ウラル語族 (ウラルごぞく)は、シベリア (北アジア )中北部、北ヨーロッパ 、東ヨーロッパ に話者地域が分布する語族 である。約2,500万人に話されている。フィン・ウゴル語派 (サーミ語 、フィンランド語 、エストニア語 など)、サモエード語派 (ネネツ語 など)に大別できる。
特徴
ウラル語族に属する言語には次の特徴がある。
なお語順は、東部は主にSOV型 、西部は主にSVO型 である。
分類
ウラル語族、ユカギール語の分布 サモエード語派 - SN:北部サモエード語群、SS:南部サモエード語群 フィン・ウゴル語派 - FU:ウゴル諸語 、FP:ペルム諸語 、FW:ボルガ・フィン諸語、FS:サーミ語 、FO:バルト・フィン諸語 (J:ユカギール語 )
ウラル語族とされる言語は以下の通り。
各諸語ごとの系統関係はコンセンサスが得られていないが、以下のような説がある。
比較
特徴比較
特徴
サモエード諸語
オビ・ウゴル諸語
ハンガリー語
ペルム諸語
マリ諸語
モルドヴィン諸語
フィン諸語
サーミ諸語
口蓋化
+
+
±
+
-
+
-
+
長子音
-
-
+
-
-
-
+
+
子音階梯交替
1
-
-
-
-
-
+
+
母音調和
2
2
+
-
+
+
+
-
母音交替
+
+
-
-
-
-
3
+
双数
+
+
-
-
-
-
-
+
受動態
-
+
+
-
-
+
+
+
否定動詞
+
-
-
+
+
±
+
+
SVO語順
-
-
-
4
-
+
+
+
中舌母音 [ɨ]
+
5
-
+
-
+
±
±
ガナサン語 のみにあり
ガナサン語 、南マンシ語 、東ハンティ語 にあり
リヴォニア語 のみにあり
コミ語 にあるが、ウドムルト語 にはない
東ハンティ語 にあり
数詞
数
フィン・ウゴル語派
サモエード 祖語
バルト・フィン 祖語
サーミ 祖語
ペルム 祖語
モルドヴィン 祖語
マリ 祖語
ウゴル 祖語
フィン・ウゴル 祖語
'1'
*yk-si
*(w)ɘkʰ-tə
*ɵk-ti
*vejk-
*ik-tə
*əgʲ-
*wik-tɨ
*ŋoːpʔ/ *uk-
'2'
*kak-si
*kuokʰ-tə
*kɨk
*kavto
*kok-tə
*ket-
*kek-tɨ
*sid-
'3'
*kolme
*kolˠm
*kujim
*kolma
*kom-
*qoːlə m
*kolə m
*nagur
'4'
*nʲelja
*nʲelje
*nʲɨlʲ-
*nʲilʲa
*nɘl-
*nʲel-
*ńeljä
*tʲet-
'5'
*viisi
*vɨtʰ-tə
*vit-
*vetʲæ
*βiʦ-
*wet
*wit-tɨ
*somplaŋk
'6'
*kuuzi
*kutʰ-tə
*kwatʲ
*koto
*kud-
*qot
*kwaðʲ-tɨ
*motuq
'7'
*seiʦemæn
*kieʧʲəm
*sʲizʲɨm
*sʲizʲem
*ʃɘm-
*sæːt
*śećɨm
*seqw
'8'
*kah-(dekʃan)
*kakʰ(-ʦɛ)
*kɨk-jamɨs
*kav-kso
*kan-(dekʃ)
*nʲol-
2x4
'9'
*yh-(dekʃan)
*(w)ɘkʰ(-ʦɛ)
*ɵk-mɨs
*vej-kse
*(ɘn-dekʃ)
10-1
10-1
*10-1
'10'
*kymmenæn
*lɔːkʲe
(*das)
*kemenʲ
*lu
*low?
*loki
*juq?
