新世界 (映画)
『新世界』(伊語 Il nuovo mondo)は、1962年(昭和37年)製作、1963年(昭和38年)公開、イタリア・フランス合作のオムニバス映画『ロゴパグ』の一篇として、ジャン=リュック・ゴダールが監督した短篇映画である。 概要
オムニバス映画『ロゴパグ』は、ロベルト・ロッセリーニ、ジャン=リュック・ゴダール、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ウーゴ・グレゴレッティの監督・脚本によるもので、4人の姓の頭文字からタイトルがつけられた。ゴダールは本作、『新世界』をフランスの首都パリで撮影した。パリ上空での核爆発が引き起こした世界の終焉を描いた[1]。 主演のジャン=マルク・ボリは、ゴダールが育ったスイスヴォー州生まれの映画俳優で、21歳のときにアンドレ・カイヤット監督の『黒い書類』でデビューし、本作撮影当時28歳で、ロジェ・ヴァディム監督の『戦士の休息』(1962年)撮影後に本作に出演した。アレクサンドラ・スチュワルトは、カナダケベック州モントリオール生まれの女優で、20歳のとき、ヌーヴェルヴァーグの映画監督のひとりであるピエール・カスト監督の『美しい年齢』(1959年)でデビューし、ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ監督の『唇(くち)によだれ』(1960年)、フランソワ・トリュフォー監督の『黒衣の花嫁』(1968年)等、ヌーヴェルヴァーグの映画作家の作品に出演した。 クレジットされていないが、ミシェル・ドラーユは、アルジェリアのアルジェに生まれ、本作がほぼ映画デビュー作となり、『はなればなれに』(1964年)、『アルファヴィル』(1965年)に出演した後、リュック・ムレやトリュフォー、ジャック・リヴェット作品に出演をつづけた。ジャン=アンドレ・フィエスキは、本作で映画に初出演した後、短篇映画で監督デビューした『カイエ・デュ・シネマ』誌出身の映画作家である。アンドレ・S・ラバルトも、『カイエ・デュ・シネマ』誌出身の映画作家で、今日にいたるまでゴダールの盟友であり続け、1990年代にも『子どもたちはロシア風に遊ぶ』(1993年)、『JLG/自画像』(1995年)等のゴダール作品に出演している。 ストーリーフランスの首都パリ。ある男(ジャン=マルク・ボリ)が、自分のガールフレンド(アレクサンドラ・スチュワルト)を含めた、自分の周りがなんだか変だと感じる。機械がおかしな動きをする、人々の話に論理性が欠けていたり、薬を大量に摂取してしまったりといったことなのだが。世界の変化に気づいた彼は、それをノートに克明に記録しようとする。 男の気づいた世界の変化の原因は、核爆発であった。パリ上空12万メートルで、人知れず核が爆発し、静かに地上を侵していたのであった。男の記録は世界の終焉の記録となった。 スタッフ
キャスト
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