日本国憲法の改正手続に関する法律
日本国憲法の改正手続に関する法律(にほんこくけんぽうのかいせいてつづきにかんするほうりつ、平成19年5月18日法律第51号)は、日本国憲法第96条に基づき、憲法改正に必要な手続きである国民投票に関する日本の法律である。 一般に国民投票法(こくみんとうひょうほう)と呼称され、他に憲法改正手続法(けんぽうかいせいてつづきほう)・改憲手続法(かいけんてつづきほう)などの略称がある。この法律を所管する総務省(自治行政局選挙部管理課)では、憲法改正国民投票法を略称としている[2]。 概説日本国憲法第96条第1項は、日本国憲法の改正のためには、「各議院(衆議院・参議院)の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」旨を規定しており、憲法を改正するためには、国会における決議のみならず、国民への提案とその承認の手続を必要とする旨が憲法上規定されている。 →詳細は「憲法改正論議 § 憲法改正の手続」、および「日本国憲法第96条 § 解説」を参照
ところが、具体的な手続については憲法上規定されておらず、日本国憲法の改正を実現するためには、法律により国民投票に関する規定を、具体的に定める必要があると考えられた。本法はその規定に関するものである。国会法68条の2〜6で、国会による改正の発議の方法が定められている[3]。 歴史初期の議論日本国憲法は、1947年(昭和22年)の施行以来、1度も発議されていない。日本国憲法はいわゆる「硬性憲法」であり、その改正には国会での加重要件による決議を経た発議を受けて、国民投票を行う必要がある。この国民投票に関する法律は制定されてこなかった。 憲法制定以来、憲法を改正すべきとする意見と、憲法は変えるべきではないとする意見が対立してきた。日本国憲法の改正に必要な要件が通常の法律の制定・改正に必要とされる要件よりも加重されているため、一般に日本国憲法を改正する可能性を探ってきた自由民主党がほぼ一貫して与党の地位を得ていたにも関わらず、憲法改正の発議はなされていない。そのため、これまでの憲法問題に関する現実的問題への対応は憲法解釈の変更によりなされてきたとされる。 →詳細は「護憲 § 「現行憲法を擁護する」の詳細」、および「憲法改正論議 § 憲法改正の論点」を参照
過去には1953年(昭和28年)に自治庁が国民投票法案を作成し、首相一任となるが「内閣が憲法改正の意図を持っていると誤解を招く」とし、閣議決定は見送られた。 自民党主流派が国会対策族を中心に憲法改正に消極的な意見が多かったことは、第二次世界大戦後60年にわたり国民投票法が制定されなかったことも1つの原因である。 実質的な議論への移行俗にいう55年体制が1993年(平成5年)に崩れ、憲法改正論議自体がイデオロギー対決に利用されることも少なくなり、国民投票法に関する議論はより実質的な点に移った。1999年(平成11年)には自由党が憲法改正に向けた国民投票法案を策定するなど、自由民主党以外の政党から憲法改正ないしは国民投票法制定に向けた動きが起こった。 具体的に、国民投票法での規定が検討された内容としては、投票可能な年齢や公民権停止者を含むかといった有権者の範囲、過半数の賛成が求められる国民投票の母数は、有権者総数なのか全投票数なのか有効投票数なのかという問題、メディアに対する規制、改正案の発布から投票までの期間の長さ、改正案に対する一括投票か個別の改正条文案への是非を問うかどうかなどの諸点が挙げられる。 成立本法は、第164回国会で衆議院に提出された与党案の「日本国憲法の改正手続に関する法律案」と、対案として民主党から提出された「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」の両案を併合する与党提出の修正案が可決されるという成立過程を経た。成立した併合修正案は、衆議院議員保岡興治・船田元・葉梨康弘(以上自民)・赤松正雄(公明)が提出した。 2007年(平成19年)4月12日、衆議院憲法調査特別委員会で民主党提出修正案が否決され、与党提出修正案が自民・公明の賛成多数で可決された。翌4月13日に衆議院本会議で可決され、参議院に送られ5月11日に参議院憲法調査特別委員会で可決された。5月14日参議院本会議で可決され成立、5月18日に公布され、一部を除き公布から3年後の2010年5月18日に施行された。 施行日は公布からちょうど3年後となる2010年(平成22年)5月18日であるが、一部規定はこれに先行し、施行に必要な政令と総務省令は2010年(平成22年)5月14日に公布された。 2021年6月11日に改正され、共通投票所の整備や期日前投票の投票時間の柔軟化、洋上投票の対象者の拡大などが行われ、憲法改正へ向けた整備が進んだ。 法律の概略具体的な手続きに関しては「日本国憲法の改正手続に関する法律施行令」(平成22年政令第135号)及び「日本国憲法の改正手続に関する法律施行規則」(平成22年総務省令第61号)で規定している。 対象・投票権者
憲法改正原案
憲法審査会
投票方法
投票の結果
無効訴訟
投票運動
施行期日
批判など
本法を巡る議論