同源語
英語
ウラル祖語
フィン語
イナリ・ サーミ語
エルジャ語
マリ語 (Meadow)
コミ語
ウドムルト語
ハンガリー語
マンシ語 (northern)
ハンティ語 (Kazym)
ネネツ語 (Tundra)
'fire'
*tuli
tuli (tule-)
tulla
tol
tul
tyl-
tyl
–
–
–
tuu
'water'
*weti
vesi (vete-)
–
ved´
wüt
va
vu
víz
wit
–
jiʔ
'ice'
*jäŋi
jää
jieŋa
ej
i
ji
jə
jég
jaaŋk
jeŋk
–
'fish'
*kala
kala
kyeli
kal
kol
–
–
hal
xuul
xŭɬ
xalʲa
'nest'
*pesä
pesä
peesi
pize
pəžaš
poz
puz
fészek
pitʲi
–
pʲidʲa
'hand, arm'
*käti
käsi (käte-)
kieta
ked´
kit
ki
ki
kéz
kaat
–
–
'eye'
*śilmä
silmä
čalme
śeĺme
šinča
śin
śin, śinm-
szem
sam
sem
sæwə
'fathom'
*süli
syli (syle-)
solla
seĺ
šülö
syl
sul
öl(el)
tal
ɬăɬ
tʲíbʲa
'vein / sinew'
*sï(x)ni
suoni (suone-)
suona
san
šün
sən
sən
ín
taan
ɬɔn
teʔ
'bone'
*luwi
luu
–
lovaža
lu
ly
ly
–
luw
ɬŭw
le
'liver'
*mïksa
maksa
–
makso
mokš
mus
mus
máj
maat
mŏxəɬ
mudə
'urine' / 'to urinate'
*kunśi
kusi (kuse-)
kužža
–
kəž
kudź
kyź
húgy
xuńś-
xŏs-
–
'to go'
*meni-
mennä (men-)
moonnađ
–
mija-
mun-
myn-
menni
men-
măn-
mʲin-
'to live'
*elä-
elää (elä-)
eelliđ
–
ila-
ol-
ul-
él-
–
–
jilʲe-
'to die'
*ka(x)li-
kuolla (kuol-)
–
kulo-
kola-
kul-
kul-
hal-
xool-
xăɬ-
xa-
'to wash'
*mośki-
–
–
muśke-
muška-
myśky-
myśk-
mos-
–
–
masø-
母音調和
ウラル語族の母音調和は祖語 の時代から存在したと考えられる。バルト・フィン諸語 、モルドヴィン諸語 、ハンガリー語 、ガナサン語 等で存在し、多くが前舌母音 と後舌母音 の対立による「舌の調和」である[ 1] 。母音調和に関与しない母音も存在する。母音調和は接尾辞 や前接語 を含めた語全体に及ぶ[ 2] 。
ウラル系民族の歴史
ウラル語族を話す民族は、大きくサモエード 系とフィン・ウゴル 系に大別される。
言語学的知見からは、サモエド祖語とフィン・ウゴル祖語の分岐年代はおよそ紀元前4000年ごろと考えられている[ 3] 。
分子人類学的知見からは、ウラル語族話者に関連する遺伝子としてY染色体ハプログループN があげられる。ハプログループNは東アジア 発祥と考えられ[ 4] 、ほとんどのウラル系民族で高頻度に観察される。中国北東部の遼河文明 時代の人骨からY染色体ハプログループNが60%以上の高頻度で検出されており[ 5] 、フィン・ウゴル系民族と関連する櫛目文土器 の最古のものが遼河 地域の興隆窪文化 (紀元前6200年 - 紀元前5400年)の遺跡で発見されている[ 6] ことを併せて考えれば、ウラル系民族と遼河文明の担い手集団の関連性が示唆される。
また、mtDNAハプログループZ は極北地域を中心にサーミ人 、フィン人 、シベリア 、北東アジア 、中央アジア 、中国 、朝鮮 、日本 などで観察されており[ 7] 、Y染色体ハプログループNと同じような流れが想定され[ 8] 、ウラル語族の拡散との関連を示唆するものと考えられる。
朝鮮半島 では、紀元前4000年から紀元前1500年にかけて櫛目文土器が発見される。さらにウラル語族に広く見られる中舌母音[ɨ]が古代朝鮮語 に存在したと考えられることから、かつての朝鮮半島にウラル系言語が話されていた可能性がある。
また、日本の日本海 側や東北地方 に観察される中舌母音の[ɨ](いわゆるズーズー弁 )についても、ウラル語族の音声特徴に由来する可能性がある[ 9] 。
他の語族との関連
