士航空、日東航空、東亜航空、南西航空が使用していた。 1964年には、富士航空の1機が着陸に失敗する事故(富士航空機墜落事故)を起こしている[1]。 東亜航空での運航を終了し、中古飛行機として払い下げられたコンベア240(JA5130)が、現在も1機のみ現存している。退役後に店舗等に利用されたものの、解体処分を受けずに日本各地(岐阜県→富山県→静岡県→三重県)を転々としていた。現在の所有者により、機体が離着陸をイメージした高架台に載せられ、静態保存されている。 軍用型![]() ![]() コンベア240は将官や戦傷者輸送のためにアメリカ空軍で輸送機として運用され、「C-131サマリタン(C-131 Samaritan)」と称されていた。この後継機が「C-9ナイチンゲール(DC-9)」である。また機上作業練習機型が「T-29」として採用された。 エピソード
脚注
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