一般重要法案国民投票欧州諸国の国民投票法は憲法に限らず一般重要法案全般を対象としている。そのため、民主党(当時)の枝野幸男らから、「国民の国民投票による意思表示の機会を憲法改正への同意に限定するのはおかしい」という意見が出され、本法案に対する民主党の対案として一般重要法案国民投票法が提起された。しかし、参院選直前で自民党が衆参両院で多数を握っていたため、わずかに「一般重要法案国民投票、最低投票率について与野党協議を行う」という付帯決議をつける条件で野党側は妥協せざるをえず、ほぼ与党案の形で可決された。 投票率の是非日弁連は、2005年(平成17年)に、「投票率が一定割合に達しない場合には、憲法改正を承認するかどうかについての国民の意思を十分に、かつ正確に反映するものとはいえない」として投票率に関する規定(最低投票率または絶対得票率)を設けるべきとの意見を発表している[12]。最低投票率制度を採用しない理由としては、「憲法に明文の規定がない加重要件は憲法違反の可能性があり、海外で最低投票率制が設けられている場合は憲法で明記されている」「ボイコット運動を誘発する可能性がある」[13]「民意のパラドックスが発生する」[13]「国民の関心の薄い専門的な問題での改正が困難になる」、などが挙げられている[14]。数学者の秋山仁、景山三平も、最低投票率ではなく絶対得票率を支持すると述べている[15]。 国民投票法には国民投票広報協議会を設置して割り当てる規定はあるが、前述のとおり公式な政見放送のようなものを念頭に置いたもので民間メディアを利用した広告合戦についての規制はほとんどない[16]。国民投票法には14日(2週間)前からは禁止と規定しているが、このことを裏返して言えば14日以前は誰でも自由にCMを流せるということである。しかも、公式な放送や広告は14日前に打ち切られるが、「賛成に投票を」と呼びかける勧誘ではなく「私は賛成です」と表明するだけの内容、一般的な意見広告なら、14日以降も規制の対象にならない[17]。公平性の問題もある。CM放送には、一本で数百万円が必要と言われる(キー局のゴールデンタイムの例)。国民投票運動には、通常の選挙運動と違って費用の制限はない。それゆえ資金力に勝る側がゴールデンタイムなどに大量にCMを流して圧倒的な優位性を作り出し、選挙結果に影響を与える懸念もある[17][16]。ちなみに、ヨーロッパ諸国(イギリス、フランス、イタリアなど)では国民投票について、テレビスポット広告の禁止規制を打ち出しており、日本の制度は過度に「自由競争」的で経済的な「強者」に有利な制度となっている[16]。そこで有料CMを全面禁止にすべきだという指摘がある。2016年に欧州連合(EU)離脱をするか国民投票をしたイギリス(ブレグジット)では、全面禁止した代わりに、賛否両派の代表団体に無償でCM放送枠を平等に割りあてた。賛成・反対の量が同じで公平性を保てるよう、放送時間や資金を規制するべきだという声も根強くある[17]。一方、憲法や言論法の専門家からは「CMも表現の一つであり、表現の自由の観点から規制は問題」「言論には言論で対抗すべきだ」という慎重意見もある[17]。 また、質の問題もある。CMが流される15秒~30秒くらいの時間では改憲案の利点や問題点、必要なデータなどを充分に伝えることは難しく、イメージ重視の訴えになりやすい。国民投票運動が展開される60~180日の間に扇情的なメッセージが流され続けたら、国民の判断を歪めてしまわないかとの懸念が市民団体などからあがっている[17]。2015年にあった大阪都構想の住民投票では、賛否両陣営が計数億円の広報費を投じ、イメージ先行型のCMを連日放映して、「消耗戦だ」と批判があがった[17]。 争点ごとに分けた投票憲法改正原案の発議は内容において関連する事項ごとに区分して行う(前出「憲法改正原案」の個別発議の原則、国会法第68条の3)と定めている。抱き合わせ発議はできず、別々に投票しなくてはならない。例えば質の異なる環境権創設と憲法9条改正を一緒にはできない[18](ただし安倍政権は安全保障関連法案などで抱き合わせ採決を多用[19]、菅義偉内閣もデジタル庁関連法案で63本もの法案を束ねて短期で成立させた[20])。複数の法案を一つに束ねる手法は政権にとっては審議時間を短縮して早期成立を図れる利点があるが、丁寧な審議を難しくし、一部に問題がある場合でも賛否を明確にしづらくなるという問題点がある[19]。そこで賛否が複雑な構成を持つ憲法9条を例に、憲法学者の木村草太は自衛隊明記か否かの国民投票をするなら「第一投票:日本が武力攻撃を受けた場合に、防衛のための武力の行使を認めるかどうか(個別的自衛権)」、と「第二投票:日本と密接な関係にある他の国が武力攻撃を受けた場合に、一定の条件の下で武力行使を認めるかどうか(集団的自衛権)」に分けてはどうかと提案する。二つは全く要件の異なるものだからである。このように発議をすれば、絶対護憲の人は「両方×」、個別的自衛権までの自衛隊明記に賛成の人は「第一投票○、第二投票×」、集団的自衛権も認めるべきだと考える人は「両方○」と投票すればよく、意見が明確になるという[21]。 年表2006年
2007年
2010年
2021年
脚注
参考文献
関連項目外部リンク国会提出法案
その他 |
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