ユカギール語 との間でウラル・ユカギール語族 を形成するという説が有力である。両者は人称代名詞 等が明らかに同源であり、否定動詞 が存在するなど類型的特徴も類似している。ユカギール人 はかつては西はバイカル湖 まで分布していたといわれており、遼河・モンゴル 付近でウラル語族と分岐し東方へ向かったと考えられる。ハプログループN (Y染色体) がユカギール人でも31%観察される[ 10] ことから、遺伝子の面からも両者の同源性が示唆される。
アルタイ諸語 との間にウラル・アルタイ語族 を形成するという説が古くからあるが、語族としての条件を満たさないため現在は棄却されている。話者の点からもアルタイ諸語はハプログループC2 (Y染色体) 、ウラル語族はハプログループN (Y染色体) と異なっている。しかしウラル語族とアルタイ諸語の類型的類似は甚だしく、おそらくアルタイ山脈 付近に分布していた原アルタイ諸語が、遼河方面から拡散してきたウラル語族を上層言語 として混合し、ウラル語族の類型的特徴を持つ現在のアルタイ諸語が形成されたものと思われる [独自研究? ] 。
一方で、一部の形態素の著しい一致からインド・ヨーロッパ語族 との同系説も存在する。しかしインド・ヨーロッパ語族の原郷は黒海 北岸であり、両者が同源であるとは考えられない。クルガン仮説 では、古い時代にインド・ヨーロッパ祖族 が北方森林地帯のウラル系民族 との活発な交流があったことが想定されており、おそらくインド・ヨーロッパ語族の成立過程において、ウラル語族との接触により言語混合 を起こしたものと推測される。フィン・ウゴル語派 におけるインド・ヨーロッパ語族との形態素の類似が、サモエード語 やユカギール語におけるそれに比べて高いのは、インド・ヨーロッパ祖語との接触がフィン・ウゴル語派に限られていたと思われる [独自研究? ] 。
また、マイケル・ホーテスキュー によって1998年に最初に提案されたウラル・シベリア語族 [ 11] も存在する。これはウラル語族、ユカギール語、チュクチ・カムチャツカ語族 、エスキモー・アレウト語族 が含まれるが、現段階では定説には至っていない。ただし、上記諸語族の話者にハプログループN (Y染色体) が高頻度で含まれていることから、ハプログループNに属す集団の流れを反映している可能性がある。
仮説
脚注
^ 小泉保 (1991)『ウラル語のはなし』 大学書林 P82-P83
^ 『言語学大辞典 』 第1巻 【世界言語編】 (上) ウラル語族 p850
^ 『言語学大辞典』第1巻 世界言語編(上)P845-P854
^ Roosti et al.(2004)Phylogeography of Y-chromosome haplogroup I reveals distinct domains of prehistric gene flow n Europe. Am.J.Hum.Genet.75:128-137
^ Yinqiu Cui, Hongjie Li, Chao Ning, Ye Zhang, Lu Chen, Xin Zhao, Erika Hagelberg and Hui Zhou(2013)"Y Chromosome analysis of prehistoric human populations in the West Liao River Valley, Northeast China. " BMC 13:216
^ 中国北方新石器文化研究の新展開【詳細報告】「東北アジアにおける先史文化の交流」 王 巍(中国社会科学院考古研究所・副所長)
^ 篠田謙一 (2007)『日本人になった祖先たち - DNAから解明するその多元的構造』 日本放送出版協会 P126
^ 崎谷満 『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・日本列島史』(勉誠出版 2009年)
^ 崎谷満(2009)『新日本人の起源』勉誠出版 pp113-115
^ Duggan AT, Whitten M, Wiebe V, Crawford M, Butthof A, et al. (2013) Investigating the Prehistory of Tungusic Peoples of Siberia and the Amur-Ussuri Region with Complete mtDNA Genome Sequences and Y-chromosomal Markers PLoS ONE 8(12): e83570. doi:10.1371/journal.pone.0083570
^ Fortescue, Michael. 1998. Language Relations across Bering Strait: Reappraising the Archaeological and Linguistic Evidence. London and New York: Cassell. ISBN 0-304-70330-3 .
関連項目
外部リンク